第109話 フォゴール
「キィッ!?」
悲鳴を上げ、グラスホーンが地に倒れた。
横腹を爪で引き裂かれ、大量に出血している。
「ぐ……グラちゃん!?」
北園は悲痛な声でグラスホーンに呼びかける。
しかし、傷ついた彼に駆け寄ることはしない。
否。駆け寄りたくても、できないのだ。
なぜなら、グラスホーンに深手を負わせた張本人が、彼の頭上で羽ばたき、北園を見据えているからだ。
「ホーゥ!!」
「あれは……フクロウ? けど、なんて大きさ……!」
そのフクロウは、全身が真っ白な羽で覆われていた。
身体は通常のフクロウなど比にならない大きさだ。家一軒分はあるか。
足には巨大な蹴爪を持ち、グラスホーンを引き裂いた鮮血が滴っている。
傍でそのマモノを見ていた日向は、叫んだ。
「あいつは確か……『フォゴール』だ!」
そのマモノは、マモノ対策室のデータベースに名前があるマモノだった。
以前、日本の本州で一度出現し、周囲の集落を襲撃した”濃霧”の星の牙。しかし、その時のフォゴールが発生させた霧には『電波妨害』の能力は無かった。
「そういえば、星の巫女もチラリと言ってたっけな。『星の力のコントロールには、同じマモノや人間にも個体差がある』みたいなことを。……いや、そんなことより!」
いまだに残っているマンハンターたちは、他の三人が抑えてくれている。
日向は駆け出し、北園の盾になるようにフォゴールの前に立ちはだかる。
剣を構えて、フォゴールを見据える。
「日向くん、グラちゃんが……!」
「分かってる! けど、まずはアイツを追い払うのが先だ!」
「……うん、分かった! 私はどの能力を使えばいい?」
「相手はひこうタイプだから……電撃能力かな」
「りょーかい! さっそく喰らえー!」
北園がフォゴールに向かって、両手から稲妻を放出する。
しかしフォゴールは、それを真上に飛び上がって避けると、二人目掛けて急降下してきた。
「ホーゥ!!」
「うおお!?」
「きゃあ!?」
日向と北園は、慌ててその場から飛び退き攻撃を避ける。
二人はそれぞれ左右に後退し、分断されてしまった。
「ヤバい……!」
このままでは北園さんが狙われる。
そう考えた日向は、急いでフォゴールの背後から斬りかかる。
「ホゥ!」
「い”ッ……」
しかしフォゴールは、いたって冷静にそれを対処した。
迫る日向の脳天に向かって、その硬いクチバシを振り下ろしたのだ。
ツルハシのように鋭く重い一撃が、日向の頭蓋を穿った。
「ぐぁぁぁぁぁ痛ったぁぁぁぁぁぁぁ」
日向は地面に倒れ、頭部の激痛でのたうち回る。
先ほどのフォゴールのついばみは、下手をすれば頭蓋を突き砕かれていてもおかしくない攻撃だったというのに、頑丈な頭蓋骨である。
そして北園は、日向がやられたのを見て、フォゴールに復讐の一撃。
「日向くん! このぉ……!」
怒りの混じった声と共に、北園はフォゴールに電撃を放つ。
しかしフォゴールは、再び上空へと羽ばたいてそれを避ける。
木々の先端も見えないほどの真っ白な霧の中に、フォゴールは姿を消した。
「あ、しまった! 見失っちゃった……!」
慌ててフォゴールの姿を探す北園。
しかしフォゴールは完全に霧の中に紛れてしまい、全く見つけられない。
(落ち着いて、私……。アイツは空を飛んだ。なら、再び攻撃を仕掛けてくるのも空から。飛んできたところに電撃を浴びせる……!)
冷静に状況を分析し、敵の次の手を予測する北園。
これも彼女の成長の証だろう。
……しかし、フォゴールは北園の予測の上を行っていた。
狙いは北園ではなく、マンハンターに気を取られている残りの三人だ。
そして件の本堂、シャオラン、日影の三人は……。
「ふんっ!」
「ギャッ」
飛びかかってきたマンハンターを本堂が蹴飛ばす。
その先には、『太陽の牙』を構えた日影。
「おるぁッ!!」
日影は、バットをフルスイングするかのように剣を振り抜き、マンハンターを真っ二つにした。
「よっしゃ! これでマンハンターはあらかた片付いたな!」
「よし、急いで日向たちの援護を―――」
と、その時である。
「ホーゥ!!」
「うおおおおお!?」
突然、霧に覆われた空からフォゴールが飛来し、日影を鷲掴みにして連れ去ってしまった。
「ヒカゲ!?」
「日影! しまった……!」
「え!? フォゴール、そっちに行ったの!?」
事態に気付いた北園が、慌ててフォゴールを探すがもう遅い。
フォゴールは真っ白な上空に逃げ去り、とても肉眼では見つけられない。
一方、フォゴールに連れ去られた日影は……。
「クソが! 放しやがれ……!」
蹴爪に捕まれながらも、剣を振り回して暴れている。
しかし、刃はギリギリのところでフォゴールの足には届かない。
「チッ……! だったら、オレの身体ごと剣をぶっ刺して……!」
そうすれば、自分を掴むフォゴールの足を突き刺すことができる。
言って日影が自身に刃を向けた、その時である。
「ホーゥ!!」
「おわぁ!?」
フォゴールが、サマーソルトキックの要領で日影を上空に放り出してしまった。日影には空を飛ぶ術など無い。無抵抗のまま森へと落ちていく。
「コイツ……! 『太陽の牙』を使うオレを、排除にかかったな!」
”再生の炎”によって、日影は実質的に不死身になっている。まともに戦うのは骨だ。そこでフォゴールは、日影を遠方に飛ばして四人から引き離し、その間に残りの仲間たちを仕留めるつもりなのだ。
グラスホーンが言っていたとおりだ。
『星の牙』は、『太陽の牙』の危険性を熟知している。
「この野郎、覚えとけよおおおおおおお!!」
叫びながら、日影は霧の森へと落下していった。
視点は戻り、日影を除く四人は、その場から動かず固まっている。
フォゴールに突っつかれて死んでいた日向も、既に復活している。
「日影くん、大丈夫かな……? 私が念動力の空中浮遊で探してこようか?」
「いや、この霧の中でフォゴールに襲われたら危ない。ヤツはこの霧の中でも目が利くみたいだから、襲われたら北園さんが圧倒的に不利だ」
「そっか……とりあえず私、グラちゃんの怪我を回復させておくね」
「分かった。俺たちは周りを警戒して―――」
「ま、待って二人とも! ヤツが来る!」
「え!?」
シャオランの呼びかけを受けて日向が上空を見上げると、こちらに向かって急降下してくるフォゴールの姿が。日向と、近くにいる北園を踏み潰す気だ。
「ヤバイ!?」
「任せて!」
北園は両手を上にかかげ、日向と自分を覆うようにバリアーを張った。
その上からフォゴールの巨体がズシンとのしかかる。
衝撃で、北園はバリアーを張りながら地に膝をつく。
「くぅ……!!」
「ホーゥ!!」
「頑張れ北園さん諦めるなやればできる絶対できる諦めたら俺も潰される!」
耐える北園を、日向は必死に応援している。
フォゴールは、もう一押しとばかりにバリアーを踏みつけまくる。
そんなフォゴールの背後にて、シャオランと本堂がコソコソと攻撃の準備をしている。
「こ、これでいいんだねホンドー!?」
「ああ、行くぞ」
そう言うと本堂は、シャオランに向かって駆け出す。
シャオランはフォゴールを背に、両手をバレーのレシーブのように構える。
そして本堂がシャオランの両拳に飛び乗ると、シャオランが思いっきり本堂を打ち上げた。
「よっと……!」
「ホ!?」
打ち上げられた本堂は、フォゴールの首の後ろにしがみ付く。
そして……。
「ぬんっ!!」
フォゴールの首筋に思いっきりナイフを突き立て、電撃を流し始めた。
「ピィィィィ!?」
バリアの上から転げ落ち、フォゴールは本堂を振り払うべく暴れまわる。背中から地面に倒れ、しがみ付いている本堂を押し潰しにかかる。
「ぐ……! 思ったより痛くない……!」
地面とフォゴールの巨体に挟まれる本堂だが、下は柔らかい腐葉土。フォゴールの身体は羽毛でモフモフしている。そのため、大してダメージは大きくなかった。
しかし、フォゴールの巨体が小さな人間を振り払うべく、全力で暴れまわっているのだ。やがて本堂の体力が尽きて、地面に振り落されてしまった。
「く……」
立ち上がる本堂。
しかし目の前には、こちらを見据えるフォゴールの姿が。
「ホーゥ!!」
「ぐっ!?」
フォゴールは飛び上がり、足で本堂を掴み上げ、そのまま空中に飛び去ってしまった。
「ホンドー!?」
「ああ!? 今度は本堂さんが!?」
慌てる北園とシャオラン。
そこに日影が合流する。
えらく早く復帰した日影だが、下が柔らかい土だったので落下時のダメージが軽傷で済み、全速力でここまで帰ってきたのだ。
「戻ったぞ! 戦況はどうなってる!?」
「本堂さんが連れていかれちゃった!」
「何だと!? クソ……オレならともかく、本堂が上空から放り投げられたらひとたまりもないぞ……」
日影も焦りの色を見せている。
そんな中、一人だけ冷静な人物がいた。
「いや、本堂さんは大丈夫だと思うよ?」
日向である。
妙に冷静な日向に、日影が詰め寄る。
「おい日向、そりゃどういう意味だ?」
「本堂さんはきっと自力でフォゴールを叩き落とせる。だから俺たちは、それに備えるべきだと思う。以上だよ。さぁ、それよりも早く、本堂さんがフォゴールを撃墜した時に備えて攻撃準備をしておこう。そう長くはかからないと思うから」
「おいおい……ったく、大丈夫なんだろうな……?」
日影だけでなく、北園やシャオランも本堂の身を案じて心配そうな表情をしている。しかし、だからといって本堂を救出しに行く妙案が思いつけるわけでもなく、とりあえず皆は日向の言葉に従った。