第1152話 澄んだ気配
ジ・アビスの夜襲を退けた、その後。
日向の存在のタイムリミットは、残り24日。
日向たちは安全な場所か、もしくは新しい車を求めて山の中を歩き続けたが、結局どちらも見つからず、気が付けば朝日が昇っていた。ちなみにエヴァも起きた。
「どうして私は日向に背負われているのでしょうか」
「色々大変だったんだよ」
「そうですか。詳しい話は後で聞かせてもらいましょう。さぁ日向、全速前進です」
「いや起きたなら降りてくれ」
それから日向たちはこの付近での車探しを諦め、徒歩でマドリードに向かうことに。大きな街なら日向たちが使えそうな自動車の一台もあるだろう、と判断した結果だ。
予定より大幅に時間はかかったが、一行はマドリードに夕方ごろ到着。
しかし今度は、日向たちが使えそうな車がなかなか見つからない。
道路に放置されている自動車、そのほとんどが壊れてしまっているのだ。
「この車も故障してる……」
「こっちもダメだぜ。ボロクソに壊されてやがる」
「こうも徹底的に車が破壊されていると、何か作為的なものを感じるな」
「はぁぁー、もうたまらないよ。こちとら今日一日で何十キロも歩いたんだぞ……。そろそろ楽させてくれ……」
日向、日影、本堂がそれぞれつぶやく。実際、故障した自動車の多くは事故による損傷ではなく、何者かの攻撃を受けて破壊されたようである。車体が刃物のようなもので引き裂かれたり、不自然に焼かれて黒く焦げていたりなど、そういった破壊痕がある。
「も、もしかしなくても、レッドラムだよね……。ねぇエヴァ、この周辺にレッドラムの気配はする?」
シャオランがエヴァにそう尋ねた。
エヴァはすでに目を閉じ、意識を集中させ、周囲の気配を探っているところだった。
やがてエヴァは眼を開き、シャオランに返事をする。
「まだ私たちの近くにはいないようですが……この街全体からレッドラムの気配がします。ゆっくり留まっていては、いずれ遭遇するでしょう」
「やっぱりいるよねぇレッドラム……。それにしても、ジ・アビスは昨晩、ボクたちの車をダメにするし、レッドラムたちもこの街の車を壊してるし、なんか徹底的に嫌がらせしてくるよね……。攻め方を変えたのかな?」
「攻め方と言いますと、やはり日向のタイムリミット切れ狙いということでしょうか」
「それしかないと思うよ。ヒューガの大火力は、きっと『星殺し』討伐には欠かせないものだ。そのヒューガがいなくなってしまったら、残ったボクたちだけで戦いを続けても勝算は低いよ……」
「一応、必ずしも日向が消えなければならないのではなく、日影とどちらか一方なのでしょう? それなら日影ではなく日向を取れば……」
「そうはさせないよ。二人ともそろって、最後まで一緒に戦うんだ」
エヴァの言葉を遮るようにシャオランがそう言った。これまでの彼の頼りない雰囲気が嘘のように、その言葉には力がこもっていた。
そんなシャオランの言葉に圧されるように、エヴァは口をつぐむ。しかしすぐにうなずいて、再び口を開いた。
「……そうですね。どちらか一方など絶対にありえない。皆で一緒に生き抜きましょう」
エヴァのその言葉に、シャオランも満足そうにうなずいた。
……と、その時だった。
エヴァが何かの気配を感じたらしく、別の方向を振り向いた。
「今、何かの気配が……」
「え、なに!? レッドラム!?」
「いえ……レッドラムではないような気がします。複数ですが、気配が弱々しくて、それに、澄んでいるような……」
「気配が澄んでいるって?」
「レッドラムの気配なら、もっとドロドロした気配を感じます。殺気、怨嗟、そういったものが凝縮された液状の汚物を身に纏っているかのような気配です」
「ああ、わかる……。ボクも練気法を使って敵の気配を察知できるけど、レッドラムの気配ってなんというか、こう、グロいんだよね……」
シャオランとエヴァは他の仲間たちにもこの気配のことを伝え、気配の出どころを探るべく移動。これがレッドラムの気配ではないというのなら、生存者かもしれない。
「エヴァが言うには、この街はレッドラムが多いみたいだし、生存者なら早く逃がしてあげないと」
そう言って、珍しくシャオランが皆を先導。先ほどのエヴァとのやり取りで、少しやる気が上昇したのだろうか。
やがて六人がやって来たのは、二階建ての建物。
犬の看板が屋根にかけられた、何かの施設のようだ。
「犬の看板……ペットショップかな? スマホのアプリで翻訳してみよう」
そう言って日向が、自身のスマホのカメラを建物の看板へと向ける。その結果、この建物はどうやら犬を専門とするブリーダーが経営していたペットショップだということが分かった。
「やっぱりペットショップなのか。じゃあ、中にいるのもやっぱり……?」
「とりあえず、入ってみよっか、日向くん」
その北園の言葉にうなずいて、日向たちは施設の中へ。
もう夕暮れということもあって、施設の中は薄暗い。ドッグフードなどの商品を並べる陳列棚、その陰になっているところに何か潜んでいないか注意しつつ日向たちは進む。途中、袋が破られて床にぶちまけられたドッグフードがあった。
シャオランも風の練気法の”風見鶏”を使用して、内部の気配を探っている。
「この感じ、たしかにレッドラムじゃなさそうだね……。でも、人間でもなさそう……?」
「あ……みんな見て! あそこに!」
北園が声を上げた。
店の奥に何かがいる。
油断なく、ゆっくりと、気配の出どころへ近づいていく六人。
そこにいたのは、六匹ほどの犬たちだった。
「ワン! ワン!」
「キャン! キャン!」
「クーン」
「わー! わんちゃんだー! かわいいーっ!」
北園が目を輝かせ、さっそく飛びついて毛並みのもふもふを堪能し始めた。
……が、北園がしばらく犬たちをなでていると、途端にその表情が怪訝なものになる。そして日向たちの方へ振り返り、声をかけてきた。
「この子たち、毛並みがぱさぱさ! それになんだか元気が無さそう! どうしよう、お腹空いてるのかな……?」
不安そうな表情を見せる北園。
エヴァが北園の言葉に答えた。
「彼らはどうやら、喉が渇いているようです。お腹の方は大丈夫かと。先ほど床にぶちまけられていたドッグフード、それは彼らが飢えを満たすためにやったことでしょう。水だけはジ・アビスのせいで、そう簡単には手に入らないですから」
「なるほど……! エヴァちゃん、よくわかったね! わんちゃんに詳しいの?」
「私は動物の声も聴けますから。単純に彼らの声を聞き取っただけに過ぎません」
「あ、そっか。そういう能力もあったね」
人間の生存者ではなかったが、レッドラムたちの攻撃対象はこの星の全て、生物も自然も文明も何もかもだ。であれば、どこにでもいる犬であろうと、日向たちにとっては保護対象だ。
日向たちは、自分たちが持っていた水を犬用の皿に入れて床に置く。
六匹の犬たちは我先にと水へ飛びつき、美味しそうに飲み始めた。




