第1168話 忠犬の覚悟
引き続き、日向たちを追撃してくるジ・アビスとの攻防。
日影が助手席から飛び出て”オーバーヒート”で空を飛んだ。一直線にジ・アビスの水の腕へと向かい、突撃して次々と水の腕をぶち抜いていく。
ヒビ割れた公道を走って揺れるトラックから振り落とされないように耐えながら、日向たちは日影が大暴れする様子を見守る。
「日影も動いたか! 俺もそろそろ加勢したいけど、『太陽の牙』の冷却時間がなぁ。くそぉ、こんなことなら本堂さんの代わりに俺がトラック運転すればよかった!」
ようやくトラックはヒビ割れた公道を抜け出たが、ジ・アビスは皆がトラックに振り落とされないようにバランスを取っていた隙を突いて次の攻撃の体勢に移っていた。たくさんの水の腕が五本の指から水弾を雨あられのように撃ち出してくる。
このジ・アビスが放つ水弾もまた凶悪な威力だ。この公道の両端にはガードレールが敷かれているが、そのガードレールが穴ぼこの蜂の巣にされてしまっている。人間がまともに喰らえばひとたまりもないのは言うまでもない。
「北園さん!」
「わかってるよ! バリアーっ!」
北園がバリアーを展開し、トラック全体を守る。そのおかげでこのトラックと日向たちは蜂の巣にされずに済んだ。ついて来てくれる五匹の大型犬たちもトラックと並走することで、北園のバリアーの後ろに隠れて水弾をやり過ごしている。
「でも攻撃が途切れない! このままじゃバリアーを解除できないよー!」
「キタゾノがバリアーを張ったままじゃ、ボクは”炎龍”を撃てないし、ポメも電撃を撃てないよね……」
「クーン……」
「私なら空から雷を降らせることで、この状態でも水の腕を攻撃できます。”ゼウスの雷霆”!」
エヴァが空から雷を降らせ、水の腕を一本破壊。
だが、まだまだ水の腕は多く残っている。
おまけに、たった今、また新しい水の腕が一本生み出された。
「今の『星の力』の量では、あまり連続して雷を降らせることはできません。あまり力にはなれないみたいです……」
「だ、だいじょうぶだよ! エヴァちゃんがんばった!」
そして、大変なのは五匹の大型犬たちもだ。彼らはトラックと並走することで北園のバリアーの後ろに隠れているとは言ったものの、公道に沿って不規則に動くトラックに合わせて、猛スピードで走るのは難易度が高い。バリアーの後ろからはみ出てしまったイビが、何度か水弾が身体にかすっている。
「グ……ウウ……!」
「イビが負傷してる……! トラックのすぐ側を他の犬たちに譲って、自分は一番外側を走ってるから、バリアーからはみ出てしまいやすいんだ! スパもイビと同じくらいはみ出てるけど、毛を硬化させてダメージを低くしてるみたいだ……」
「二匹とも早く回復させてあげたいけど、このままじゃちょっと……!」
「日影がどうにかしてくれることを祈るしかないか!」
そう言って日向は、水の腕と戦っている日影の方を見る。
空中でジ・アビスの水の腕に近接戦闘を仕掛けている日影も、トラックと犬たちが危険に晒されていることを察知している。水弾を撃っている水の腕に狙いを絞り、攻撃の勢いをさらに強める。
「クソが! いい加減にその攻撃を止めやがれ!」
猛スピードで突撃しながら『太陽の牙』を振り回し、次々と水の腕を粉砕する日影。水弾でトラックを攻撃する水の腕を順調に減らす。
いくつかの水の腕がターゲットを変更。トラックから日影に狙いを変えて水弾の弾幕をお見舞いする。
日影は空を大きく旋回して水弾を回避。直撃しそうになるものは『太陽の牙』で防御。その光景はまるで戦闘機と、それを撃墜しようとする対空砲。
「ちぃッ! しゃらくせぇッ!」
日影はある程度の被弾を覚悟し、一直線に水の腕の群れへと突撃。『太陽の牙』を盾として使い、何発かの水弾が身体にかすりながらも、複数の水の腕をぶち抜いて撃破することに成功した。
「よっしゃ、ざまぁみ……」
……だがその時。
日影の進路上にいた水の腕が手首を振りかぶり、はたき落とすように日影へ平手を叩きつけてきた。
「ぐぁッ!?」
まるで岩塊でもぶつけられたかのような衝撃。日影は勢いよく吹っ飛ばされ、トラックの上を通過し、その先の森林地帯に叩き込まれた。日影が激突したであろう一本の大木が音を立ててへし折れる。
「ああ、日影くんが!? 日向くんどうしよう日影くんが!」
「落ち着いて北園さん! あいつならたぶん大丈夫! あいつはこれくらいじゃ負けない! あいつはそういう奴!」
慌てる北園に対して、日向はそう声をかけて落ち着かせる。
そして、その日向の言葉を証明するかのように、日影が墜落した地点からすぐさま飛び上がる炎の塊が一つ。”オーバーヒート”を再発動させた日影である。
「やりやがったな! おるぁぁッ!!」
日影は凄まじいスピードで一気にトラックと水の腕へと追いつく。そして再び水の腕の群れへと切り込み、先ほどの恨みを晴らすように片っ端から水の腕を伐採していく。
やがて、トラックを攻撃していた水の腕は全て撃破された。北園はバリアーを解除し、他の仲間たちと共に攻撃を再開。残った水の腕を撃破していく。
その一方で、日向はトラックと並走する五匹の大型犬のうち、イビに向かって声をかけた。イビはあれからさらに何発かの水弾を受けており、ダメージが無視できない大きさになりつつある。走り姿もどこか辛そうだ。
「イビ! 無理しないで荷台に来るんだ! お前たちは大きいけど、一匹くらいなら乗せる余裕はある!」
「グ……クゥン……!」
日向の指示を聞いたイビは、トラックの荷台に乗るためにトラックの後ろへつく。あとは力を振り絞って飛び乗るだけだ。
だがその時、川の中から、これまでの倍の大きさはあるのではないかと思うほどの水の腕が突如として出現。その腕を大きく振りかぶって、トラックめがけて素早く平手を打ち下ろしてきた。
「い、いきなり現れた……!? だ、駄目です、まだ『星の力』の再充填が……!」
エヴァがそう声を上げる。北園とシャオランとポメも、それから日影も、他の水の腕に気を取られて、この巨大な水の腕の出現に反応が遅れてしまった。本堂さえも運転に集中していて、すぐには反応できなかった。このままでは、あの巨大な水の腕の平手によって、トラックもろとも日向たちは叩き潰されてしまう。
だがその中で、イビがいち早く反応。
そして反応するや否や、全身から激しい炎が噴き上がる。
イビは全身に炎を纏いながら走る。その姿は日影の”オーバーヒート”を彷彿とさせる。走る速度もどんどん上がっていき、先ほどまでトラックの後ろを追う形で走っていたのが、今ではトラックの右側を並走している。まるで、巨大な水の腕からトラックを守るように。
事実、イビはトラックを守るつもりだ。
その目は、断固たる決意の光に満ちていた。
(彼らを守る……。水が飲めない渇きに苦しみ、死にそうになっていた俺たちを助けてくれた彼らを守る……! たとえ、この命に代えてもッ!)
巨大な水の腕が平手を振り下ろす。
同時にイビが飛び上がり、平手の中心に炎の体当たり。
イビと水の腕が真正面から激突。
瞬間、特大の大爆発が巻き起こった。