第1149話 夜の番
夜も遅くなり、山中の木造一軒家にて就寝を始める日向たち六人。
レッドラムの夜襲を警戒して、一人は見張りのために起きている。そこから二時間ごとに次の仲間と交代して、夜通しで襲撃に備える手筈だ。今回だけでなく、これまでの旅で日向たちはいつもこれをやってきた。
ちなみに、エヴァは見張りには参加しない。
彼女は夜中になるとすぐに眠くなってしまうからだ。
「わ……私も……見張りぐらいできます……すぐ眠くなるからって子供みたいに扱わないでください……」
「無理しないでエヴァちゃん。もうまぶたがおりちゃってるよ。ほら、一緒に寝よ? ここのベッド、ふかふかだよ」
「む、無理なんかしていません……ふぁ……」
「それじゃあ日向くん、悪いけど見張りよろしくね」
北園は日向にそう告げて、大きなあくびをしているエヴァと共に寝室へと向かった。ちなみに北園が言った通り、今日の最初の見張り役は日向である。日向の次は日影と交代する予定だ。
「五分毎ごとに日影を叩き起こしてやろうかな」
「テメェ、永眠させてやろうか」
いつものように売り言葉に買い言葉のやり取りを交わし、日影も本堂とシャオランと共に、北園たちがいる寝室へ向かった。寝るときは全員で固まって寝てくれた方が見張りがしやすい。
そして皆が寝床につき、日向も見張りを開始した。日向はこの家にあったカンテラに明かりを灯し、家の中や外を歩き回って警戒する。
寝ずの見張りというのはなかなかに大変な仕事である。仕事の終わりまで集中して敵の気配を探らないといけないので、暇つぶしに何か別のことをするのはよろしくない。見張り役として起きているのも日向一人だけなので、ちょっとした話し相手すらいない。
ここまでの日々の中で、レッドラムが日向たちの就寝時間に襲撃を仕掛けてきたことは二回ほどあった。なぜかレッドラムは稀にしか夜襲を仕掛けてこないようだが、それでも夜襲そのものをしないというわけではない。
その気になればレッドラムたちは、今からでもこの家を百の軍勢で取り囲み、一気に襲撃を仕掛けることだってできるかもしれない。その考えが、たるみそうになる日向の気を引き締める。
レッドラムたちが夜襲を仕掛けてこないのは、日向たちをなめているのか、それともやむにやまれぬ事情があるのか、それは分からない。分からないが、完全にまったく夜襲を仕掛けてこないわけでもない。日向は気合を入れ直し、見張りの仕事に集中した。
それから、一時間が経過。
あともう一時間すれば、次の見張り番である日影と交代だ。
「その一時間がまた長いんだけどな」
つぶやきながら、日向は適当にリビングの中を物色してみる。見張りの仕事から集中を切らしてしまっていることになるが、少しくらい息抜きはした方が良いぞと日向は自分に言い聞かせた。
「気を詰めてばかりだと疲れちゃうからな。リラックス、リラックス」
リビングを見てみると、棚の中にはステンレスのマグカップや木の皿、台所にはかまどで直火にかけることができそうな鍋類など、全体的にキャンプ用品らしきものが多かった。家の壁には、実際にこの家の家主がどこかにキャンプに行ったのであろう写真がかけられている。
この家の家主はキャンプ好きだったのかもしれない。その趣味が高じて、こんな山の中に住居を構えたのだろうか。
「今となっては、お家の人に確かめる術もないんだけど」
言いながら日向は、棚の中のステンレス製のマグカップを手に取ってみる。こういう格好良いコップに少し憧れがあった。
しかし日向は、手に取ったマグカップを床に落としてしまった。床に落ちたマグカップがカーンと音を立てる。しっかりと手に握っていたはずなのに、マグカップは日向の手からすり抜けるように落下した。
……いや、よく見てみると、日向の手が透けている。『太陽の牙』の能力による日向消滅の前兆だ。日向が手を滑らせてマグカップが落ちたのではなく、マグカップが日向の手を透過してしまったのだ。
「ああ……少しずつ、近づいてるな」
透けてしまっている右手を眺めながら、日向はつぶやいた。透ける自分の手を初めて見た時の日向は気絶までしてしまったのだが、今回は随分と冷静だ。
この日向が消えかかってしまう現象は、今回だけではない。これまでの旅の中でも、見えないところでちょくちょく起こっていた。回数を重ねるうちに慣れてしまった。ちなみに気絶したのも最初の一回目の時だけだ。
「タイムリミットは、明日で残り24日だったっけ。だいぶ時間との戦いになってきたな。間に合うといいんだけど」
ひとまず日向は、落としてしまったステンレス製のマグカップを拾って、元の棚に戻した。
その時、足音が聞こえた。
何者かが廊下からこのリビングに入ってくる。
日向の緊張が高まり、『太陽の牙』を呼び出す用意。
しかし日向は、すぐに『太陽の牙』を呼び出すことを取りやめた。
なぜなら、リビングに入ってきたのは北園だったからだ。
「北園さん?」
「えへへ……ちょっと起きちゃった」
はにかむように微笑みながら、北園は日向に返事。
それから北園は、続けて日向に話しかける。
「さっきの……日向くんの右手……」
「ああ、見られちゃったか。うん、また消えかかってた」
「そっか……。ねぇ日向くん、ちょっとそこのソファーに座ってお話しない?」
「ん……でも見張りの仕事があるし……。北園さんだって少しでも睡眠をとらないと身体に悪いよ」
「おねがい、少しだけ……」
引き下がらず、真剣に頼み込んでくる北園。
それを見た日向も押し負けて、ソファーに座って北園と会話することに。
日向がソファーに座ると、北園もその隣にちょこんと座る。
「日向くんはさ、やっぱりタイムリミットが来たら、日影くんと決着をつけるんだよね?」
北園がそう会話を切り出した。
その言葉に対して、日向はうなずく。
「うん。もともと日影とそういう約束もしてるしね。『幻の大地』での決着を先延ばしにする代わりに、タイムリミットが来たら今度こそ決着をつけるって」
「そうしたらさ、日向くんが負けちゃう結果も、あるんだよね……」
「まぁ、ね……。”復讐火”を秘密にしておく作戦はもう使えない。その代わり今は”最大火力”とか”星殺閃光”とかあるけれど、それでも日影だって強いんだ。勝てるかどうかは、分からないな」
「うん……」
微笑みながらも少し沈んだ表情で、北園は日向の言葉に返事。日向に消えてほしくないのはもちろん、日影にも消えてほしくないと思っているのだろうか。日向一人のことを想うには随分と複雑そうな面持ちだ。
そんな北園に、日向は声をかける。
「北園さん。頼みがある。もし俺が負けて消えてしまっても、日影とは仲良くしてやってほしい。俺たちはこんな間柄で、あいつが俺を嫌っているのも本当だろうけど、それでもあいつだって悪い奴じゃないんだ。こんなことが回避できるなら、あいつだってそうしたかったんじゃないかって思うから」
「うん。もちろんだよ。日影くんとはこれからも仲良くするよ。安心して」
「そっか。良かった」
「……でもね、私がしようとしていた話は、そういうのじゃないの」
そう言って北園は。
隣にいた日向に飛びついて、ソファーの上に押し倒した。
「わ……と、北園さん?」
「ねぇ日向くん。これで最後になるかもしれないなら、今のうちにやりたいこと、やってしまおう?」
押し倒した日向の顔を、四つん這いになって覗き込みながら、北園はそう告げた。