第1198話 中心へ飛び込め
ネプチューンがすり鉢状の渦巻を発動した。周囲の海水を巻き込み、どんどん規模を増していく。
日向たちはすぐさまネプチューンから距離を取ったことで、この渦巻に巻き込まれることは回避できた。しかし先述の通り、渦巻の規模は時間の経過と共に大きくなっていく。最大まで巨大化した渦巻を纏ってネプチューンが突撃でもしてきたら、日向たちは避けようがなくなってしまうだろう。
これ以上ネプチューンの渦巻が大きくなる前に、渦巻の巨大化を阻止しなければならない。本堂が”轟雷砲”の構えを取り、右拳から強烈な電撃を発射した。
「これならどうだ……!」
……だが、本堂が放った電撃は、勢いよく渦巻く水流の壁によって阻まれ、かき消されてしまった。もちろん、渦巻の勢いもまったく衰えていない。
「もう”轟雷砲”も通らないか。人間の時より威力も上がっているのだがな、あの渦巻のパワーは既にそれ以上ということか」
「どうしよう日向くん!? このままじゃピンチだよ!?」
「待って、いま全力で考えてる……」
焦りの声をあげた北園を制止して、日向は思考をフル回転させる。あのネプチューンの渦巻を打ち破るにはどうすればよいか。
現状、あの渦巻を真っ向から貫くことができる技となると、もう日向の”星殺閃光”くらいのものかもしれない。しかしあの技を使うことはできない。ネプチューンに致命傷を負わせる恐れがあるからだ。日向たちの目的はネプチューンを止めることであって、討伐ではない。
「正面から攻撃を仕掛けても、大抵の攻撃は水流で弾かれてしまう。攻撃を通すには上から渦巻の目である中央に攻撃を撃ち込まないといけない……」
「でも日向くん、ネプチューンの真上から攻撃を仕掛けるなら浮上しないといけないよ? 私たちはそれができないから……」
「いや、この上昇不可能力が”怨気”の仕業なら、まだいくらか対処のしようはある」
「そ、そうなの?」
北園の問いかけに日向はうなずき、それから日影の方を見た。
「日影。お前は一度、ジ・アビスが支配する水の中から”オーバーヒート”で無理やり脱出したことあるよな」
「ああ。初めてオレたちがジ・アビスの水の中に……フランスのガロンヌ河に落ちた時だろ」
「俺たちの”再生の炎”は、俺たちに付けられた”怨気”も焼き尽くしてくれる。だからお前は”オーバーヒート”を使った時、お前を水中に引きずり込もうとする”怨気”ごと焼き尽くして脱出できたんだ」
「そういうカラクリか。それでテメェは、今からオレに”オーバーヒート”を使って、ネプチューンの頭上を取れって言いてぇのか」
「おっしゃる通り。日影深海ジェット便でエネルギーを消耗した後だけど、いけそう?」
「ああ。あれからここまで結構な時間が経過してるからな。少しくらいならいける。テメェの指示に従うのは癪だが、聞いてやるよ」
「よし頼んだ。ただ、ネプチューンに攻撃を仕掛ける時は”オーバーヒート”を解除しろよ。ゼムリアさんの二の舞になるからな」
「分かってるっつうの」
ぶっきらぼうに返事をして、日影は”オーバーヒート”を発動。この深海の中だろうとお構いなしに業火を身に纏い、あっという間にネプチューンの真上へ。
「よっしゃ、成功だ。だが……この位置に来るだけでも相当な水の抵抗を感じたな。ジ・アビスの上昇不可能力がオレを止めようとしやがった。ガロンヌ河の時とは比べ物にならねぇパワーだったぞ。深海で、なおかつジ・アビスとの距離も近くなってるからか?」
仮に、日影が今から”オーバーヒート”でこの海を脱出しようとしても、恐らくは途中でエネルギー切れになって、再び海中へ引きずり込まれてしまうだろう。それくらいのパワーだったと日影は感じた。
ともあれ、今はそのことはさして重要ではない。
日影はすぐに真下のネプチューンへと視線を向ける。
「日向の野郎の読み通り、真上からなら”オーバーヒート”を使うまでもなくネプチューンに接近できそうだ。背中をガンガン斬りつけてやれば、渦巻を維持するどころじゃなくなるだろ」
そう言って、日影は『太陽の牙』を逆手に持ちながらバタ足で泳ぐ。ネプチューンは日影の接近に気づいていないのか、日影の方を見向きもしない。
「渦の流れで、オレが頭上まで上がってきたのが見えてなかったのか? なんにせよ好都合……」
……だがその時、ネプチューンの頭から勢いよく水流が噴き出してきた。凄まじい速度で日影に襲い掛かる。
「なにッ!? コイツぁクジラの潮吹きか!? うおおおおおッ!?」
これが地上ならば日影も難なく回避できたのだろうが、ここは水中。人間は思うようには動けない環境だ。日影は回避が遅れて、ネプチューンが頭から発射した水流に巻き込まれてしまった。
水流の勢いは強烈極まりなく、おまけにジ・アビスの上昇不可能力が、水流に巻き込まれて押し上げられる日影を板挟みにする。上下からかかる圧力に、日影の全身の骨という骨が破壊された。
「がはッ……! しまった、ミスっちまった……!」
大ダメージを受けて、日影は水中でぐったりとしてしまう。
口から吐き出した血が深海の水を濁す。
”再生の炎”が日影のダメージを回復させるが、傷の治りが普段より遅い。傷そのものが重いうえに、”再生の炎”のエネルギー自体も底を尽きかけているからだ。
そしてネプチューンは、ここで日影の方を向いた。
大きく口を開き、水流発射の準備をする。
「やべぇ、アイツの口からの水流は、さっきの潮吹きよりもさらに大規模だ。このままじゃ二撃目を喰らっちまう……!」
……その時だった。
日影とネプチューンの間に割って入る、一つの魚影が。
『お母さん、待って!』
そう言って、ネプチューンの娘である子クジラのラティカがやって来た。彼女はネプチューンより低い位置にいたはずなのに、どうしてここまで浮上してくることができたのか。
それは、ラティカもまた、ネプチューンほどではないが”怨気”に侵されていたからだ。日向の推測によって「”怨気”に侵された者ならば浮上ができる」ことを認識したラティカは、必死に頑張れば少しだけ浮上できることに気づいた。今までは”怨気”によって心をマイナスに傾けさせられ、頑張る気力も湧いてこなかったので気づけなかったのだ。
自分はこの海の中でも少しだけ浮上できることに気づいたラティカは、母を止めるために動いた。そしてネプチューンは、自身の攻撃の射線上にいきなり娘が割り込んできて、思わず動きが止まる。
『ら、ラティカ……! どうして止めるの……!? そこにいたら危ないわ、あなたの後ろに人間が……!』
「しめたッ……! このチャンス、無駄にはできねぇ。悪ぃラティカ、お前の母親を止めさせてもらうぜ!」
日影は力を振り絞り、再度”オーバーヒート”を発動。
ラティカを迂回しつつ、一気にネプチューンへ最接近。
あっという間に日影がネプチューンの目の前へ。
そして日影は、ネプチューンの鼻面を『太陽の牙』で大きく斬り裂いた。
「おるぁぁッ!!」
「ウオォォァァアアアア!?」
マモノに特効を持つ『太陽の牙』を急所に受けた。
これにはネプチューンも痛みで絶叫する。
さらに日影が二度、三度と斬りつけると、ネプチューンも渦巻を維持できなくなった。彼女を取り巻いていた水流が解除され、その先には他の仲間たちの姿が。
「よし、今だ!」
「”雷光一条”っ!!」
「”轟雷砲”……!!」
「空の練気法”炎龍”ッ!!」
「ワオオオオオーン!!」
北園とポメが極太の雷のビームを、本堂が突き出した右拳から文字通りの稲妻を、そしてシャオランが蒼白いオーラの奔流を撃ち出した。それら全てが、上を向いていたネプチューンの腹部ど真ん中に直撃。大爆発が巻き起こる。
「ウオォォォァァアア……!?」
腹部に強烈なエネルギーをぶつけられ、ネプチューンの巨体が大きくノックバックした。
そして、ネプチューンの動きが止まった。
横たわるように、ぐったりと。