第1170話 タホ川突破の最終関門
ようやくタホ川から離れることができると思いきや、ジ・アビスは川を氾濫させて追ってきた。何が何でも日向たち六人と六匹をここで始末するつもりらしい。
運転手を務める本堂としては、ここは全力でアクセルを踏んでジ・アビスを撒きたいところ。だがしかし、あまりスピードを出し過ぎると、トラックについて来てくれる四匹の大型犬たちと離れてしまう。もしも何かあった時、互いに協力できるように固まっていた方が戦術としては正しい。よって本堂は、犬たちを置いていかないようにスピードを調節。
「とはいえ、このスピードではいずれ追いつかれるな……。其方でどうにか対処できないか!」
本堂が、荷台に乗っている仲間たちに声をかけた。
その声に、エヴァが応じる。
「私が足止めします! 地盤を操作して大地を隆起させ、壁を作って足止めを……」
そう言ってエヴァが『星の力』の充填を始める。
……と、そこへ日向がエヴァに声をかけた。
「待ったエヴァ! やるなら壁作りじゃなくて、穴作りだ! 地割れみたいなでっかい穴は作れるか!?」
「そこそこの規模のものなら! しかし、壁の方が水をせき止めることができて、良くないですか!?」
「たしかに壁なら水はせき止められる。でも水の流れだって強烈なんだ。壁はそれなりの早さで崩されて、そう長くはもたないと思う。でも大穴なら、水は穴の中に落ちるしかない。穴の水がいっぱいになるまでジ・アビスは俺たちを追って来ることができなくなるんじゃないか!?」
「なるほど、賭けてみる価値はありそうですね……。では、”カーリーの舞踏”!」
詠唱し、エヴァはトラックの荷台の端から身を乗り出して、腕を伸ばして杖で地面をコツンと叩いた。
「えいっ」
「……今の動作、必要だったの?」
「必要だったんです。『星の力』を大地に流し込むために」
それからすぐに地響きが鳴り、日向たちと洪水の間を隔てるように大地が裂けた。日向たちを追ってきたタホ川の水も滝のように、この大地の裂け目へと落ちていく。
「よし! 川の水だって無限じゃないんだ、いずれジ・アビスも俺たちの追跡に限界が来るはず!」
狙い通りに事が運んだようで、日向はしてやったりという笑みを浮かべてガッツポーズ。
……だが、ここでジ・アビスがまた新たな動きを見せる。
大地の裂け目へ流れ落ちていた洪水を、いったんストップ。
崖っぷちでせき止められた洪水が、渦を巻くように天へと昇る。そして生成されたのは、捻れた水の腕。
捻れた水の腕は、日向たちが乗るトラックを指さした。そして、その人差し指に膨大な量の水が集中していく。
「北園さん、バリアーっ!」
「う、うん! りょーかい! ”二重展開”っ!」
日向は、水の腕が何をしてくるか察したようで、すぐさま北園に声をかけた。北園も日向の指示を信じて、考えるより早くバリアーを展開。
次の瞬間、捻れた水の腕は、指先から細い水のレーザーを勢いよく発射。水のレーザーは細いものの、その勢いはジェット水流という表現すら生温く感じるほど凄まじい。
水のレーザーが北園のバリアーに命中。そのあまりの威力に、水のレーザーを受け止めた瞬間に北園のバリアーが二枚とも一気に貫通され、バリアーの先の北園のわき腹を撃ち抜いた。
「きゃあっ!?」
「わっ!? キタゾノがやられた!? これじゃ、あの水のレーザーを防げない!?」
……しかし、水のレーザーはトラックに命中はしなかった。ジ・アビスとしても、この水のレーザーはあまりにも勢いが強くて制御が難しいのだろう、狙いが非常にブレている。そのおかげで、北園が体勢を崩した瞬間を狙われずに済んだ。
狙いがブレるということは、水のレーザーの照射位置が非常にバラけて読みにくいということでもあるが、トラックと並走する四匹の大型犬たちは流れ弾をしっかり回避してくれた。身を低くしたりジャンプしたりして器用に避ける。
ともあれ、北園が負傷してしまった。
日向が慌てて北園を助け起こす。
「北園さん!? 大丈夫!?」
「あぐ……。ご、ごめんね日向くん、やられちゃった……」
「いや、謝るのはこっちだよ。あの威力、さすがに予想外だった……。北園さんに水流を受け止めてもらって、それを利用してこのトラックを押してもらう作戦だったんだけど……。ごめん北園さん、無理をさせちゃって……」
「ううん、気にしないで。けれど、本当にすごい威力の水のレーザーだったよ……。たぶん、エヴァちゃんが最初に作ろうとした岩壁だったら、岩壁ごとこのトラックも撃ち抜かれてたんじゃないかな……」
「戦車砲だって防ぐ北園さんのバリアーを二枚まとめて貫通する威力だからな……。それに、あの勢いだ。たぶんこの位置はまだ、あの水のレーザーの射程範囲内だ。早く第二撃に備えないと、今度こそトラックごとぶち抜かれる……!」
ジ・アビスの捻れた水の腕もまた、水のレーザー第二射の準備に入っている。迎え撃つなり防御するなり、早く次の水のレーザーへの対策を何かしら打たなければならない。
しかし問題は、あの貫通力だ。日向の”紅炎奔流”やシャオランの”炎龍”では、恐らく止めることはできない。炎やオーラごと貫かれてトラックを破壊される。水というのはこの星で最も高い切れ味を生み出すことができる物質の一つで、ダイヤモンドカッターなどにも使用されている。
最も水のレーザーを止めることができる可能性が高いのは、間違いなく日向の”星殺閃光”だろう。だがしかし、あの技は発動準備の際に、強烈な熱波を発生させて周囲を焼く。このトラックの荷台という、仲間たちが密集しているような場所では使えない。
それ以前に、日向はタホ川を渡る時に”星殺閃光”を撃ったばかりだ。威力が数段落ちる”紅炎奔流”などならともかく、まだ二発目の”星殺閃光”を撃つことができるほど『太陽の牙』の状態も回復していない。
しかも、悪いニュースは続く。
運転席の本堂が声をあげた。
「前方にレッドラムだ! 種類は大盾型! 数は六! いずれも盾の表面に赤い念壁を纏わせている! 恐らくは”反射”の超能力だ! エネルギー系統の攻撃は跳ね返される!」
「嘘でしょ!?」
本堂の言葉を聞いて、日向が悲鳴交じりの声をあげた。まだ後方のジ・アビスだってどうすればいいのか解決策が出ていないのに、そこへ前方にレッドラムだ。日向の頭が混乱を極める。
レッドラムたちはこのままトラックで蹴散らす……というワケにはいかないだろう。大盾型のパワーは相当なものだ。たった一体だけであっても、この小型トラックの正面衝突程度なら容易く防ぎかねない。伊達に防御特化型のレッドラムではないのだ。しかもそれが六体となると、いよいよ車ごと突っ込むのは自殺行為である。
だがしかし、先ほど本堂も言った通り、この大盾型たちは”反射”の超能力も使用しているという。つまり北園の超能力や、本堂の電撃のようなエネルギー系の攻撃は跳ね返される。突破するには物理攻撃しかない。そうは言っても大盾型の防御力については先述した通り。
ジ・アビスに対しても、大盾型に対しても、効果的な対抗策が思い浮かばない。そうこうしているうちに、捻れた水の腕が第二射の準備完了。
絶望的挟み撃ち。
このタホ川突破の最終関門、はたしてどう突破すればいいのか。