第105話 グラスホーン
「くそ、この森にいる『星の牙』は”濃霧”だけじゃなかったのか……!」
ツタで地面に縛り付けられながら、日向は呟く。
”生命”は生命を操る力。
今、自身に巻き付いているツタも『一つの生命』と捉えるならば、目の前のシカのマモノが鳴き声一つでツタを操ってみせたのも納得がいく。
それに、そのシカのマモノは全身が植物と化したような姿なのだ。
ゆえに、植物に由来する異能を持っているかもと想像するのは、ごく自然だ。
「と、とにかくこの拘束をどうにかしないと……!」
言いながら、日向はツタを引きちぎろうともがく。
しかし、ツタは思いのほか頑丈で、日向は立ち上がることさえできない。
(……これ、無力化されたのでは? 俺、不死身能力者でありながら、いとも簡単に無力化されたのでは?)
”再生の炎”の思わぬ弱点であった。
巻き付くツタはダメージと見なされず、”再生の炎”で焼かれることもない。
よって日向は、文字通り手も足も出ない状態となってしまった。
隣で見ていたシャオランが、心配そうに声をかけてくる。
「ヒューガ、大丈夫!? 手を貸そうか!?」
「い、いや、シャオランはあのマモノを引き付けてくれ!」
「それはイヤだから助けさせて!」
「な、なかなか無いパターンの断られ方だ……。いやそれより、頼むからあのマモノを引きつけてくれシャオラン! 俺はともかく、北園さんが狙われるとヤバい!」
「そ、そっか、キタゾノが…………ああもうしかたないなぁぁぁぁ!!」
涙声になりながら、シャオランはシカのマモノに向かって駆け出した。
「それと、今からそのマモノは『グラスホーン』と仮称する! あとついでに、手が空いた人は俺を助けてくれると嬉しいな! ちょっと自力じゃツタから脱出できそうにない! 頑張るけど!」
シカのマモノ……グラスホーンに立ち向かう仲間たちに声をかけながら、日向は絡みついたツタを振り払い始めた。
一方のグラスホーンは、ツタで拘束した北園を狙っていた。
しかし、北園の近くにいた本堂が妨害に入り、それを防いでいる。
「行け……!」
本堂が指をこすり合わせ、電撃を放つ。得意技の”指電”だ。
電撃は目にもとまらぬ速さで空間を駆け抜け、グラスホーンの顔面に命中する。
「キィ!!」
グラスホーンは声を上げるも、大きなダメージが入ったような様子は無い。
しかも、今の声がトリガーとなったのか、本堂に向かって地面のツタが襲い掛かってくる。
「ちっ……!」
本堂は、その場から素早く退避してツタを避ける。
二か月のブランクがあるとは思えないほどの身のこなしだ。
しかし完全には避けきれず、一本のツタが本堂の左腕を捉えた。
「この……!」
本堂は、右手に持った軍用ナイフで素早くツタを切り裂き、振り払う。
だが、その間にもグラスホーンは北園を狙っていた。
角で地面を抉りながら、縛られて倒れている北園に迫ってくる。
「あわわわわわ……!」
北園の超能力は、手を使って操作するものだ。
両手が縛られている今、まともに超能力を制御することができない。
発火能力でツタを燃やそうにも、そうしたら縛られている北園にも火が燃え移ってしまうだろう。
そうこうしているうちに、グラスホーンの花咲く角が目の前まで迫る。
「……はッ!!」
「キッ!?」
しかし、その横から『地の気質』を纏ったシャオランが飛びかかり、グラスホーンの脇腹を殴り飛ばした。グラスホーンは地面に倒れ、しかしすぐに起き上がる。
「くたばれッ!!」
倒れたグラスホーンに向かって日影が飛びかかる。
『太陽の牙』を両手で握り、グラスホーン目掛けて突き刺しにかかる。
しかしグラスホーンは素早く回避し、『太陽の牙』は地面に突き立てられた。
「キーッ!!」
攻撃の隙を狙って、グラスホーンが日影に向かって角を振り回す。
右の角が日影を捉え、その身体を打ち上げた。
「ぐっ……!?」
地面に落下し、倒れる日影。
その日影を踏み潰そうと前脚を上げるグラスホーン。
そこに、グラスホーンへ向かってツタが一本投げ込まれる。
投げられたツタの先は、投げ縄のように丸く結ばれており、グラスホーンの角に引っかかるとギュッと締まる。そして……。
「喰らえ……!」
「キィィィッ!?」
グラスホーンの身体にバリバリと電撃が流れ始めた。
本堂の放電攻撃だ。
投げ縄のように引っ掛けたツタを電線代わりに、グラスホーンに電撃を浴びせているのだ。
ちなみに、今回の本堂の通信機、発信機、メガネ型カメラにはしっかり絶縁加工が施されている。狭山が頑張ってくれたおかげである。
「キィィィ!?」
「ぬ、ぐ……!」
しかしグラスホーンもやられるばかりではない。
電撃を嫌い、本堂を振り払おうと暴れまわる。
本堂も吹き飛ばされないよう、身体を杭のようにして踏ん張る。
その間に、日影がシャオランに指示を飛ばす。
「よし、シャオラン! 今のうちに北園を助けてやれ! お前の腕力ならツタを引きちぎれるだろ!」
「分かった、ヒカゲ!」
「オレはこの隙に、アイツに一発くれてやるぜ……!」
日影は暴れまわるグラスホーンに刃を向ける。
しかし……。
「キーッ!!」
「うおっ!?」
グラスホーンは、ツタが巻き付いた角ごと頭を思いっきり振り下ろし、背負い投げの要領で本堂を振り払った。
投げ飛ばされた本堂はそのまま地面に叩きつけられたが、幸い下は柔らかい土で、本堂のダメージは少なかった。
だが、これでグラスホーンの拘束が解けた。
日影ももう止まれない。
やられるより前に『太陽の牙』を振り下ろしにかかる。
「おぉぉぉぉぉ!!!」
「キィィィィィ!!!」
両雄、真正面から攻撃を仕掛けに行く。
そして……。
「はーい、二人ともストップ―」
突然、日影とグラスホーンの間に割って入るように一人の女性が現れた。
「おわっとぉ!?」
「キッ!?」
すでに『太陽の牙』を振り下ろす動作に入っていた日影は、もはや急には止まれない。しかしそれでも女性を斬りつけないよう、身体ごと斜め横に投げ出して攻撃を逸らした。
グラスホーンも女性の目の前で立ち止まった。
「な、なんなんだお前!? 危ねぇだろ!? もう少しで斬るところだったぞ!」
「いやーゴメンね? でもこの子、キミたちと戦いたくなかったみたいだからさ。止めてあげた方がいいかなーって」
「……何?」
女性の発言に、日影は目を丸くする。
発言の内容もそうだが、この女性はマモノの心が分かるというのだろうか。
女性は、グラスホーンをジッと見つめながら「うんうん」と頷く。
「そっかそっか。まぁそれならしょうがないよねー」
「なぁ、アンタ……」
「『マモノの言葉が分かるのか?』でしょ?」
「あ、ああ……」
「正確に言うとちょっと違うかなー。あ、『じゃあ一体どういうワケなんだ』って思ったね?」
「ああ……。もしかしてアンタ、人の心が――――」
「せいかーい。読めるよ。動物の心だって読める。だから、私にはこの子の気持ちが分かる。私はこの能力を『読心能力』って呼んでる。カッコいいでしょー?」
女性はあっけらかんと答えてみせた。
彼女は、北園と同じ超能力者だとでもいうのだろうか。
「……けど、じゃあなんでそのグラスホーンはオレたちに攻撃してきたんだ?」
「それはねー、キミが先に攻撃してきたから、自分も反撃したんだって。正当防衛だってさ」
「オレのせいかよ……」
見ると、グラスホーンも首を縦に振って頷いている。
女性の言っていることは本当らしい。
二人と一匹のもとに、本堂とシャオランと、シャオランに助けられた北園もやって来る。
最初に、本堂が口を開いた。
「……この状況、どうするんだ?」
「えーと……とりあえず一時休戦かな?」
「ボクもキタゾノに賛成! 避けられる戦いは避けるべき!」
「マモノを……『星の牙』を見逃すっつーのか……? 大丈夫なのか、それ?」
「日影の言うことももっともだが、戦わずに済むならそれがいいと俺も思う。日向はどう思う?」
そう言って本堂が日向の方を振り向くと。
「とりあえず今、俺が思っているのは『そろそろ誰か助けてください』なんですけどね……!」
日向は、未だにツタに絡みつかれてもがいていた。
それどころか、暴れた結果、余計にツタが変な絡まり方をして身動きが取れなくなっている。
「日影ー。『太陽の牙』でツタを斬ってくれー……」
「ブザマだなー。ま、仕方ねぇ」
日向のツタを斬るために、日影が『太陽の牙』を持って日向に近づく。
しかし、その前にグラスホーンが「キィッ」と一声鳴いた。
すると、日向に絡みついていたツタがスルスルと自分から解けていった。
「あ、助かった……」
「っと、グラスホーンの能力か。……惜しかったなぁ。ツタを斬るついでに、お前に一太刀浴びせてやろうかとも思ったんだが」
「に、二度とお前には頼まねぇ……!」
言いながら日向は立ち上がる。
そして、女性とグラスホーンに歩み寄り、話しかけた。
「えーと、俺たちは―――」
「ふむふむ、『マモノ討伐チーム』かい?」
「せ、正解……。で、俺が―――」
「『日下部日向くん』だね?」
「その通りです……それで―――。」
「私の名前かい?」
「…………。」
「あははー、ゴメンゴメン。ちょっと意地悪な使い方しちゃったね」
女性はいたずらっぽい笑みを浮かべる。
そして、自身の名を名乗った。
「名前ねー……。じゃあ、『スピカ』ってことにしとこうか。よろしくねー」