第1137話 山間ホテルへようこそ
レッドラムの襲撃を撃退した後、日向たちは移動を再開。
時刻が午後九時になるころ、ちょうどフランスとスペインの国境を越えるかどうか、というところまでやって来た。
ここは標高の高い山岳地帯。
周囲に街灯の類は無く、道は真っ暗だ。
そろそろ休息を取ることができそうな場所を見つけなければ。
日向たちがそう考え始めた時、前方にホテルのような建物を発見。
三階建てくらいの、小ぢんまりとした規模のホテルである。
「あのホテル、電気がついているな……」
運転手の本堂がそうつぶやいた。たしかに彼らが発見したホテルは、正面玄関から光が漏れ出ている。このフランスもまた電力の供給が断たれているので、これまで電気が通っていた建物は一つも見かけなかったのだが。
「ホログラート基地の時みたいに、独自の発電システムを設置しているパターンですかね?」
「有り得ない話ではないな。山の中の宿泊施設など、何かの拍子で電気がストップしたら大ごとだ。緊急用の発電機などを備え付けている可能性は十分に有る」
「それが稼働しているということは、やはり生存者も?」
「いると考えて然るべきだろう。緊急用なのだから、それを動かした人間がいるのが自然だ。最も、あくまで『あの建物に緊急用の発電機があれば』という仮定の上での考察だが」
「まだ決まったわけじゃないですもんね。下手すればレッドラムの罠という可能性も……」
「考え得る限り最悪の可能性だな」
ホテルの近くに車を停め、日向たちは車から降りる。ホテルの灯りが漏れているのは正面玄関だけのようで、他の客室などは真っ暗のようだ。最低限の電気のみ付けている、といった様子である。
先ほど日向も言っていた通り、このホテル自体がレッドラムの罠という可能性も無いわけではない。日向たちは用心しながら玄関をくぐり、ホテルのロビーへ。
「お邪魔しまーす……」
「ここには誰もいないみたいだね……」
日向と北園がそれぞれつぶやく。
一方、日影が何かを発見したらしく、口を開いた。
「……おい、あのカウンターのところ見てみろ。あれってよぉ……」
カウンターの上に何かある。
どうやら、立てて置くタイプの三角形の札のようだ。
その札には、油性ペンでこう書かれていた。
『歓迎 日下部日向 ご一行様』
「もうこんなん絶対に罠やん……」
げんなりした様子で日向がつぶやいた。この異国の地で日向たちのことを知っており、なおかつこのホテルに来ることをあらかじめ予測している存在など、レッドラム以外にいないだろう。
「こんなあからさまな罠にかかってあげることなんか、ないよね……」
シャオランもそうつぶやいた。
日向たちはうなずき、ホテルを出ようとする。
しかし、日影は逆に札へと近づき、それをまじまじと見つめていた。
「どうした日影。それは食べ物じゃないぞ」
「知っとるわ。それよりコイツだ。この札の筆跡、なんか見覚えあるんだよな」
「筆跡って、レッドラムが何か文字を書いたところ、お前は見たことあるのか?」
「違う、レッドラムじゃねぇ。これは……そうだ、思い出した。狭山だ。狭山が書いた字に似てる」
「狭山さんの……?」
それが本当だとしたら、これはただの罠ではないのかもしれない。あるいは罠とは違う、もっと特別な意味を持った何か。狭山が関わると、途端にそういった可能性を考えてしまう。
「どうしようか……。一応、調べるだけ調べてみようか、このホテル?」
「それがいいかも。けっきょく罠っていう線もあると思うけど、本当にここに何かあるかもしれないしね」
日向の提案に、北園がそう答えた。
六人は、このロビーから順にホテルを探索することにした。
小ぢんまりとしたホテルとは言ったが、それでも六人でくまなく探索するには限界がある大きさだ。おまけに時刻も遅い。探索に使える時間は、粘っても三時間といったところか。
日向たちは三人と三人のグループに分かれて、手分けしてホテルを探索することにする。現在はエヴァの調子が悪いようなので、彼女をカバーするために実力者であるシャオランと日影をエヴァに同行させる。残った日向、北園、本堂が第二グループだ。
「何かあったら北園の”精神感応”でオレたちを呼べよ。そっちも本堂はともかくとして、北園は室内戦には不向きだからな。日向だって大した戦力にはならねぇ」
「日影このやろ、せいぜい物陰に気を付けろよ」
「なんだ、何を言い返してくるのかと思ったら、心配してくれんのか?」
「俺が不意を突いて『太陽の牙』でガツンってやる意味だよ」
「そんなことだろうと思ったぜ、ひねくれ野郎め」
「どの口が言うか」
「はいはい二人とも、喧嘩してないで行くよー」
北園が場を収めて、改めて六人は探索開始。
時間が許す限り、ホテルの中を調べて回る。
それから二時間半ほどして、日向たちは元のロビーに集合。両チームとも浮かない表情だ。何かを発見したようには見えない。
「こっちは何もなかったぜ。せいぜい、やっぱり緊急用の発電機があったくらいだ。ロックされている客室のドアを破壊してまで調べてやったってのに」
「ところどころ怪獣が暴れたみたいな破壊跡があったけど、アレお前の仕業かよ紛らわしい」
「そういうテメェだって、相当な数のドアを切り刻んで破壊してただろ。刃型のレッドラムでもいるかと思ったぜ」
「あたかも俺がやったみたいに言ってるけど、あれやったの本堂さんだから」
「もー二人ともー、行く時も喧嘩するし、戻ってきた時も喧嘩するー」
再び北園が仲裁。
それから日向たちのチームも成果を報告する。
「俺たちは一応、変なものを見つけたと言えば、見つけた……」
「なんだ、何かあったのかよ。暗そうな顔してたから、こっちと同じで何も見つからなかったと思ったが」
「まず、このホテルの裏にプールがあった」
「ああ、そのプールならオレたちも見つけた。でけぇプールだったな。水は入ってなかったが」
「それで、そのプールの前にな、水着があった」
「水着? ここの客に貸し出すための、ホテルの水着か? それのどこが『変なもの』なんだよ」
「いや違う。ここの客のための水着じゃない。俺たちの水着なんだよ。俺たちが一年前のハワイ旅行で使ったやつがここに置いてあった」
「オレたちの水着が? そりゃ妙な話だな。マジかそれ?」
「本当だって。見てもらった方が早いな。こっちこっち」
日向たちのチームに案内される日影たちのチーム。プールへ続く通路の途中に、たしかに彼らの水着が置かれていた。机の上に六着の水着が。
「六着あるってことは、ボクたちの水着だけじゃなくて、エヴァの水着まであるの?」
「そうらしい。この、どこかで見覚えある紺色の水着がエヴァ用っぽいな」
「これ以外には、私たちも特別そうなものは見つけられなかったよー」
日向たちは考える。
ハワイ旅行の時にはいなかったエヴァの分まで用意された水着。
そして、このホテルの裏にある大きなプール。
これらが意味するところは、つまり。
「エヴァに、泳ぎを教えろと?」
日向がつぶやいた。
北園に本堂、シャオランと日影も同じことを考えているようだった。
唯一、エヴァだけは首をかしげていた。
「私に、泳ぎを……?」