第1153話 犬六匹
スペインの首都、マドリードの一角にあったペットショップ。
そこで日向たちは、喉が渇いて苦しんでいた六匹の犬たちに出会った。人間たちよりも野生的な生命力に優れる彼らは、店の中の少ない水でどうにか生き延びていたのかもしれない。
日向たちがこの六匹の犬たちに水をあげたところ、犬たちはたいそう喜んで水を飲んでくれた。まだ飲み足りないらしく、北園がおかわりの水を皿の中に注ぐと、六匹の犬たちはまた美味しそうに水を飲み始める。
その間に日向は、この六匹の犬を観察してみた。
六匹のうち、五匹はかなり大型の犬種のようだ。
「俺は犬にあまり詳しくないとはいえ、ほとんどが知らない犬種だな……。この薄い茶色のさらさらした毛並みの犬はなんていう奴だっけ。ゴールデンレトリバー……とはちょっと違うよな……」
「日向。そいつはスパニッシュマスティフという」
日向の横から、本堂が答えた。
本堂は続けて解説する。
「スパニッシュマスティフはここスペイン原産の犬種だ。発達した筋肉を持っていて、力が強い。しかし心は優しく、飼い主の言うことをよく聞くという」
「へぇー、スペイン出身の犬なんですね」
「その隣にいる、スパニッシュと少し似ている灰色の奴がピレニアンマスティフ。同じくスペイン原産の犬種で、性格は非常に知的で誠実。おっとりしているように見えて、大型犬らしく力も強い。いざという時は目を見張るほどの俊敏性を発揮すると言われている」
「日本でもたまーに見かける気がしないでもないけど……いや、よく似た別の犬かな……。じゃあその隣にいる三匹目の、ちょっと赤茶色っぽいスレンダーな子は?」
「イビザンハウンドという。これもスペイン原産だ。グレーハウンド種に属しており、見た目の通り極めて俊敏。それに遠目も利く。一説によれば、古代エジプト王がこのイビザンハウンドを狩りに用いたという記録も残っているとか」
「く、詳しいですね。犬好きなんですか? そんなイメージ無かったですけど」
「いや、雑学として記憶しているだけだ。俺の好きなものは車、さばぬか、巨乳の美女。よく覚えておくがいい」
「それは知ってます。というかこの場面は、せめてペットの好みを教えてくれません?」
「巨乳の美女はペット枠に入らないだろうか」
「そういうこと言うのやめろぉ! 問題発言になりますから!」
「ふむ」
残りの三匹の犬種は、それぞれシベリアンハスキーとラフコリー、そしてポメラニアンだ。この六匹の中でポメラニアンだけが小型犬である。心なしか、ポメラニアンはこの六匹の中でも少し肩身が狭そうにも見える。
「スペインじゃ大型犬が流行っているのかな……?」
「そういう話は聞かないな。スペインのペットショップでは小型犬を取り扱うのがメジャーで、大型犬はブリーダーが育てたものを引き取るくらいしか入手方法が無いという。この店は犬のブリーダーが経営しているようだったから、恐らく大型犬も取り扱うことをセールスポイントにしていたのだろう」
「狭山さんの陰に隠れがちでしたけど、本堂さんもたいがい何でも知ってますよね……」
「スペインは犬を大切に扱っている。ほとんどの国民はノーリードで犬を散歩させるが、しつけが行き届いているために犬達は勝手な行動を滅多に起こさないという。動物病院の数は人間の病院と互角以上に多く、スペインの北西に位置する地域では『犬に人権を与える条例』が発令されたとか」
「いくら何でも知り過ぎじゃないですか? 頭の中にインターネット検索エンジン飼ってるんですか?」
「そんなものは居ぬ。犬だけに」
「解散」
「ふむ」
ともあれ六匹の犬たちは、たらふく水を飲むことができて、すっかり元気を取り戻したようだ。今は思い思いに行動している。店の中を徘徊したり、日向たちの前でおすわりをして尻尾を振ったり、床の上で横になったり。
そんな犬たちを見て、日影と北園がやり取りを交わす。
「それで……どうするんだコイツら。助けたのはいいけどよ、このままじゃどうせどこかで野垂れ死ぬだろ。また水不足や食料不足で倒れるか、レッドラムどもに襲われるか、どっちかだぜ?」
「うーん、それなんだよねー……。ロシアのホログラート基地のみんなにエヴァちゃんの『星の力』を分け与えたように、この子たちも自力で生き抜いていけるように力をあげるとか……」
「それが現実的か。オレたちだって犬を六匹も連れて行ける余裕なんか無いしな」
「できれば一緒に連れていってあげたかったよー……」
「うぐ……」
北園がしょんぼりする様子を見て、思わず「一匹ぐらいならなんとか……」と言いそうになった日影だったが、ぐっと堪えた。
「エヴァ、聞いての通りだ。このワンコたちに『星の力』を分けてやれるか?」
日影がエヴァに声をかける。
エヴァはうなずいたが、少し浮かない表情だった。
「できますが……彼ら次第ですね。彼らが自衛できるようになるほどの『星の力』を渡せば、まず高確率でマモノ化します。今の姿とかけ離れた異形となってもいいか、よくないか、選択するのは彼らです」
「そうか。だがまぁ、生きるためだ。コイツらの答えも決まってると思うぜ」
それからエヴァが、六匹の犬たちに尋ねる。
『星の力』を受け入れるか、受け入れないかを。
日影が言った通り、六匹の答えはイエスだった。
「では、あなたたちに『星の力』を譲渡します……」
エヴァが六匹の犬たちに『星の力』を分け与える。蒼いオーラが六匹の犬たちを包み込み、犬たちの身体がブルブルと震えだす。
「グ……ウオオン……!」
「キャウ……!?」
「ハッハッハッハッハッ……」
そして、犬たちの進化が終わる。
六匹の犬たちのうち、ポメラニアンを除く五匹の犬たちは、姿そのままに日向たちよりと同じくらいかそれ以上の大きさになった。
「やはり、マモノと化してしまいましたか。一応、元の姿を保てるように最大限の調整はしたのですが」
「ところでよぉエヴァ。マモノって、なんつうか、こんな雑に変化するモンだったか? 今までのマモノは『まさに異形』って感じだったけどよ、コイツらはその……ただデカくなっただけじゃねぇか? デカい以外は見た目まったく変わってねぇし」
「個人差があります」
「そ、そうかい……」
「彼らは野生に生きる獣ではなく、生まれながらに人と共に生きる道を選んでいる共存者たちです。その点が彼らの進化に影響を与えた……のかもしれません」
ちなみに先述の通り、六匹の犬たちのうち、ポメラニアンだけは元の姿のままだ。ただでさえ五匹の大型犬たちに囲まれて肩身が狭そうにしていたのに、もはや同じ種類の動物とは思えないくらいの体格差になってしまった。
「クーン」
「エヴァ。どうしてこの子だけ見た目が変わってないの? なんというか、集団の中で一匹だけ小さいって、すごく親近感が」
シャオランがエヴァに尋ねた。
尋ねられたエヴァは、シャオランの質問に答える。
「恐らくは彼だけ『星の力』の適性が高かったのかと。肉体は『星の力』を受け入れるに足る器に変質することなく、そのままの器で収容できたのだと思います」
「ちゃんと、能力も手に入った?」
「大丈夫なはずです。どんな能力が発現したかまでは、私にも把握できないのですが。彼が『星の力』に適性があるのなら、他の五匹よりも強力な能力を入手した可能性もあります」
「へぇ! よかったなーキミ!」
そう言ってシャオランは、ポメラニアンをわしゃわしゃと撫でる。
ポメラニアンは、よく分からないといった様子で首をかしげていた。
ともかくこれで、この六匹の犬たちは日向たちの庇護無しでも生きていけるようになっただろう。あとは飲み水を分けてやれば完璧だ。彼らの飲み水が尽きる前に日向たちがジ・アビスを倒すことができれば、川の水も飲めるようになって水不足に困らなくなる。
……しかし、その時だった。
「GIGIGI! イタゼ! 活キノ良イ、殺シ甲斐ノアリソウナ雑魚ドモダ!」
店の外から耳障りな笑い声が聞こえた。
レッドラムの群れが、店を包囲していたのだ。




