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太陽の勇者は沈まない ~マモノ災害と星の牙~  作者: 翔という者
第21章 闇は昏く、海は深く、灯は儚く
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第1148話 一夜の宿を拝借する

 ジ・アビスは、地中海へと続く川をコントロールする際は能力に制限がかかる。その法則を発見した日向たちは、ポルトガルのリスボンまでのルートを改めて見直す。


 見直した結果、進む方角に関してはそこまで大幅なルート変更をする必要はなさそうだ。スペインの中心部分からポルトガルにかけて伸びているセントラル山脈に沿って西へ進み、ポルトガルに入る。海から離れた山道を通れば、ジ・アビスの能力も大きく制限されることだろう。


 ただ一つ、大きな変更点がある。日向たちはポルトガルに入国してからこのセントラル山脈を越えて南へ向かう予定だったが、このセントラル山脈越えを今すぐ……ここスペインにいる間に実行することにした。


 より正確に言うのであれば、セントラル山脈の向こうに流れているとされるタホ川をスペインにいるうちに渡っておくのである。このタホ川はジ・アビスが潜む大西洋へと流れ出る川だ。つまり地中海へ流れる川に比べてジ・アビスの能力が制限されない。


 ポルトガルに入国してからタホ川を渡るとなると、ジ・アビスもすぐ近くだ。ほとんど能力制限無しで日向たちに襲い掛かってくることになるだろう。なのでジ・アビスとの距離が開いている今のうちにタホ川を渡ってしまおうという話になった。


 国道に沿って、日向たち六人が乗った車が走る。

 現在の目的地は、スペインの首都でもあるマドリード。

 ここをタホ川越えの中間地点とする予定だ。


 しかし、マドリードに到着する前に日が落ちて、暗くなってきた。そろそろ落ち着いて休息が取れる場所を探さなければならない。


「すでにもう、少し山の中に入っちゃってるな。建物も少なくなってきた。いい宿が見つかると良いんだけど」


「ま、横になれりゃどんな建物でも一緒だろ。さっさと見つけて適当に決めようぜ」


「お前はなんと言うか、一周回って頼もしく感じるレベルの大雑把だよな……」


 しばらく山道を進んでいると、丸太で造られたような木造の一軒家を発見した。この家に誰もいなければ、ここを宿に使わせてもらおうと日向たちは決める。


「お邪魔しまーす……誰かいますかー……?」


 恐る恐るドアを開けて、日向が家の中へ声をかける。

 返事はない。家の中には(あか)りもなく、物音も聞こえない。

 やはり家主はどこかへ逃げてしまっているのだろうか。


 日向と仲間たちは、家の中に入ってみる。

 薄暗いリビングの椅子に、誰かが座っているのが見えた。


「うわ!? 人がいた!? え、えーと、俺たち怪しい者じゃなくてですね?」


「いや残念だけどヒューガ、お家の人からしたら、ボクたちどう見ても怪しい者たちだと思うよ……」


 慌てて弁明しようとする日向の後ろから、シャオランがそうツッコミを入れた。


 しかし、椅子に座っている人物は何の反応も見せない。

 椅子に座ったまま顔を伏せており、日向たちの方を見ることさえしない。


 さすがに変だと思って、日向たちはその人物に近づいてみる。

 椅子に座っていた人物は男性だった。

 そして、すでに亡くなっていた。


「何も反応してくれないわけだよ……」


 無念そうに、日向がそうつぶやいた。

 皆、この名も知らない男性の死を(いた)み、短く黙祷(もくとう)した。


 本堂が男性の遺体を調べ始める。遺体は死後からそれなりに経っているようだが、血痕などはまったく無い。火傷などの外傷もなければ、毒物を摂取したような痕跡さえもない。


「食糧が手に入らず飢え死に……ってところですかね?」


 遺体を調べている本堂に、日向がそう声をかけた。

 しかし本堂は首を横に振る。


「肌がひどく乾いている。恐らくは脱水症状だ。この男性は水分が()れずに亡くなったようだ」


「水分……。そうか、この辺の川はジ・アビスが支配してしまっているから、川に近づけば引きずり込まれる。だから川から水を汲んできて飲み水に……っていうのができないんだ。水道だって当然のようにストップしてるし」


「必然的に、飲み水の入手法は(ひど)く限られてしまう。この男性以外にも多くの人間が、同様の方法でジ・アビスにやられてしまったかもしれんな……」


「俺たちはエヴァがいるから、空から雨を降らせてもらって飲み水が確保できますもんね。あいつがいなかったらマジで詰んでたな……」


「ともかく、この男性を弔ってやるとしよう」


 日向たちはこの家のすぐ近くの地面に穴を掘り、そこへ家主の男性の遺体を丁寧に埋葬した。数えきれないほどの人間の死体が野ざらしになってしまっている現在の世界で、こう手厚く弔ってもらえるのは最後の幸せなのかもしれない。


「それでも、なんだかお家の人を追い出して泊めさせてもらうみたいで、ちょっと気が引けちゃうけどね……」


 北園が気まずそうに苦笑いしながら、そう述べた。

 皆も大なり小なり同じようなことを思っていたのか、それぞれ気まずそうな様子である。


「まぁ、ここから先に進んでも、この家以外にいい感じに休める場所が見つかるとも限らねぇからな。ジ・アビスをぶちのめして仇討ちしてやることで、オレたちの宿代にしてもらおうぜ」


 日影の言葉にひとまず納得して、日向たちはこの家を使わせてもらうことにした。


 リビングで思い思いにくつろぐ日向たち。

 家主はもういないが、彼に敬意を払って、節度を持って。


 ……と、ここでエヴァが日向に声をかけた。


「日向。いちおう確認しますが、この周囲に川はありませんか? 大丈夫ですか?」


「ああ、確認済みだよ。この周囲に川は無い。強いて言えば、ここから西へ数十キロのところにタホ川がある」


「タホ川というと、私たちが後に渡る予定で、ジ・アビスが潜む大西洋へと流れる川でしたか。少し心配ですね……寝込みを襲われたりしないといいのですが」


「けど、そのタホ川は海から最も離れた地点、川の水源となっている場所だ。何か仕掛けてくるとしても、能力は多少なりとも制限されると思う。そもそもさっき言ったとおり、川からここまで数十キロ離れている。さすがのジ・アビスもそう簡単にここまで川の水は届かないさ」


「なるほど。それなら安心ですね」


「まだ……水は怖い?」


 日向がそう尋ねると、エヴァは目を伏せた。

 少し頭を下げてうつむいたまま、日向に返事をする。


「不安が無いと言えば嘘になります。ジ・アビスは私が練習に使ったような普通の水ではありません。普通ではないからこそ、『本当に大丈夫だろうか。私の能力はジ・アビスに通用するのだろうか。もしも駄目だったら、私はまた海に沈むのではないか』という不安が、私の恐怖を再び呼び起こしているような、そんな心持ちです」


「そっか。いや、しかたないよ。昔からのトラウマなんだから。そう簡単に克服なんかできないだろうし」


「私がもっとしっかりしていれば、皆に迷惑をかけることなど……」


「エヴァ」


 日向はエヴァの名を呼んで、彼女の小さな両肩に自身の両手を置いた。そしてエヴァの目をまっすぐ見ながら、話を続ける。


「大丈夫。自信を持って。お前がいなかったら、俺たちはきっとここまで来れなかった。ここまでの戦いで敗北していた可能性もあったし、この家の家主さんみたいに飲み水や食料を確保できず野垂(のた)れ死んでいた可能性もあった。お前がいなかったら、本堂さんはロシアで命を落としていた。俺たちの命運を左右するほどに、お前の能力はすごいんだ」


「日向……」


「俺はお前を信じてる。俺だけじゃなくて、他の皆もお前を信じてる。だからお前も、俺たちが信じるお前を信じろ」


 その言葉を受けて、エヴァは感慨深そうに目を閉じる。

 しばらく目を閉じてから、再び目を開き、日向に返事をした。


「分かりました。そこまで言われたならば、私も頑張らないわけにはいきません。やってみせます」


「よし、その意気だ」


 人を励ますなどなかなか慣れないことであるが、今回は確かな手ごたえを感じて、日向も満足げな表情を見せていた。



 それから夜も遅くなり、皆は就寝の準備に入る。


 その一方で、この木造一軒家より少し上の山の斜面。

 そこでは、何もない腐葉土の地面の下から、少しずつ水が湧き出ていた。


 寄り集まった水は沢のように山の下部へ……日向たちがいる一軒家へと流れ始めた。

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