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太陽の勇者は沈まない ~マモノ災害と星の牙~  作者: 翔という者
第21章 闇は昏く、海は深く、灯は儚く
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第1189話 苦境の海

 襲い掛かってきたチョウチンアンコウのマモノ、ファグリッテを制圧した日向たち。命までは取らず、生け捕りにすることができた。


 北園が周囲の海水ごと凍らせて捕らえたファグリッテだが、もうこちらを攻撃する気配は完全に無いようなので氷を砕いて解放した。


「ギュウウ……」


 氷から解放されたファグリッテは、凍らされていた体表を気にしているようである。凍傷で痛むのだろうか。念のため北園がファグリッテに”治癒能力(ヒーリング)”を行使する。


「ギュウウウ……」


「エヴァ。ファグリッテはなんて言ってる?」


「『やっとこさ落ち着いた』と言っているようです」


「そっか。これでようやく話ができる」


 早速だが、日向は今のファグリッテの「やっとこさ落ち着いた」という発言が気になった。


 ファグリッテは日向たちに襲い掛かってきた時、空腹だから日向たちを食うという旨の発言をしていた。それが本当なら、今のファグリッテは日向たちを食うことができず、逆にコテンパンにされてしまった。これで落ち着くはずがない。


「つまり考えられる可能性としては、俺たちを食いたいから襲ったというのは口実で、本当は別の理由で俺たちに襲い掛かったと考えられるけど……そこのところはどうなんだ、ファグリッテ?」


 ファグリッテにそう問いかける日向。

 エヴァの通訳のもと、ファグリッテは返答する。


『その通りさ、若いの。腹ペコだからアンタたちを襲うというのは口実だった』


「じゃあ、俺たちを襲った本当の理由というのは?」


『本当の理由というか、ただ無性に襲いたくなったから襲ったってとこかね。今のこの海にいるとね、心がどうにも不安定になるんだよ。ムカムカしたり、不安になったりさね』


「そうか、ジ・アビスの”怨気”の影響か……」


『アタシなんてまだまだマシな方さね。ひどいヤツは見えない何かにひたすら怯え続けるようになっちまって、そのまま飯も食わずに死んじまったよ』


「海の上の方は割と平和そうだったから油断してたけど、やっぱり大変な場所はしっかりと大変なことになってるみたいだな……。ところでファグリッテ。俺たちはジ・アビスを倒すためにこの海までやって来たんだ。何かジ・アビスについて知っている情報があれば教えてほしい」


『そうさね……。アタシたちはね、この海に現れたジ・アビスを打ち倒すために一度集まったことがあるのさ。この海を守るために、勇気あるマモノたちがね』


 ジ・アビスを倒すために結成された海のマモノの討伐隊の戦力は、決して低くはなかった。強力な能力を有する『星の牙』も多数集まった。ファグリッテもそのうちの一体だった。


 しかし彼らは、ジ・アビス本体のもとにたどり着くことすらできなかった。


 というのも、ジ・アビス本体が潜む場所はこの海の最も深い場所。深海8436メートル地点。たとえ大西洋に生きる魚類であろうと到達できない、この海の最深部であった。『星の牙』たちの能力をもってしても、どうにもできなかった。


 マモノたちが手出しできない海の底から、ジ・アビス本体は絶え間なくサメ型のレッドラムを送り込んできた。


 ジ・アビス討伐隊はレッドラムの発生源であるジ・アビス本体を直接叩きたいところだったが、やはりどうしようもできなかった。できたことと言えばせいぜい、サメ型のレッドラムをちまちまと倒して海の安全を維持するくらいのこと。


 さらに、ジ・アビスがこの海に溶け込ませた”怨気”の影響により、討伐隊のマモノたちの心が不安定になってきた。突如として怯えだす者、現状にひどく絶望して無気力になった者、ファグリッテのように他の生命体に襲い掛かりたくなった者など、症状は様々だった。


 こんな状態では討伐隊のマモノたち同士で共倒れになる。そう考えたマモノたちは結局、せっかく結成した討伐隊を解散せざるを得なくなってしまった。


 何体かのマモノたちは、自分たちが狂ってしまう前に決死の覚悟でジ・アビス本体のもとへ向かったそうだが、今もなおジ・アビスが健在であるところを見るに、まだジ・アビス本体にたどり着いていないか、それともすでに特攻作戦は失敗に終わったか。


『特攻隊が深海へ向かったのは今から数カ月も前のことだし、まぁ失敗だろうねぇ』


 そう言って、ファグリッテはひとまず話を締めくくった。

 話を聞き終えた日向たちは、そろって悩ましげな表情をしていた。


「そう来るだろうとは思ってたけど、やっぱりジ・アビス本体はこの海の最深部にいるのか……」


「私たちがいまいるこの場所って、どれくらいの深さなんだっけ?」


「あくまで俺の感覚だが、千メートルに達したかどうかといったところだ」


「うぇぇ、まだ全然遠いじゃないかぁぁ……」


「ったく厄介だな。エヴァ、お前の能力でオレたちはその最深部まで行けるのか?」


「不可能ではないと思いますが、身体にかかる負荷は相当なものになるでしょう。ジ・アビス本体がどれほどの戦闘力を有しているかは分かりませんが、はたして私たちはまともに戦えるかどうか……」


 なかなかに厳しい現実を突きつけられて、顔を見合わせる日向たち。このままでは日向たちも大西洋のマモノたちと同じ轍を踏むことになる。


 そんな時、ファグリッテが再び話を始めた。


『そうさね……。アンタたち人間がこの深海に適応できているのは、そこの小さいお嬢ちゃんの能力のおかげなんだよね?』


「ド直球に小さいって言われました。不服を申し立てます」


『アタシから見れば、アンタたち人間はみな小さい生き物さね』


「確かにその通りですね。では不服申し立てを撤回します」


(許すんだ……)


 ツッコミ混じりの細めた目でエヴァを見る日向。

 一方、ファグリッテの話はまだ続いている。


『話を戻すよ。もしも、そこのお嬢ちゃんと同じような能力を持つマモノがいて、お嬢ちゃんの能力と合わせて発動させて能力を強くできれば、ちっとはマシになりそうかい?』


「確かにマシにはなると思いますが……いるのですか、そんなマモノが?」


『いるんだよ。アタシと同じジ・アビス討伐隊の中にね。ただ、お嬢ちゃんほど強力な能力じゃないみたいで、その子だけじゃアタシらをジ・アビス本体がいるところまで連れて行くことはできなかったんだけどね。でも無いよりマシだろ? その子に会うだけ会ってみるかい?』


 この申し出に対して、日向たちは当然、首を縦に振って承諾した。ジ・アビスに勝てる可能性が少しでも上がるのなら、これを利用しない手はない。


『決まりだね。それじゃついて来ておくれ。ここからちょっと距離はあるけど、まぁすぐ着くさね』


 そう言ってファグリッテは日向たちに背を向け、泳ぎ出した。

 日向たちもファグリッテについて行く。


 道中、多くの魚介類たちが海底の砂地に横たわっているのを見つけた。その全てが死んでしまっている。日向たちの視界の右端から左端に至るまで魚介類たちの死骸は転がっており、まるで死骸の絨毯(じゅうたん)だ。


「これはひどい……」


『ジ・アビスの仕業さね。”怨気”とやらで狂わされた奴ら、浮上できなくなったことで餌にありつけなくなった奴ら、レッドラムに殺された奴ら、だいたいはこの三パターンさ』


 この(むご)い光景を見て、日向は考える。

 魚介類への追悼もあるが、それ以上にジ・アビスについてだ。


 ジ・アビスは、海面においては水の腕などを出現させ、街を大波で呑み込む、恐るべき力を持った『星殺し』だ。その代わり海の中への干渉力は弱く、むしろ海中の方が安全かもしれないとエヴァが話していた。


 それを聞いて「さすがの狭山さんもジ・アビスほどの大規模な『星殺し』を設計するには多少の無理があったか」と日向は思った。リソースを切り詰めるため、海上戦に特化させざるを得なかったのだと。


 違ったのかもしれない。

 上昇不可能力と”怨気”の混入、この二つさえあれば十分にこの海を殺せると判断し、無駄なく能力を割り振っただけなのかもしれない。


「海の中の方が安全かと思ったけど、これは……ここから先も何が待ち構えているか分かったもんじゃないな……」


 そうつぶやいて、日向は気を引き締め直す。

 ニ十分近く泳いでいると、三つの巨大な何かが見えてきた。


 一つは近未来的なデザインの戦艦。

 もう一つは島。

 最後の一つは、巨大なクジラのマモノだった。

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