第1162話 撃ち返し
エヴァが、重狙撃銃型のレッドラムの狙撃によって撃ち抜かれてしまった。胴体のど真ん中に風穴が開き、おびただしい量の血が腐葉土の上にまき散らされた。
そのままエヴァは、うつ伏せに倒れてしまう。隣にいるシベリアンハスキーのシベが、心配そうにエヴァを鼻先で突く。
その様子を、重狙撃銃型のレッドラムはスコープ越しに見ていた。狙撃の手応えを感じているようである。
「仕留メタ。コレデ連中ハ終ワリダナ」
それから重狙撃銃型のレッドラムは、エヴァの隣にいるシベにも照準を合わせる。どうせ今の一射でこちらの位置がほぼ特定されてしまったなら、ついでにもう一匹も始末しておこうというつもりだ。
狙いを定め、重狙撃銃型が引き金を引く。
エヴァを起こそうとしていたシベの頭部が消し飛んだ。
「仕留メタ。サァ、次ノ標的ヲ殺ラネバ」
重狙撃銃型はその巨大な狙撃銃を構えなおし、次なるターゲットを探し始める。エヴァさえ殺すことができれば、もう日向たちは終わったも同然。ここから先は新たな標的を見つけ次第、片っ端から撃ち殺していくつもりだ。
スコープを覗き込む重狙撃銃型。森林地帯にはいまだに霧が立ち込めており、霧の幻影である日向たちの偽物も存在している。先ほど仕留めたエヴァの偽物の姿まである。
「フン。既ニ本物ガ死ンデイルトモ知ラズ……」
呆れたようにつぶやく重狙撃銃型。
……しかしここで、重狙撃銃型がハッとした表情を見せた。
「……イヤ待テ、ナゼ霧ガ消エテイナイ……!? コノ霧ヲ作リ出シタ能力者、エヴァ・アンダーソンハ死ンダ! ソレナノニ、ナゼ霧ハ今モ残ッテイルノダ!?」
そう。重狙撃銃型の言う通りだ。日向たち六人、それから六匹の犬たちまで合わせても、この中で霧の能力が使えるのはエヴァだけだ。彼女以外がこの霧を発生させているというのは有り得ない。
「クッ……! 先ホド仕留メタエヴァ・アンダーソンハ何処ニイル……!」
スコープを覗き込みながら、ついさっき撃ち殺したはずのエヴァの姿を探す重狙撃銃型。しかし、その場所にエヴァの姿はなかった。
「オノレ……ドウナッテイル……!」
◆ ◆ ◆
時間は少し遡り、先ほどエヴァが重狙撃銃型によって撃ち抜かれ、ほどなくしてシベも頭を吹っ飛ばされた、その後。
森の中に倒れるエヴァとシベ。
その一人と一匹の姿が煙のようになって、やがて空中にかき消えた。
このエヴァとシベは、霧が作り出した幻影だ。狙撃によってまき散らされた血まで霧の幻影でリアルに再現してみせた。先ほどはレッドラムと交戦していたが、そのレッドラムまでもが幻影である。最初から重狙撃銃型の狙撃を誘うための芝居だったのだ。
その光景を、近くから眺めていた一人と一匹の姿がある。本物のエヴァとシベだ。この一人と一匹は幻影のフリをして、近くで幻影の自分たちが仕留められるのを見ていた。
「やはり日向の読み通り、この霧の中でも狙撃を通す手段を、向こうは持っていたみたいですね。そして使用する能力の重要度から、まず真っ先に私を狙ってくると……」
「ワオン」
「霧の能力”ロキの謀略”。『星の力』を存分に使用したこの幻覚結界は、生み出す幻影のリアルさも通常の『星の牙』の能力とは比較になりません。空気を『星の力』で振動させることで、音だって再現できます」
エヴァにこの霧のトラップを仕掛けるよう指示したのは日向だ。彼は日影から「重狙撃銃型のレッドラムは霧の中にいる自分たちの位置を特定するような能力は持っていない」と聞いていたが、それでもなお用心して、重狙撃銃型が霧の中の標的を撃ち抜く手段を持っている可能性を捨てなかった。
「今の重狙撃銃型の射撃の方向、それからシベが辿った匂いの分析結果を仁に送ります」
そう言ってエヴァは『星の力』を充填。
時を同じくして、離れたところにいる本堂のもとにエヴァの幻影が現れる。
「仁。敵が私に攻撃を仕掛けてきました。射撃の方向はあっちから。入射角は45度ほどです」
「そうか。ありがとう。囮という危険な役割を見事にこなしてくれたこと、感謝する」
さらに、本堂の脳内に北園の声も響き始めた。”精神感応”の能力だ。
(本堂さーん! こっちも調査終わったよー! 本堂さんが指示した地点からだと、ラフちゃんが感じた匂いは北に二つ、北東に一つ、南に三つ、南西に一つ!)
「北園も上手くやってくれたようだ。さらに、俺のもとにいるピレの分析結果も合わせる。エヴァからの情報と、北園からの情報と、ピレからの情報、これだけの要素があれば計算で敵の位置を割り出せる」
そう言って本堂は、重狙撃銃型がいると思われる方向に向かって、腕を少し上げて右拳を突き出す。何もない空間に向けて攻撃を放とうとしているようにしか見えないが、彼は自身の攻撃の命中を確信している。
「三つの線が交わる角度はちょうどこのあたりのはず。攻撃されたエヴァが反撃しても、攻撃を仕掛けた重狙撃銃型は当然、エヴァの反撃を警戒する。だからエヴァとは別の人間が、重狙撃銃型の警戒の外側を突いて狙撃するのが望ましい。あとは重狙撃銃型がその場から移動していないことを祈るばかりだな。撃ち殺したエヴァが偽物と知って動揺し、足を止めてくれていればいいが」
突き出された本堂の右腕に電気が集中する。
漏電した電気が、空気中でバチバチと音を放つ。
「ふむ。日向の策は少し安定性に欠けることもあるが、嵌まった時の爆発力は凄まじい。では……”轟雷砲”!!」
叫び、本堂の右拳から轟音と共に強烈な稲妻が発射された。
稲妻は光の速度で飛んでいき、その先にいた重狙撃銃型の胴体に命中。その胴体を消し飛ばし、上半身と下半身を真っ二つにしてしまった。
「GA……!? ナ、ナンダトォ……!?」
重狙撃銃型の上半身と下半身が地面に落ちる。こうなってしまえば、もうご自慢の超大型ライフルはまともに構えることもできない。重狙撃銃型は戦闘不能だ。
「GU……! トニカク今ハ、コノ場カラ離脱ヲ……!」
そう言って重狙撃銃型は、上半身だけで地面を這いながら撤退しようとする。
……が、そんな重狙撃銃型のもとに向かって飛来する炎の塊が一つ。”オーバーヒート”で追ってきた日影だ。
「ようクソ野郎、トドメ刺しに来たぜ」
「キ、貴様……!」
「今度こそ消し飛べッ! ”落陽鉄槌”ッ!!」
飛来する勢いそのままに、日影は重狙撃銃型に突撃。
着弾と同時に大爆炎が巻き起こり、重狙撃銃型は消滅した。