第1157話 六人と六匹の出発
スペインの首都マドリードにて、六匹の犬たちを仲間に加えた日向たち。
犬たちがいたペットショップから、彼らのためのドッグフードをいただいていく。彼らは日向たち人間と違って、食べたら毒になる野菜などもある。たまねぎやネギなどが代表的だ。エヴァの能力で育てた野菜の一部が食べられない。
「食べられる野菜を食べさせるにしても、これだけの大所帯になったら単純に食糧の減りも激しくなっちゃうからな。食糧確保はサバイバルの基本」
とはいえ、この六匹の犬たちをしばらく食べさせてやるだけのドッグフードとなると、量もすごいことになる。一抱えほどもある大袋が一つや二つでは到底足りないだろう。
「今まで以上に大荷物になる。何が何でも車を確保しないといけない」
日向の言葉に、皆もうなずく。
移動速度の確保、それから大荷物の運搬のためにも、車は必要不可欠だ。
「でも日向くん。レッドラムたちはこの街にある車を片っ端から破壊していたみたいだし、うまく見つかるかなぁ?」
「これだけ大きな街なんだ。いくら三百体ものレッドラムがいたとはいえ、破壊活動にも限界はあるはず。必ずどこかに無事な車はある……はず」
北園の質問に答える日向。
その横で、本堂も口を開いた。
「ここらにある全ての車を見て回っては、時間が幾らあっても足りん。レッドラムが目を付けていなさそうな場所をピンポイントで当てることができればいいのだが」
「意外なところに車がある場所ってことですか。どこかあるかな……」
しばし考え込む日向たち。
その時、ふと日向が何かを閃いたような表情を見せた。
「このペットショップ、ガレージってありましたっけ?」
「裏手の方にあったと思うが。まさか、この店の車を使うつもりか? こんな目立つ場所にある店の車など、真っ先に破壊されていると思うが……」
「いやでも、そこの犬たちは今まで無事だったじゃないですか。地球の生き物と見れば即殺しにかかるレッドラムがこの街をうろついていたのにもかかわらず。つまりそれは、この店にはまだ手を付けていない証拠では」
「……確かに」
日向たちはすぐさまこの店のガレージに向かい、その真偽を確かめる。
果たして、日向の推測は正しかった。ガレージの中には赤色の小型トラックがあったのだ。座席は二人乗りで、後ろに少し広めの荷台があるトラックだ。壊れてもいない。キーもすぐ近くの机に置かれている。今からでも動かすことが可能だ。
「本当に意外な場所にあったな。灯台下暗しとはこの事か」
「ヒューガ、お手柄!」
「さすがにこんな近くにあったら、俺じゃなくとも誰か気づいてたと思うけどね。まぁでも、街まで車を探しに行ったりとかしないで済んでよかったよ」
「ホントそれだよぉ……ボクだってさすがに、もうヘトヘトで……」
そう言って、シャオランが疲れ切った表情を見せた。見れば、シャオランだけではない。日向たち全員がどこか疲れた様子を見せている。
なにせ日向たちは、昨日ジ・アビスの夜襲を受けてからほとんど休むことなくここまでやって来た。パッと見た感じではあまり分からないが、かなりの疲労が蓄積している。
「いま思えば、私たち、けっこう無茶なコンディションで、さっきのレッドラムの群れと戦ってたのかもね……」
「今日の行動はもうここまでにして、今日は早めに休もう。そうしよう」
「因みに、このマドリードの街にもマンサナレス川という名の川がある。距離は遠いがジ・アビスが潜む大西洋に通じているぞ」
「よし、エヴァ、俺と一緒にもう一仕事しに行こう。この街の危険な川を凍らせるだけの簡単なお仕事だ」
「喜んでついて行きます」
その後、エヴァの活躍により、マンサナレス川は無事に氷河となった。夜遅くなり、日向たちが寝静まっている間も、ジ・アビスが悪さをすることはなかった。
◆ ◆ ◆
そして次の日。
日向の存在のタイムリミットは、残り23日。
すっかり疲労も抜け落ちた日向たちは、張り切ってポルトガルのリスボンを目指す。ちなみに昨日エヴァが凍らせておいたマンサナレス川は、少し氷が解け始めていたのでもう一度凍らせておいた。
六人と六匹は朝食を食べ終え、いざ出発。いつものようにトラックの運転は本堂が務め、助手席には日影。剥き出しの荷台には残りの四人、そしてポメラニアンのポメ。
残りの巨大犬の五匹は走ってついて来てもらう。さすがに車の速度は加減するが、それでも四十キロくらいのスピードなら五匹も負担は少ないはずだ。
「はーい、それじゃあ皆さん、しっかりついて来て下さいねー」
荷台から日向が五匹の大型犬に呼び掛ける。犬たちは現在『星の力』によってマモノとなっているので、それに伴う進化で知能も向上している。日向の言葉もしっかりと理解できている。
イビザンハウンドのイビ、それからシベリアンハスキーのシベは、綺麗な姿勢のおすわりのポーズで日向の指示を聞いている。ピレニアンマスティフのピレも、丸まった姿勢のおすわりポーズだがちゃんと聞いてくれているようだ。
ラフコリーのラフは、姿勢こそちゃんとしているが、どこかぼんやりとした視線で日向を見つめている。話はちゃんと聞いていると信じたいところだ。
一番ひどいのはスパニッシュマスティフのスパで、ごろりと寝転がっているのはまだいいとして、あくびまでしている。さすが、六匹の中で一番のんびり屋なだけのことはある。
「クアー」
「だ、大丈夫だろうか……。ちゃんとついて来てくれる?」
不安そうな表情を見せる日向。
そこへエヴァが声をかけてきた。
「きっと大丈夫です。彼は……スパはちゃんと話を聞いているようです。『聞ーてる聞ーてるー』と言っています」
「いや棒読み!」
その後、車は走り出したが、ちゃんとスパもついて来てくれた。どことなく面倒くさそうではあったが。
他の大型犬たちも勿論ついて来てくれる。身体が大きくなっただけでもそれなりの速度で走っている自動車と並走できるのだから動物の身体能力の高さには驚かされるものがある。
日向たち一行は現在、緑の多い山道を進んでいる。ここからもう少し進めば、恐らくリスボンへ向かう最後の関門となる場所、タホ川だ。ここさえ越えれば、もう川渡りはしないで済む。
……しかし、そんな日向たちに、また別の試練が待ち構えようとしていた。
「KUKU……獲物ガ来タカ」
木々が生い茂る山の上、顔の右側にのみ金色の瞳に赤い眼孔を持つ、細身の体格をした目付きのレッドラムが、射抜くように日向たちを見つめていた。