第12話 ライジュウ
土手の上に、巨大な狼のような獣がいる。間違いなくマモノだろう。
そのマモノは「ウオオオーン!」と遠吠えを上げる。
すると、雨風が更に激しさを増し、こちらに向かって吹き付ける。
ゴロゴロと、雷まで鳴り始めた。
「うわわ……飛ばされる……!」
「こいつ、まさか天候を操ってるっていうのか!?」
「ウオオオーンッ!!」
怯む二人に向かって、そのマモノが土手の上から飛び降りてきた。
「危ない、北園さん!」
「わわっ」
日向は、身動きが取れない北園の手を引いて、河の方まで下がる。
ズシン、と音を立てて、巨大なマモノは二人の正面に着地した。
「雷雲を操るマモノ……。じゃあ、コイツの名前は『ライジュウ』にしよう。……さて、問題は俺たちがこの化け物に勝てるかどうかだけど……」
「ウオオオーンッ!!」
再びライジュウが遠吠えを上げる。
すると、地面の中から新手のマモノが這い出てきた。
先ほどと同じ、サンダーマウスである。
こちらの後ろに一体、左右に一体ずつ、合計三体。
後ろは河、左右にはサンダーマウス、正面はライジュウ。
もはや逃げ道は無く、戦うしか選択肢は無かった。
「よしゃー北園さん、この間みたいに爆炎で吹っ飛ばしちゃって! さぁ遠慮なく!」
北園の発火能力は破格の威力だった。あれならばライジュウのような巨大なマモノ相手でも十分に通用するだろうと、日向は考えていた。
「……ごめん、使えないの」
「……へ?」
「こう雨が降っていると、空気が湿気って使えないの! ゴメンね!」
「嘘だろ!?」
そういうことは早く言ってくれ、と日向は内心、頭を抱えた。さっきから発火能力を使わず、氷弾ばかり使っていたのは、つまりそういうワケだ。
「甘く見ないでね、氷結能力だって十分強いんだからね!」
そう言うと北園は両手を地面につき、冷気を放つ。
すると、北園からライジュウに向かって地面に氷が張っていく。
しかしライジュウはこれを横に跳んで避ける。
その間に、後ろにいるサンダーマウスがバチバチと火花を放ち始める。
「させるか! この距離なら、電撃を撃つより俺の方が速い!」
火花を放つサンダーマウスに日向が駆け寄り、その身体を思いっきり蹴っ飛ばし、サンダーマウスを後ろの河に落とした。
サンダーマウスの体躯は小さく、手足も短いので泳ぐのに適していない。さらに河は大雨で流れが激しくなっている。もはや助からないだろう。
「かわいそうだけど先に仕掛けたのはそっちだからな。正当防衛ってことで!」
日向がサンダーマウスを蹴飛ばしているその間に、ライジュウが北園に向かって飛びかかる。
「これはどう!?」
北園は再び両手を地面につき、一気に冷気を放出する。すると、地面の水たまりから巨大な氷柱が現れた。それも複数。
氷柱の鋭い先端を、槍衾のように利用してライジュウを迎え撃つ。
しかしライジュウは後ろに下がってこれを避けた。
「ウォンッ!」
「あ、よけられた!?」
さらに、北園の左右二匹のサンダーマウスが電撃を放ってきた。
「チィ!」
「チィィ!
「うわわわ!?」
慌てて北園は身体を屈めて雷撃を避ける。
二匹の雷撃はちょうど北園の上半身があったところを飛んで行った。
サンダーマウスを一匹仕留めた日向は、ここで北園が集中攻撃を受けていることに気付いた。
「これ以上後衛の北園さんに負担をかけるワケにはいかない……!」
日向は慌てて北園の元に駆け寄り、ライジュウの正面に立つ。
体格差は圧倒的だ。北園が日向を心配し、声をかけた。
「日向くん、危ないよ!? そんな大きな怪物を相手に……」
「それでも後衛の北園さんに、あんなデカブツを相手させるワケにはいかないから! 俺がなんとか引きつけるから、北園さんは周りのマモノを倒してくれ! RPGとかの場合、取り巻きを早く倒して相手の手数を減らすのが定石だ!」
「う、うん。よく分からないけど、分かった! 気を付けてね!」
「大丈夫! 今の俺は、とりあえず怪我は回復するみたいだし!」
短い作戦会議を終え、日向はライジュウの正面に立つ。
「行くぞ! うおおおっ!」
剣を構えながら走り出し、ライジュウの正面から斬りかかる。
ライジュウはこれを後ろに跳んで避ける。
そして着地と同時に右前脚を叩き付けてきた。
しかし日向も素早く横に跳んでそれを避ける。
その隙にライジュウの横腹に潜り込み、再び剣を振るった。
「喰らいやがれ!」
「ギャオオオ!?」
剣の一撃は、ライジュウの脇腹を切り裂いた。
悲鳴を上げて、ライジュウはこちらから距離を取る。
「ガルルルルル……!」
ライジュウの、怒りのこもった視線が日向を射抜く。
背筋が凍りそうな迫力だ。
(うわ怖っ……! こういうとき、『逆に燃えてくる』くらいの、余裕のセリフが吐ければいいんだけど、残念ながら足が震えないように抑えるだけで精一杯だな……)
それでも日向は、なけなしの勇気を振り絞って、ライジュウと対峙した。
◆ ◆ ◆
北園の目の前には、サンダーマウスと呼ばれた怪物が二体。
あの大きな怪物、ライジュウは日向が足止めしてくれている。
まずは一匹のサンダーマウスを、氷弾連射で仕留める。
「よし、次! 早く日向くんを援護しないと!」
そう思った矢先、サンダーマウスが予想外の行動を取る。
今まで電撃を放っていたのと逆に、サンダーマウスが北園に向かって全速力で駆け出した。
「へ!? ちょ、こっち来ないで!」
北園は、駆け寄ってくるサンダーマウスに向かって氷弾を連射する。
しかしサンダーマウスは身体が小さい。
一点を撃ち抜く氷弾では上手く当たらない。
そうこうしている内にサンダーマウスは北園の足元まで接近し、体当たりを仕掛けた。
「チィィ!!」
「痛ったぁ!?」
サンダーマウスの体当たりを受け、右足が引き裂かれたような痛みを感じる。サンダーマウスの、鋭い棘を持つ背中の甲殻が、北園の足を抉ったのだ。
サンダーマウスは再び北園から距離を取り、構える。
「どっち……? 電撃か、体当たりか……」
北園は膝をつきながら、サンダーマウスの出方を窺う。
右手に冷気を溜めこみ、攻撃に備える。
(電撃ならば、火花を散らす隙に氷弾で撃ち抜く。体当たりなら……)
サンダーマウスが走り出した。体当たりだ。
「だったら、これでどう!?」
目の前の地面に、冷気を放出した右手を叩き付ける。
叩き付けられた地面から、扇状に氷が張っていく。
その氷にサンダーマウスも巻き込まれ、氷漬けになった。
「そして、これで終わり!」
両手を真上に掲げ、特大の氷塊を作り出す。
そしてそれを念動力で持ち上げ、叩き付ける。
サンダーマウスは氷塊に押しつぶされ絶命した。
「終わった……痛たた……。そういえば足をやられたんだっけ。治癒能力をかけないと……」
北園は、右足に治癒能力をかけながら日向とライジュウの様子を見る。
「日向くん、大丈夫かな……? 『なんとかできる』なんて言ってたけど……」
あれは、自分に心配をかけさせないための嘘ではないかとも思った。
しかし、こちら心配をよそに、日向は思いのほか善戦していた。
ところどころ傷を受け、回復のために身体から火が上がっているが、消耗しているのは間違いなくライジュウの方だった。
「え、すごい、日向くん……。彼って、運動得意だっけ……?」
◆ ◆ ◆
ライジュウが左の爪を振り抜く。
その左の爪を掻い潜り、ライジュウの左側に回り込む。
回り込んだこちらを追うように、ライジュウが牙で噛みついてくる。
身を屈めながら、さらにライジュウの背後に回り込み、牙から逃れる。
(よし、良いぞ。なんとなくだけど、動きが分かる……)
ライジュウの攻撃をことごとく回避してみせる日向。
別に、日向が常人より特別良質な反射神経を持っているワケではない。むしろ平均以下だろう。ただ日向は、僅かにではあるが、ライジュウが次にどう動くか予測することができるのだ。
思えば、先日のアイスベアーの時も同じだった。攻撃が大振りだったとはいえ、アイスベアーが次にどのような攻撃を仕掛けてくるかを予測し、それを避けるように動くことができた。
アクションゲームなどで巨大な怪物を何度も倒していた賜物か、それとも天賦の才能か、とにかく日向は、マモノの動きをある程度予測することができていた。
(こんな感覚、生まれてこのかた初めてだけど、今は存分に利用させてもらおうかな……!)
そんな風に考えながら、日向はライジュウに斬りかかる。
「グオオオオ!?」
ライジュウは悲鳴を上げて、再び日向から距離を取る。
「日向くん! 私も手伝うよ!」
北園がその場で手を挙げて、日向に向かって叫ぶ。
これで二対一。形勢逆転だ。
だがその時、ライジュウはその場で身を屈め唸りだした。
その瞳は、強い怒りで満ちているように見える。
(何だあの動きは……? 飛びかかってくるような体勢には見えないけど……)
ここまで見せたことがない動きに、日向は気を引き締め直して、構える。そして……。
「グオオオオオオオ!!」
ライジュウの遠吠えと共に閃光が辺りを包む。
ドゴン!!と、凄まじい轟音が鳴り響く。
同時に日向の意識は途絶え、暗闇に墜ちた。