第1158話 血飛沫の一射
ポルトガルのリスボンを目指し、南へと進む日向たち。もう少し進めばポルトガルからスペインにかけて流れるタホ川が見えるはずである。
けさ出立したマドリードとそのタホ川の中間あたりの地点で、日向たちは小休止を入れることに。ちょうどもうすぐ正午であり、食事時である。それに、日向たちについて来てくれる大型犬たちも走り続けて疲れているはずだ。
少し開けた場所に車を停めて、日向たちは昼食の準備。犬たちにも皿いっぱいのドッグフードをご馳走する。
「みんなー。ごはんだよー」
「ワン! ワン!」
「ハッハッハッハッ……」
北園が犬たちにドッグフードを差し出すと、犬たちは飛びつくようにドッグフードを食べ始めた。皿いっぱいのドッグフードがものすごい速さでなくなっていく。
「うひゃあ、身体が大きくなったからか、みんなよく食べるね」
「本当にすごい食べるな……。あのペットショップにあったドッグフード、これでもかってくらい持ってきたけれど、こりゃ足りるかどうか不安になってくるな……」
犬たちの健啖ぶりを見て、北園と日向がそれぞれつぶやいた。
一方こちらはエヴァの様子。スペインの街で調達しておいた野菜や果物の種を地面に植えて、『星の力』で成長を促進させる。
「繁栄を……”テラの恵み”!」
エヴァの詠唱と共に地面から植物の芽が出て、蔓が伸び、やがて実がなっていく。この能力のおかげで、六人はこのボロボロの星においても基本的に食糧に困ることはない。
そんなエヴァの働きぶりを見ながら、日影がぼそりとつぶやく。
「たまには肉類も食いてぇが……」
「でも仕方ないよヒカゲ。こんな状況の世界じゃ、まともに保存されている食用肉なんて全然見つからないし、ウシやブタなんかを狩ろうにも、レッドラムにやられちゃってハエが集ってるのがほとんどだし」
「分かってる。それに、レッドラムどもがこの星のあらゆる生命体を根絶やしにしようとしてやがる今、他の生き物をオレたちが殺して食うってのも、ちょいと気が引けるしな」
「ふむ。そんなお前に良い物をやろう」
そう言って本堂が、日影に何かを手渡した。
なにやら袋に密閉された、肉っぽくも見える棒状の食べ物だ。
「何だこりゃ」
「犬用ジャーキー」
「おいテメェふざけんな」
「別に人間が犬用の食べ物を食べても基本的に害は無い。『間違えて食べたけど意外と美味しかった』という話はSNS等でもよく挙げられている」
「そうは言うがな、こうやってさも当然のように犬用の食い物を渡されたらな、まず警戒するんだよ普通の人間は」
敵を警戒しながらの食卓の準備ではあるが、和気あいあいした雰囲気が流れる。緊張し過ぎてガチガチになり大した息抜きにもならない……よりは良いかもしれない。
だが、その時だった。
突如として、六匹の犬たちが一斉に同じ方角を向く。
それだけでなく、牙を剥いて威嚇までし始めた。
「グルルル……!」
「ワンッ! ワンッ!」
「日向くん! ワンちゃんたちの様子が変だよ!? 何か、怒ってるみたいな……」
「もしかしたら、敵が近くに潜んでいるのかもしれない。エヴァ、気配感知は?」
「ずっと発揮しています。しかし、これといって気配は感じませんね……。また何らかの方法でごまかしているのかもしれません」
「最近、レッドラムの奴らは本当にそればっかりだな! エヴァが気づかないで、この犬たちが気づいたとなると、匂いとかでレッドラムの気配を察知したのか?」
日向もまた、犬たちが向いている方角を見てみる。その先には深い森が生い茂り、そのさらに向こうに高い山脈が連なっている。そうなると、レッドラムは森の中に潜んでいるのだろうか。
しかし、犬たちの視線の先を確認した日向は違和感を覚える。どうにも犬たちは、森ではなく山の方を見ているようなのだ。
その日向の考えを肯定するように、エヴァも口を開く。
「彼らもまた『敵は山の方にいる』と言っているようです」
「山の方に……。随分と距離があるな。今からこっちに来るつもりか? それとも、こっちを狙撃するような攻撃手段があるとか?」
「良乃。念のため、バリアーを展開して警戒しておいた方がいいかもしれません」
「りょーかい!」
エヴァの指示を受けて、北園はバリアーを展開。トラックを狙われたらまずいので、そのトラックをバリアーの後ろに隠して守る。
そして、北園がバリアーを展開してから一拍ほど置いた、その瞬間。
山の頂上あたりから、突如として赤い光線のようなものが飛んできた。それこそ銃弾か何かと見紛うような恐るべき速度で。そしてそれが北園のバリアーに直撃した。
「きゃっ……!?」
赤い光線のようなものは、凄まじい貫通力で北園のバリアーを撃ち抜いてしまった。ガラスが割れるように破壊されたバリアーの破片と共に、北園も倒れ込んでしまう。
「北園さん!?」
「北園!」
日向と日影が北園の名を呼び、真っ先に駆けつける。本堂とシャオラン、それからエヴァもまた北園のもとに向かおうとした……が、ここで隙を見せたら敵から背中を狙われる恐れもあると考え、周囲の警戒にあたった。
日向が北園を助け起こす。
見れば、彼女の右腕や右わき腹からかなりの出血が見られる。
「北園さん、大丈夫!? ひ、ひどいケガ……!」
「うう……だ、だいじょうぶだよ……。たぶん、見た目よりは酷くないと思う……。バリアーがうまく盾になってくれて……」
「クソッ、野郎、相当遠くから撃ってきやがった! この危険な能力、まず間違いなく『目付き』だぞ!」
「日影! 敵が撃ってきた方角は分かるな!? お前の”オーバーヒート”で一気にぶちのめしに行ってくれ!」
「言われるまでもねぇ!」
日向に返事をして、日影は日向たちから走って離れ、そこから”オーバーヒート”で一気に空へ。敵が狙撃してきたと思われる地点へ急行する。
北園はすでに”治癒能力”で怪我の治療を開始。その間に日向は、先ほどの赤い光線のようなものが着弾した地点を見てみる。
赤い光線のようなものは、実際のところは赤い液体だったようだ。血のように赤い液体だ。これを超圧縮し、水鉄砲のように北園めがけて撃ち出してきたのだろう。
弾丸が液体という「物質」だったため、エネルギー攻撃には強い北園のバリアーも撃ち抜かれてしまったのだ。北園がひどく血まみれに見えたのも、この血液の弾丸が彼女の身体に付着したからか。
「それでも、狙撃地点から優に五百メートル以上は離れてる。そこからこの血の弾丸をここまで届かせて、しかも北園さんのバリアーを貫通するって……。北園さんのバリアーは、物理攻撃でもけっこう耐えてくれるのに……」
もしも犬たちがレッドラムの存在に気づかず、北園が前もってバリアーを張っていなければ、狙撃は北園に直撃していた。そうなればまず北園の命はなかっただろう。開幕から不幸中の幸いだった。
日向は北園を支えながらもう一度、日影が飛び立った方角……敵が狙撃してきた方角を見てみる。
やはり、ここから狙撃地点までの距離は相当なものだ。今から日向たちがそこへ向かっても、はたしてどれくらいの時間がかかることやら。
「この戦闘は……機動力に優れる日影や、超遠距離攻撃ができるエヴァあたりが頼りになりそうかな……」
敵の恐るべき能力に気圧されないよう、強い語気で日向はつぶやいた。