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太陽の勇者は沈まない ~マモノ災害と星の牙~  作者: 翔という者
第21章 闇は昏く、海は深く、灯は儚く
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第1147話 弱体化の法則

 エブロ川を渡り、ジ・アビスの水の腕の追撃を振り切り、逃げるようにサラゴサの街を後にした日向たち。


 現在の車の運転は日向が担当している。初めての運転であのアクション映画さながらのドライビングを経験したからか、今はもう当たり前のようにハンドルを握ってアクセルを踏んでいる。ちなみに元の運転手の本堂は、日向の右隣の助手席にて休んでいる。先ほどの北園の救出で疲れたか。


 日影とシャオランは真ん中の後部座席に座っている。二人とも新手の襲撃を警戒しているのか、それとも単に景色を眺めているだけか、ぼんやりとした無表情で窓の外を眺めているようだ。


 皆の協力によって助けられた北園は現在、一番後ろの座席にてバスタオルで濡れた身体を拭いているところだ。隣にはエヴァが座っており、北園に心配そうな眼差しを向けている。


「良乃、大丈夫でしたか……?」


「だいじょうぶだよ、エヴァちゃん。みんなのおかげで助かったから! 特に本堂さんが最初に助けてくれなかったら、もうどうしようもなかったかも。本堂さん、ありがとうございました!」


「気にするな」


 北園が、助手席の本堂に礼を言った。

 本堂も左手を挙げて北園に返事。


 それから本堂は、日向に声をかけた。


「あのワイヤーウインチは、この車をスタッドレスタイヤに換装した時に、同じ整備工場から持ってきた物だったな」


「はい。ガロンヌ河の時みたいに誰かがジ・アビスに沈められても助けられるようにと思って、俺が積んでおきました」


「その機転に助けられたな。礼を言うぞ日向」


「礼を言うのはこっちの方ですよ。北園さんを助けてくれて本当にありがとうございました。本堂さんの反射神経じゃないと、あの神反応は無理でした」


「報酬にさばぬかを要求する」


「いくらでも食べさせてあげますよ。今はちょっと手に入らなそうなので、この戦いが終わった後で」


「つまり無事にこの戦いを生き延びねば、さばぬかは無しということか。これは絶対に死ねんな」


「本当にこの人はさばぬかに命かけてるな……。ところで、次の道はどっちに進めば?」


「右折だ」


「了解です」


 本堂の指示に従い、ハンドルを切って右に曲がる日向。

 それからしばらく、直線の道路を走り続ける。


 だが、しばらく車を走らせていると、日向は突如としてブレーキを踏んだ。


「む? どうした日向、なぜ止まる」


「本堂さん……。俺の見間違えじゃなければ、前方に広がっているのは何ですか……?」


「前方に広がっているもの? …………ふむ、なるほど」


 日向に言われて前方を見た本堂は、納得がいったように(つぶや)いた。前方には小規模ながらも川が流れていて、当たり前のように氾濫(はんらん)を起こして周囲を水に沈めてしまっているのだ。


 先ほどサラゴサにてジ・アビスの水の腕と激しい攻防を繰り広げてから、すぐにこれである。日向がげんなりするのも無理はないだろう。


「本堂さんが提案してくれたルートでは、川渡りは計二回で済むって触れ込みでしたよね? 二回目が早くないですか、いくらなんでも」


「誠に申し上げにくいのだが、この川は予定外だ。俺が想定していた二回目の川渡りはポルトガルに入ってからのはずだったからな」


「つまり、本堂さんのルート決めが間違っていたと」


「俺が見た地図では、このあたりに川は流れていないように見えたのだが。ほら、この地図だ」


 そう言って本堂は、自身が参考にした地図を日向に見せてきた。たしかに彼の言う通り、ぱっと見だとこの地図のこの位置に川は無いように見える。もっとも、そう見えるだけであって、よく見るとちゃんと川はある。


「川の本流だけははっきりと書いて、枝分かれしている細かい川は簡略化している地図なのかな……」


「全く、粗悪品を掴まされたものだ。スペインと言えば相当な数の川があると聞いていたから妙だとは思っていたのだが。ともかく、失態を犯してしまった。すまない」


「ミスは誰にだってありますよ。俺は大丈夫です。まぁ、本堂さんがこういうポカミスをするのは珍しいなとは思っちゃいますけど」


「以後、深く注意する。それでこの場はどうするか。別ルートから行くか」


「いえ、この地図を見る限り、ここの川は意地でも渡らないと、尋常じゃないくらい遠回りになっちゃいます。そして遠回りした先でも、結局また川を渡る必要性が出てきます……」


「つまり、またやるしかない、ということか」


 本堂の言葉に、日向も疲れた表情でうなずいた。

 すでに後ろの座席の仲間たちも、日向と本堂の話を聞いて事態を把握している。


「いいじゃねぇか、オレはまだいけるぜ。ここを渡るしかないっつうのなら、やってやるよ」


「怖いけど、仕方ないよね……。ボクもまだ余力は十分だよ。川の規模もさっきの街より小さいみたいだし、なんとかなるよきっと」


「無論、私もまだいけます。先ほどのように、まずは私の能力で川を凍らせてさしあげましょう」


「私もいくよ! 結果的に身体が濡れちゃっただけで済んだし、体力的にはまだまだ大丈夫だから!」


 これは、もう行くしかない流れになってきた。

 日向と本堂も互いにうなずき、このエブロ川の支流も強行突破することに。


 フォーメーションは先ほどのサラゴサの街の時と同様。まずはエヴァが吹雪を起こして川を凍らせ、車のための足場の確保と水の腕の封じ込めを同時に行なう。


「凍えてしまえ……”フィンブルの冬”!!」


 エヴァの詠唱と共に、白く輝く吹雪が水没地帯に吹き付ける。

 みるみるうちに水は凍っていき、あっという間に氷の大地となった。


 それから日向が車を走らせ、氷の大地へ侵入。

 北園、本堂、シャオラン、日影の四人が車と並走して護衛を担当。


 ……ところが。

 車がいくら進んでも、水の腕が現れる気配がない。


「なんか……水の腕、全然出てこないな……」


「楽でいいが、こいつぁちょっと拍子抜けだな……」


「も、もうすぐ橋を渡りきっちゃうよー?」


 その後、車は無事に橋を通過。向こう岸の氷の大地も抜け出して、無事に川を渡り切った。文字通り、何事もなく。


「ふむ……? これは流石に想定外だな。ジ・アビスは此処(ここ)で俺達を襲うつもりはなかったのか。それとも、襲えない理由があったか?」


 助手席の本堂がそう言って首をかしげる。

 日向も車を運転しながら、本堂の疑問に答えを出してみる。


「本流から枝分かれした川だったから、ジ・アビスも十分に力が発揮できなかった……とかですかね? 本体から離れすぎているとか……」


「本体から離れすぎている、か……。あるいはそうかもしれん」


 そう言って本堂は、先ほど日向に見せた地図を取り出し、また日向に広げてみせた。


「日向。これを見ろ。エブロ川が流れつく先は、ジ・アビスが潜んでいると思われる大西洋ではなく、その反対側……地中海の方面なのだ」


「あ、そうだったんですね。俺はてっきりエブロ川もスペインの北あたり……大西洋から流れ込んできているものかと」


「ジ・アビスの外殻は大西洋だけでなく地中海方面にまで伸びているということだが、地中海方面は中途半端にしか支配できていないのかもな。よって地中海を通して操る河川は、ジ・アビス本体から距離が開き過ぎて十全に力を振るえんのかもしれん。お前が言った通りに」


「可能性はありそうですね。さっきのサラゴサの街でも、出現した水の腕はパリの時よりは小さかったですし。サラゴサの川は本流だったから、ジ・アビスもまだそれなりの力が出せたけど、ここまで遠く離れて細かい川だと力も発揮できないとか」


 ……と、ここで後ろの座席からエヴァが日向たちに声をかけてきた。


「そうかもしれません。私が感知する限り、ジ・アビスが保有する『星の力』も一割程度。一割でも膨大な量ではありますが、一割程度だからこそ、この程度の支配力に収まっているのかもしれません」


「とは言っても、一割でもこれかよって感じではあるけどな。ちなみに十割だとどれくらいの威力に?」


「地球沈没です」


「無慈悲!」


 ともあれ、先ほどは本堂のルーティングミスが発覚し、ルートの大幅な見直しを図ることになるかと考えた日向たちだったが、そうならない可能性も出てきた。ジ・アビスの力が弱まる川だけを選んで渡って行けば、今回のように楽な渡河だけで済むかもしれない。


 どうにかなりそう、という希望が湧いてくる。

 ……しかし日向は、一方で別のことを考えていた。


「ジ・アビスの力は、ジ・アビス本体から遠くなるほど弱くなる……ということは、本体に近づけば逆に強くなっていくってことだよな……」


 力が弱まっている状態でも、サラゴサの街では相当な強さを見せつけてきたジ・アビス。大西洋に面しているフランスに至っては、そこそこ内陸である首都パリさえもがセーヌ川の氾濫(はんらん)によって沈められていた。


 いずれ倒すことになる四体目の『星殺し』ジ・アビス。

 その本来の実力の片鱗が垣間見えたようで、日向はいっそう気を引き締めた。

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