第1215話 光満ちる深海
日向たち六人とジ・アビスがぶつかり合うその直前に、上からたくさんの光が降りてきた。
粒のような小さな光が日向たちのもとに向かっている。光の色はオーソドックスな金色から青色、赤色、緑色と、まさに色とりどり。
一体この光は何なのか。
日向が目を凝らすと、その正体が見えてきた。
「あれは……魚? 魚が光ってる……」
光の正体は魚だった。
身体が眩く発光する魚の群れがここにやって来たのだ。
恐らく、この発光する魚たちはマモノだ。造形がどこか現実離れしていて、ファンタジーな印象を抱かせる。マモノと化した野生動物によく当てはまる特徴だ。
魚だけではない。中には電撃を操る大きなクラゲのマモノのスペクターや、氷を操るサメのマモノのゾルフィレオスなどの『星の牙』の姿もある。
光の正体は分かったが、この魚たちはなぜここにやって来たのか。日向が疑問に思っていると、その魚の群れの中に見知った顔があるのを発見する。
「ウオオォォォォン……!!」
「キュウ! キュウ!」
「ワン! ワン!」
「あ、ネプチューンとラティカ! ポメもいる!」
魚の群れの後ろから現れた巨大なクジラと、それに寄り添うように泳ぐ子クジラ。ネプチューンとラティカの親子だ。ラティカの背にはポメラニアンのポメもしがみついている。
エヴァと同じ『生物を深海に適応させる能力』を持つラティカが来てくれて、エヴァが維持する”オトヒメの加護”が強化されたのだろう、日向たちの呼吸と圧迫感が格段に楽になった。
『日下部さん、お母さんは正気に戻りました……! なので私たちも助けに来ました……!』
『この魚たちはジ・アビス討伐隊の仲間たちです。約束通りファグリッテが探し出し、そして連れてきてくれたのです』
そう言うネプチューンの背後から、今しがた話に出たチョウチンアンコウのマモノのファグリッテが姿を現した。チョウチンアンコウらしい無機質な表情は変わらないままだが、どこか得意そうな様子である。
『光でサインを送りながらアンタたちについて行ったら、それだけでどんどん仲間たちが集まってきたよ。皆、この日が来るのを……ジ・アビスに一泡吹かせてやれる日を、この海に溶け込む”怨気”にも負けずにこっそりと待ち続けていたんだろうねぇ』
「光のサイン……そうか、この深海じゃ、ちょっとした光でもすごい目立つから、それを目印にして多くの仲間を集めることができたのか」
『それじゃあさっそく、仕掛けるとするさね! この光の魚たち、ただ数合わせで連れてきたわけじゃないよ! この深海が、この星で最も暗い闇に包まれた場所ならば、それを照らして道を拓くのがアタシらの使命ってわけさね!』
そのファグリッテの号令と共に、発光する魚たちが、その身に宿す光をよりいっそう強くした。地上の夜の繁華街にも負けないほどの力強い光だった。
暗闇の深海に光が満ちる。
闇が暴かれ、周囲の地形の輪郭が浮かび上がる。
どうやらここは海底の峡谷とでも言うべき地形だったようだ。日向たちの周囲を、切り立った海底山脈が取り囲んでいる。
暗い海底に光が満ちると、ジ・アビスが両腕で顔を覆う動作を取った。魚たちの光を眩しがっているようだ。ジ・アビスと対峙していた日影、本堂、シャオランの三人がジ・アビスを観察する。
「aaaaaaaaaa...!?」
「ジ・アビス、なんだか光が苦手みたいだね。ずっとこんな暗い場所に引きこもってたからかな」
「周囲の闇が照らされた。これで今までよりずっとジ・アビスとの距離感が掴みやすくなったな。もう先程のような距離感トリックを警戒する必要は無さそうだ」
「ついにジ・アビスの野郎を徹底的にボコせるってワケだな。よっしゃ、待ちわびたぜ……!」
拳を鳴らし、ニヤリと微笑む日影。
その一方で、日向の側にいる北園は、この光が満ちる深海の光景に見とれているようだ。日向とエヴァも同じく息を呑んでいる。
「わぁ……! 綺麗だね、日向くん!」
「うん。きっと、人類で初めてなんじゃないかな。こんなにも光り輝く深海を見ることができた人間っていうのは」
「今まで海が苦手な私でしたが、この光景を見ることができただけでも、海嫌いを克服した価値があったと言えそうです」
……と、今が戦闘中だということも忘れそうなほどに見入っていた日向たちだったが、ここでファグリッテが再び日向に声をかける。
『まだまだ、もう一人ゲストを呼んでいるよ!』
「え、もう一人?」
『もうそろそろ来る頃だと思うけど……あ、ほら来たよ!』
ファグリッテがそういうのと同時に、日向たちから少し離れた位置に、超巨大な何かがゆっくりと降りてきた。あまりにも巨大なサイズだ。島か何かが沈没してきたのではないかと思うほど。ジ・アビスに負けず劣らずの大きさだ。
島が沈没してきた、という喩えはあながち間違いではないかもしれない。なにせやって来たのは、島そのものと言えるほどに大きなマモノ、アイランドだったからだ。
『みなさーん! 私も来ましたよぉぉ!』
「アイランド! お前も来てくれたのか!」
『待ってるだけより、私も加勢して少しでも早くジ・アビスを倒した方が、すぐに海上に戻ることができるので、そっちの方がいいかなーって思いまして! あ、それとこれ、おみやげ持ってきましたよぉ!』
アイランドはそう言って、自身の頭部……島となっている部分に長大な触手を伸ばし、そこから何かを降ろした。アイランドほどではないが、これもまた非常に大きい。何かの建造物のようにも見える。
「これは……エクスキャリバー! 戦艦一隻丸ごと持ってきたのか!」
『もしかしたら何かに使えるんじゃないかと思って、手ごろなサイズだったので持ってきましたぁ!』
「あれを『手ごろなサイズ』とか、さすがのサイズ感……」
ともあれ、これは良い物を持ってきてくれたと言えるだろう。エクスキャリバーの機構がまだ生きていれば、超強力なプラズマランチャーが使用できる。ジ・アビスにも大きなダメージを与えることが可能だろう。
これで舞台は整い、役者はそろった。
日向たちは四体目の『星殺し』を討伐するため、一気に攻勢へと転じた。
「さぁ、ここまで長かったけど、決着をつけるか! いくぞジ・アビス!!」
「naaaaaaaaaaaa...!!!」