第1154話 三本槍
日向たちがいるペットショップの周囲を、レッドラムの群れに囲まれてしまったようだ。窓の外の景色を少し見ただけで相当な数のレッドラムが確認できる。
「こいつら、いつの間に……! エヴァ、気配感知はどうなってた!?」
「一部のレッドラムは異能で気配を隠していたようです。そしてまた一部のレッドラムは、急にこの周辺に気配が現れました……!」
「つまり”瞬間移動”の能力が使えるレッドラムが多いってことか……! しかもこの場所をピンポイントで当ててくるってことは、向こうも何かの異能でこっちの気配を探知してきたのかな……」
「街の中に散っている他のレッドラムも、すごい勢いでここを目指しているようです。この店の周囲だけでもレッドラムの数は三十体ほど。ここに合流しようとしているレッドラムを合わせれば、三百体は下りません……!」
緊迫した表情でエヴァが言う。
もしその話が本当なら、大変なことだ。レッドラムは一体一体が強いチカラを持つ異能力者。単体だけでも相当な戦闘力を誇るのに、それが三百体以上の大軍勢となると、その戦力は計り知れない。
……が、しかし。
「三百体か。まぁそれなら、なんとかなるだろ」
日影があっけらかんと言ってのけた。
だが彼の言葉に同調するように、皆は自信ありげな表情である。絶望の顔色は一切見られない。シャオランさえも、少し怖がっている様子だが表情を引き締めている。
実際、日影の言う通りだ。彼ら六人は、今や恐るべき戦闘力を誇る超人集団。もはや普通のレッドラム程度では足止めになるかどうか、というレベルである。
「とはいえ、それでも三百体以上ってすごい数だぞ。皆、くれぐれも油断しないように。対テレポート能力者との戦い方を意識して」
一応、日向が皆に注意を呼び掛けた。
皆も分かってると言わんばかりに、力強くうなずいた。
その一方で、六匹の犬たちは不安そうな表情で日向たちを見ていた。
「クーン……」
「ワウ?」
「ワンコたち、お前らはジッとしてるんだ。下手に動くと危ないからな」
日向が犬たちにそう言い聞かせる。
マモノとなって知能が上がったか、犬たちはすぐに大人しくなった。
また一方で、この場に集まったレッドラムたちは、今からペットショップに一斉突入を仕掛けようとしていた。
レッドラムの群れの中に新種がいる。右手に長大な槍を持ち、左腕が円形の小さな盾に変形しているレッドラムだ。槍兵型のレッドラムとでも言うべき見た目である。
「KIKI……。出テコナイナ。ナラバ、突入シテ皆殺シダァァ!!」
先頭の槍兵型レッドラムが号令をあげた。それを聞いた他のレッドラムたちが、我先にとペットショップに襲撃を仕掛ける。
……が、それは日向たちの計画通り。
窓から外の様子をこっそり窺っていた北園、本堂、シャオラン、エヴァの四人が、レッドラムを引き付けてから大火力かつ広範囲の攻撃をぶっ放す。
「”凍結能力”+”吹雪”っ!」
「扇状放電攻撃、開始……!」
「空の練気法”炎龍”ッ!!」
「焼き尽くせ……”ラグナロクの大火”!!」
四つの窓から強烈極まりないエネルギーが放出される。攻めることしか考えていなかったレッドラムたちは、あっけなく炎や吹雪、電撃やオーラの奔流に巻き込まれて消し飛ぶ。
しかし、そのうちの四体のレッドラムたちが”瞬間移動”を使用。大火力に巻き込まれる前に姿を消し、その移動先はペットショップの内部。日向たちが外に気を取られている間に、中から攻めるつもりだ。
「SISISI!! 背中ハ貰ッタァ!!」
「……と思うじゃん?」
「ハ?」
北園の背後に現れた刃型のレッドラムを、日向の『太陽の牙』が刺し貫いた。刃型が姿を現した、まさにその瞬間のことだった。
さらに、店の中央に現れた標準型レッドラムは日影が一刀両断し、本堂とシャオランの背後に現れたクロー型レッドラムは、本堂とシャオラン両名が素早く後ろを振り向くと同時に仕留めた。
「だいたいそういうことなのよ。敵が”瞬間移動”を使ってきた場合、前方の見える範囲に現れなかったら、その時の移動先はまず確実にこちらの背後。単純なのよ考えることが」
呆れた風に日向が言い放つ。
外を見れば、レッドラムたちはいきなり痛手を受けて動揺しているようだ。
「敵さん、ビビって縮こまってるな。よし、それじゃあ日影ミサイル発射だ。高機動と大火力で敵陣をもっと荒らしまわってやれ」
「テメェに言われなくても、今から行こうとしてたっつうの。”オーバーヒート”ッ!!」
日影が窓から飛び出して、同時に白く輝くように燃える炎を身に纏い、ジェット機のように飛行開始。進路上にいた数体のレッドラムを轢き殺した。空でUターンした後、またレッドラムの群れめがけて流星のように突撃する。
「再生の炎……”落陽鉄槌”ッ!!」
音速のスピードで突撃してきた日影が、レッドラムの群れのど真ん中に着弾。巻き起こされた白炎の大爆発が、レッドラムたちを蹴散らした。
何体かのレッドラムは、日影の爆炎に巻き込まれる前に回避を行なった。しかしその行動を見透かしていたかのように、すでにペットショップから出ていた本堂とシャオランが生き残りのレッドラムを素早く狩る。
これで、この場に残っているのは、三体の槍兵型のレッドラムのみ。
「後続が来る前に、この新種の連中もさっさとぶちのめしとこうぜ」
「KAAA……!! ナメルナァァッ!!」
叫び、槍兵型のレッドラムのうちの一体がジャンプ。その右手に握られているのは、レッドラムの身体と同じく血で作られたかのような長槍。
その長槍に”火の気質”が宿されて、日影めがけて投げつけてきた。
日影は素早くその場から飛び退いて、投げられた槍を回避。
槍が道路に着弾し、爆弾でも爆発したかのように派手に破壊される。
他の二体の槍兵型もそれぞれ動く。
一体ずつ、本堂とシャオランを狙うつもりのようだ。
本堂を狙う槍兵型レッドラムは、ものすごい速度で刺突のラッシュを繰り出した。
「SHAAAAAA!!」
これに対して本堂は、両腕から鋭い刃を生やす。そして、この腕の刃を巧みに使い、刺突をいなしながらレッドラムとの距離を詰める。さながら草でも掻き分けて進むように、淡々と。
「ナ、何故当タラナイィィ!?」
「この程度、今の俺なら止まって見える。トドメだ」
一瞬の隙を突いて、本堂が槍兵型の懐に潜り込む。
そして両腕の刃で×の字を描くように、僧兵型を切り裂いて絶命させた。
一方、こちらはシャオラン。
長いリーチを活かして攻撃してくる槍兵型に、少し手間取っている様子。
「KEKEKE! 俺様ノ高圧電流ノ槍ハ、下手ニ触ルト黒焦ゲ以上ノ大惨事ダゾ!」
「槍の放電が激しくて、うかつに踏み込めない……。うっとおしいなぁもう!」
そして槍兵型はシャオランを牽制しつつ、一気に踏み込んで長槍を突き出した。
……が、それを待ってましたと言わんばかりに、シャオランも同時に動く。そして突き出された長槍を掻い潜り、槍兵型の腹部ど真ん中に右拳の突きを喰らわせ、風穴を開けた。
「そろそろ動くと思ったよ! やぁッ!!」
「GABOOO……!? 俺様ノ動キ出シニ、完璧ニ攻撃ノタイミングヲ合ワセテ……。ナントイウ見切リノ精度……」
そして最後の槍兵型は、日影と対峙している。
日影は現在、”オーバーヒート”の出力を一段階落として”オーバードライヴ”を使用。白兵戦で槍兵型と戦っている。
しかし日影もまた、槍兵型の長大なリーチに少し苦戦気味のようである。長い槍が日影を槍兵型に近づけさせない。
「”オーバーヒート”ヲ使ワナイ貴様ナゾ、タダノ人間ニ毛ガ生エタ程度ノ実力! 俺ヲナメタ事、後悔サセテヤルゾ!」
「言ってろ。テメェ一体ごときに”オーバーヒート”なんざ、使うまでもねぇ」
「KAAAAAAA!!」
日影の挑発に怒り、槍兵型が長槍を突き出す。
これに対して、日影は右回し蹴り。
槍兵型ではなく、突き出された長槍の側面を蹴飛ばした。
「おるぁッ!!」
「GI!?」
日影に槍を蹴られて、刺突の軌道が逸らされた。同時に槍兵型の体勢も崩れ、そこを狙って日影が『太陽の牙』を振り下ろす。
「うるぁぁッ!!」
……だが、金属音。
槍兵型は小盾が生えたような左腕で”瞬塊”を使い、日影の攻撃を受け止めていた。
しかし、それは日影の想定内。
攻撃を受け止めてレッドラムが硬直している、そのわずかな隙を狙う。
日影は素早く『太陽の牙』から手を放し、ボクシングで言うところのダッキングの要領で槍兵型の懐に潜り込む。そして槍兵型の顎下を強烈な左アッパーカットでかち上げた。
「だるぁぁぁッ!!」
「BUGYA……!?」
日影のアッパーカットを喰らった槍兵型は、頭が下から潰されたように変形し、そのまま背中から倒れて絶命した。槍兵型の身体が血だまりとなって道路にぶちまけられる。
「だから言ったろ、”オーバーヒート”なんざ使うまでもねぇってな。まぁ、本隊到着前の準備運動くらいにはなったぜ、テメェ」
両の拳を交互に鳴らしながら、日影は事切れたレッドラムにそう言い放った。