第1161話 化かし合い
「フン……。連中、霧ヲ発生サセタカ」
忌々しそうに、重狙撃銃型のレッドラムがつぶやいた。
この場所は、森林地帯を見下ろせる山岳地帯。
日向たちの仲間の一人、エヴァ・アンダーソンが霧を発生させた。重狙撃銃型のレッドラムが狙撃しにくいように視界を遮るのが目的である。霧は相当に深く、もはやその場所が森林地帯かどうかも分からなくなるほどである。
日影が推察していたとおり、この重狙撃銃型のレッドラムはエヴァのような気配感知能力などは持っていない。日向たちの気配を探って、その場所を狙撃する……といった芸当はできない。
……だがしかし。
重狙撃銃型は、その瞳に宿す自信を失くさない。
「無問題ダ。私ノ”透視能力”ノ超能力ナラバ、コノ程度ノ霧ハ視界ノ妨ゲニハナラナイ」
そう。このレッドラムは物体などを透過して物を見ることができるのだ。これではエヴァが霧を発生させた意味がない。こうやって見晴らしが良い場所にいるのは、日向たちを見つけやすくするためではなく、射線を邪魔する物体がなるべく少なく狙撃しやすい場所を選んだまでのこと。
彼にとっての唯一の懸念は、狙撃をしたら自分の位置が特定されるかもしれないということぐらいだ。ゆえに無駄な狙撃はできない。確実に標的を葬り去る。
重狙撃銃型は悠々とスコープを覗き込み、日向たちを狙撃する用意。ちなみにこの重狙撃銃はあまりにも大きいため、普通のライフルのように上部にスコープを装着すると覗き込むことができない。そのためスコープは銃身の左側に取り付けられている。そしてそのスコープを、重狙撃銃型のレッドラムは右の単眼で覗き込む。
あまり強く”透視能力”を行使すると、今度は標的の日向たちの姿まで透過して見えなくなってしまう。なので森林地帯を取り巻く濃霧だけを透過するようにピントを合わせる。
……ところが、ここで重狙撃銃型に、また別の問題が発生した。
「コレハ、ドウイウコトダ?」
困惑の声を漏らす重狙撃銃型。
だが無理もないだろう。なにせ今の森林地帯には、多数の日向たちと犬たちの姿があるのだ。六人と六匹どころではない。ざっと数えても四十人と四十匹ほどの姿がある。
「霧デ作ッタ幻影カ……!」
重狙撃銃型の言う通りだ。これはエヴァの霧によって作り出された幻影。霧の中の光の屈折を利用して生成された虚像である。
重狙撃銃型が、濃霧をものともせずに狙撃してくることを深く警戒した結果か、それとも霧の中の下級レッドラムを錯乱させるためのものか、どちらかの考えによって作り出された幻影なのかは、重狙撃銃型には分からない。
……それでもなお、重狙撃銃型は冷静に努める。
「イヤ、落チ着イテ考エレバ分カルコトダ。幻影ハショセン幻影。戦闘ハデキナイ。コノ霧ノ中デ下級レッドラム達ト戦ッテイル奴ラガ本物ダ」
重狙撃銃型は、その大きな狙撃銃を構えなおす。
スコープを覗きながら、誰を仕留めるか考える。
「狙イハ……エヴァ・アンダーソン、ダナ。次点デ北園良乃。コノ二人ノ能力ハ、連中ニトッテノ生命線ダ。コノ二人サエ仕留メレバ、連中ハ放ッテオイテモ何処カデ野垂レ死ヌダロウ」
◆ ◆ ◆
一方こちらは、日向たち六人と犬たち六匹。
霧の中、それぞれ一人と一匹、計六つのグループに分かれて行動している。
日向は、のんびり屋のスパと行動を共にしている。あまり積極的に探索してくれないのが困りものだが、彼の”砂を操る能力”は相当に強力で、襲い掛かってくるレッドラムたちを近寄らせない。ちょうど今も、練り固めた砂を刀剣のようにして長槍型レッドラムを切り裂いたところだ。
「ワオン」
「GYAAAA!?」
「いやすごいなお前。地面に寝そべりながらレッドラム倒してるんだもん。それじゃあ先に進もうか……なぁ、進もうってば。おい進めー!」
「フアー」(あくび)
「これだよ。もう少し頑張って動いてくれたら、何も言うことはないんだけどなぁ……」
こちらは北園と、マイペースなラフのペア。この一人と一匹は日向の指示で、六人の中でも特に派手な戦闘は控えながら重狙撃銃型を捜索するように頼まれている。そのため、息を殺して隠密行動をしつつ霧の森の中を進んでいる。
「ラフちゃん、慎重に進もうね」
「ワン!」
「わわわ……あまり大きな声で鳴かないでー」
「ワウン?」
続いてこちらは本堂と、おっとりながらも真面目な性格のピレのペア。今はクロー型のレッドラムと戦闘中のようだ。
ピレが全身の毛を硬化させて、クロー型の引き裂き攻撃を受け止める。そしてその隙に、横から本堂が右腕の刃でクロー型を一刀両断。
「GUEEEEE……」
「これで六体は仕留めたか。ピレ、怪我は無いか?」
「オン!」
「結構。お互い調子が良いようだ。俺達は日向から大役を仰せつかっているからな。調子が良いに越したことはない」
さらにこちらはシャオランと、六匹の中で最も小柄なポメのペア。ポメの電撃の能力は強大だが、ポメは六匹のなかでも特に争いごとが苦手らしい。そのため今はシャオランが率先してレッドラムと戦ってくれている。そんな彼も”空の練気法”が無ければ、こうはならなかったかもしれない。
「ふー、なんとか勝てた。エヴァの霧、けっこう役に立ってるなぁ。敵が目に見えて鈍くなってる。それはそうとポメ、道はこっちであってる?」
「ワン!」
「えーと、たぶんオーケーってことだよね?」
「ワン!」
「だ、大丈夫なんだろうけど、言葉が分からないからやっぱりちょっと不安……」
一方こちらは日影と、赤茶色の毛を持つイビのペア。この両者は炎の能力を使わず、筋肉型のレッドラムを仕留めたところだ。
「ったく、”オーバードライヴ”も使っちゃいけねぇってのは難儀だな。日向の野郎、面倒な追加オーダー出しやがって。けどエヴァが作り出したオレの幻影じゃ木は燃やせねぇ。オレが木を燃やしたら、その木を燃やしたオレが本物だって一発でバレちまう。重狙撃銃型を攪乱するためにも我慢しねぇとな」
「ワン!」
「頼りにしてるぜイビ。お前は能力がなくてもけっこう強いみてぇだからな」
「ワフン!」
最後にこちらはエヴァと、六匹の中で唯一のメスであるシベのペア。エヴァが”地震”の震動エネルギーを宿した杖で大盾型のレッドラムを殴りつけ、粉々に吹き飛ばす。シベは冷気を放出して触手型のレッドラムを氷像にした。
「仕留めましたね。お疲れさまでした」
「ワン!(お疲れ様です)」
「犬で、女性で、大きくて、口調もどことなくそっくり……。あなたを見てるとゼムリアを思い出します」
「ワウ?(ゼムリアさん……とは?)」
「ゼムリアとは、私の母代わりの女性です。とっても強くて格好良かったのですよ」
「ワウン?(そのゼムリアさんは犬ですか? それとも人間ですか? あなたの口ぶりは、どちらでもあるように聞き取れます)」
「その通りなのです。ゼムリアは両方なのです。古代の地球に存在した狼人間の末裔だったそうです」
「ワオン。(そんな犬がいらっしゃったのですね。一度会ってみたかったです)」
「会わせてあげたかったですね。きっと仲良くなれていたと思います。さて、そろそろ探索に集中しましょうか」
シベにそう告げて、エヴァは再び歩き始める。
……だがその瞬間。
エヴァの胴体に、大きな穴が開いた。
「え……?」
エヴァが目を丸くして、空洞になった自身の胸部を見ている。
重狙撃銃型のレッドラムに、狙撃されたのだ。