第108話 思わぬ共闘
霧が立ち込める森の中、日向たちは”濃霧”の星の牙を探しながら歩く。グラスホーンが五人の先頭を行き、案内役を買って出てくれた。
周囲を警戒しながら、日向は皆に声をかける。
「みんな、気を付けて。きっと敵はこの霧に紛れて襲撃してくるはずだ」
「りょーかい!」
「物陰から来るとも限らん。上や下にも注意するべきだな」
「そうですね。……ああしまった。スピカさんがいるうちに、敵の『星の牙』がどんなマモノなのかグラスホーンに聞いておくべきだった」
スピカ抜きでは、日向たちにはグラスホーンの言葉が分からない。グラスホーンも目線などで上手くコミュニケーションを取ってくれているが、敵がどのようなマモノかまでは、言葉無しでは伝えづらいだろう。
と、ここでグラスホーンが足を止める。
「キィ……!」
「どうした? この先に何かいるのか?」
グラスホーンに声をかける日向。
グラスホーンは前方に角を向け、霧の向こうを鋭い眼差しで睨んでいる。戦闘態勢だ。目の前の真っ白な霧の先に、何かが潜んでいるのだろうか。
警戒する日向に、北園が声をかけてくる。
「どうする? 氷炎発破いっとく?」
「い、いや、そんな駆け付け一杯みたいなテンションで撃つ技じゃないでしょそれ。 ……それに、ここでそれを撃てば、周りの木々もきっとまとめて吹っ飛ばされる。俺が思うに、グラスホーンはそれを良しとはしないんじゃないかな」
「うーん、確かにそうかも。ここはグラちゃんのお家だからね。家をメチャクチャにされるのは良い気分じゃないよね」
「『グラちゃん』?」
「うん。グラスホーンだから、グラちゃん」
「グラちゃん……」
そう呼ばれて、はたしてグラスホーンは何を思うのか。
グラスホーンを見やる日向だが、結局彼の意思は読み取れなかった。
「なに、そんなに派手にやらずとも、おびき出す方法はあるだろう」
そう言って本堂が前に出て”指電”を数発放った。
電撃は霧の向こうに消え、直後、「ギャッ」という声が聞こえた。
「……何かいるな」
本堂の言葉を皮切りに構える五人と一匹。
向こうも、もう隠れきれないと悟ったのだろう。霧の向こうから飛び出してきた。
「シャーッ!」
「こいつは、マンハンターか!」
日影が叫ぶ。
数週間前、彼が松葉班と共に倒したマモノ、マンハンターだ。
しかし今回は毛が茶色ではなく、真っ白だ。
「霧に合わせて毛の色を変えたのか? まったく、知恵のまわるヤツだ!」
マンハンターの群れが迫る。その数、八匹。
うち一匹が、先頭に立っている本堂に飛びかかろうとする。
「来るか……!」
構える本堂。
しかし、マンハンターの牙は届かなかった。
「キィ!!」
グラスホーンが一声鳴く。
すると、周りの木の根が独りでに動き、あっという間にマンハンターたちを捕えてしまった。
「ギャッ!」
「シャーッ! シャーッ!」
「……おっと、一網打尽だな……」
動けなくなったマンハンターを、一匹ずつ屠っていく5人。
マンハンターの全滅を確認すると、再び先へと進む。
「……改めて思うが、俺たちは本当にマモノと共闘しているのだな」
歩きながら、本堂が口を開く。
先ほどグラスホーンは、明確に日向たちを助けてくれた。
疑っていたワケではなかったが、こうして目の当たりにすると、実感というものが湧いて来る。
「そうですね。こんな日が来るなんて思わなかった。いつか、マモノたちとの戦いが終わったら、こうやって人間とマモノが協力して生きていく世界も来るのかなぁ」
日向が本堂の呟きに、希望的な想像で返答する。
今はまだ夢物語でしかない。
しかし、いつか本当にそんな日が来たらいいと思っていた。
「……どうだかな」
そう言って口を開いたのは、日影だ。
「マモノの犠牲になった人も多い。結局のところ、マモノってのは危険な存在だ。人間と一緒に、っていうのは無理があるんじゃねぇか?」
「全てのマモノが危険なワケじゃないってのは、グラスホーンを見て分かっただろ? 希望を捨てるべきじゃないと思うなぁ俺は」
「甘いなぁ。マモノも人間と同じく、色々とモノを考えて生きているってさっき分かっただろ? 人間に友好的なマモノだって、いつかは考えが変わって人間に牙を剥くかもしれねぇぜ? 環境破壊とかが原因でな」
「……けれどそんな、可能性ばっかりを見ていたら、どんな話も前に進まないと思う。それに、人間に危害を加えるのはマモノだけじゃない。人間だって同じだ。マモノだからって特別に危険視するのはどうかと思う」
「それにだ。マモノってのは、もともと地球には存在しなかった異物なんだろ? だったら、やっぱり地球からきっちり消し去るのが――――」
そう言いかけ、途端に日影は口をつぐむ。
「……いや、今のはナシだ。とにかく、現状じゃマモノとの共存なんて夢のまた夢だぜ?」
「それは分かってる。だから俺たちはこうやって戦ってるんじゃないか」
そうこうしているうちに、やがて一行は前方に何かが落ちているのに気づいた。
「何だあれ」
「ねえ……何か、臭くない?」
「そういえば……なんか妙に鼻につく臭いが……」
その臭いは、前方に落ちている何かから発せられているようだ。
その正体に、本堂はいち早く気づいた。
(鉄くさい……血の臭いだ。それに腐乱臭もする。これはまさか……)
一行は、落ちている何かに駆け寄った。
それは、人間の死体だった。
「マジか……!」
「う……ひどい……」
「ぼ、ボクもうホントに帰りたい……」
北園は、生理的嫌悪から思わず口を抑える。
シャオランは、涙目になって怯え始める。
遺体は女性のもので、腹を無残に破られ、内臓を食い散らかされていた。ハエが集っており、死後から既に数日は経っているように見える。
「キィィ!!」
グラスホーンが声を上げる。
その声に、日向はハッと顔を上げ、皆に声をかけた。
「みんな! 気を取られてる場合じゃないぞ! グラスホーンが周囲を警戒してる! この死体は、もしかしたら俺たちの興味を引くための罠かもしれない!」
「っ! わ、分かった!」
死体などで興味を引くと同時に、相手の戦意を削ぐ。
ゲームなどではトラップの常套手段だ。
だから日向は、この罠にいち早く気づくことができた。
まさか自分自身が本当に喰らう日が来るとは夢にも思わなかったが。
「シャーッ!!」
木の上からマンハンターが一匹、北園目掛けて飛びかかってきた。
「えいっ!」
「ギャッ!」
北園が右手から火球を放ち、マンハンターを迎撃した。
日向に注意を促されていなければ、反応が遅れ、攻撃を受けていたかもしれない。
「シャーッ!」
「フーッ!」
「キーッ!」
周りから続々とマンハンターたちが姿を現す。
そして、一斉に日向たちに襲い掛かってきた。
「おるぁッ!!」
「ギャッ」
飛びかかってきたマンハンターを、日影が斬り飛ばす。
その隙を突いて飛びかかってきたもう一匹を、今度は右足で蹴り飛ばす。
「ふんっ!」
その先にいた本堂が、マンハンターにナイフを突き立てトドメを刺した。
その背後から、また別のマンハンターが襲い掛かる。
「おぉぉ!!」
「ギャッ」
しかし本堂は、飛びかかってきたマンハンターの首を掴み、背後の木に叩きつけ、電撃を浴びせる。本堂の電撃を受けたマンハンターは、一回大きく痙攣し、動かなくなった。
その背後ではシャオランが複数のマンハンターを迎え撃つ。
身体は淡い砂色のオーラを纏っている。『地の気質』だ。
「……ふッ!」
ズン、と震脚が踏まれる。
そして振り上げられた肘に、マンハンターの顎が打ち抜かれた。
「……はぁッ!!」
背後から飛びかかってきたもう一体に、拳を振り下ろして迎撃する。
その一撃でマンハンターの頭蓋は砕かれ、動かなくなった。
「……と、というワケでっ! ボクを狙ってもひどい目に合うだけだよ! ホントだよ!?」
「フーッ!」
実際、飛びかかれば一撃で迎撃される。
残ったマンハンターたちは、シャオランに手を出しあぐねていた。
「もらったぁぁ!!」
立ち尽くすマンハンターたちの後ろから日向が飛びかかる。
接近すると、剣を横薙ぎに振り払い、マンハンターたちを一掃した。
「た、助かったよヒューガ…………あ、危ない!」
「えっ!? あ、うわっ!?」
日向の後ろからマンハンターが一匹飛びかかってくる。
日向の首筋に絡みつき、噛みつこうとする。
「や、やめろぉ!」
「ギャーッ」
日向を助けるため、シャオランが拳を突き出す。
拳はマンハンターの脇腹を捉え、遥か彼方まで吹っ飛ばしてしまった。
「うっわぁ……めっちゃ飛んだぞ……」
「も、もうマモノいない!? ……まだいるじゃん! もうヤダぁ!!」
「……それだけ強くて、なんでこんなに怖がりなんだろうなぁシャオランは」
「強いヤツは怖がっちゃダメって法律は無いだろー!? ボクは、怖い目に合わないように鍛えてるの!」
一方、北園はグラスホーンと肩を並べて戦っている。
「やぁっ!!」
発火能力を使うと周りの木に火が移って大火事になる恐れがある。そこで北園は電撃能力を使って、多数のマンハンターたちを仕留めていく。
その北園の横から、一匹のマンハンターが迫ってくる。
「キィィ!!」
「ギャッ」
そのマンハンターのさらに横から、グラスホーンが突撃し、花を纏う角でマンハンターをかち上げた。
宙に飛ばされ、成す術無く落下するマンハンターを……。
「うるぁッ!!」
日影が真っ二つに切り裂いた。
北園は二人に礼を言う。
「ありがと、日影くん! グラちゃん!」
「おう! 任せとけ!」
「キィッ」
マンハンターの群れ相手に、一歩も退かぬ立ち回りを見せる五人と一匹。
その光景を、霧に紛れて、木の上から見下ろす白い影が一つ。
「ホーゥ!!」
その影は一声鳴き、羽ばたくと、北園目掛けて飛びかかってきた。
「キィィ!?」
「えっ!?」
鋭い爪が北園に迫る。
完全に死角からの、それも深い霧からの一撃だ。
北園の反応はひどく遅れてしまった。
しかし、北園が爪に切り裂かれることはなかった。
代わりに、北園を庇ったグラスホーンの鮮血が、白い森の中に飛び散った。