第103話 再集結
3月も中旬に差し掛かろうとするころ。
今日は日曜日。
マモノ対策室十字市支部にて、日向、北園、シャオラン、日影、的井、そして狭山と、主要な面子がリビングに集っていた。
「大丈夫かな……」
「きっと大丈夫さ。信じて待とう」
「ぼ、ボク、緊張でお腹痛くなってきた……」
「今から私が寝たら、予知夢で結果が分かるかな?」
「いやそれズルくねぇか?」
「便りがないのは元気な証拠……じゃないけれど、無事に受かったから教えるのをギリギリまで引き延ばして、皆を驚かせようって魂胆かもしれないわよ」
皆が思い思いに口を開く。
ちなみに喋ったのは、上から日向、狭山、シャオラン、北園、日影、的井である。お分かりいただけただろうか。
彼らは今、最後の仲間である本堂仁を待っている。
なにせ、今日が大学二次試験の合格発表なのだ。
発表前日に本堂は、ここに来て直接結果を発表したいと言ったそうだ。
ゆえに本堂からはまだ合否の連絡は無く、皆は今か今かと待ち続けている。
そして「ピンポーン」と、家のチャイムが鳴った。
「来た! 的井さんGO!」
「ごーごー!」
「はいはい、分かりましたよ」
狭山と北園に促され、的井が玄関に向かう。
そして、そのままリビングに本堂を連れて入ってきた。
入ってきた本堂は、葬式にでも来たかのような暗い表情だった。
「あっ」
「あ、ヤバいヤツだ。これヤバいヤツだ」
「どうどう。二人とも落ち着いて」
本堂の顔色を見て騒ぎ出した日向と日影を、狭山が鎮める。
そして、努めて冷静に本堂に尋ねた。
「本堂くん、結果はどうだった?」
「……残念ですが」
「そうか……」
本堂の言葉を聞いて、改めてリビング内は静まり返る。
本堂は、東大医学部に落ちたのだ。
もともと本堂は、マモノ退治に参加するため、東大に合格してもしなくても、滑り止めで受けた十字市の大学に行くと決めていたが、やはりやるからには合格したかっただろう。普段無表情な彼が、皆が見て分かるほど落胆している。
落ち込む本堂に、日影が声をかける。
「ま、まぁ元気出せよ。駄目だったモンはしょうがねぇだろ?」
「……自己採点の結果、あと2問正解できていれば、あるいは……」
「あー…………」
「このバカっ。傷口広げてどーするっ」
「いや今のは不可抗力だろ……よく隠された地雷だったろ……」
本堂さんを余計に落ち込ませてしまっただろ、と日向が日影を責める。
……しかし、本堂はすぐに顔を上げ、口を開いた。
「だが、これで諦めがついたさ。やるだけのことはやって駄目だったんだ。つまり、俺では無理だったんだろう。これからは俺も、マモノ退治に集中する」
「本堂さん……」
「……俺は大丈夫だ。だからそんな顔するな、日向」
本堂は、少し口角を上げて笑みを見せる。
本堂はあまり感情を表に出さない人間なので、珍しい表情だった。
そんな珍しいものを見たからか、日向も無念な思いが少し晴れたような気がした。
「……分かりました。また、改めてよろしくお願いします、本堂さん」
「ああ、任せろ」
日向の言葉に、本堂が頷く。
すると、他の仲間たちも堰を切ったかのように本堂に押し寄せた。
「本堂さん! 私、強くなったんですよ! ほら見て、宙に浮いたよ!」
「ああ、北園。超能力の修業をしているらしいな。頼りにしてる」
「ホンドー! またよろしくね!」
「よろしく、シャオラン。君とはまだ一回しか一緒に戦っていないからな。これからよろしく頼む」
「何せ二か月のブランクがあるんだ。しばらく無理すんなよ、本堂?」
「心配するな、日影。せいぜいお前を前線でこき使ってやるさ」
「そう来たか。へいへい、言い出しっぺだし、こき使われてやるよ」
「ふっ。……それと、あなたが的井さんですか」
「ええ。こうして顔を合わせるのは初めてね。会えて嬉しいわ、本堂くん」
「……ふむ」
本堂は、的井をジッと見つめる。
顔だけではない。少し的井から距離を取り、全身を眺めているようだ。
的井も少し戸惑い、本堂に声をかける。
「……どうしたの?」
「……ああいえ、お気になさらず。こちらも会えて嬉しいです。ええ、本当に」
「そ、そう。これからよろしくね」
そう言って的井が右手を差し出す。
本堂もその手を握り、握手を交わす。
そして、最後に狭山に向き直った。
「それと、狭山さん。これからしばらくお世話になります」
「あ、ああ。うん」
何やら狭山の歯切れが悪い。
怪訝に思い、本堂は声をかける。
「どうしました? 何か気になることが?」
「うーん、そうだね。気になること、だね……」
「……?」
狭山の釈然としない態度に、首を傾げる本堂。
やがて狭山は、意を決したかのように本堂に詰め寄った。
「本堂くん。提案がある」
「何ですか?」
「もう一年、東大受験に挑戦する気は無いかい?」
「……え?」
大人の落ち着きに溢れる本堂が、これ以上ないくらい間の抜けた声を発した。周りの仲間たちも驚いている。
「ちょ、狭山さん!? 何言っちゃってるんです!? 本堂さん、滑り止めまで受けたのに!?」
「そりゃあ、北園の予言まであと一年くらい猶予があるらしいけどよ、その間ずっと勉強漬けでマモノとの戦闘経験を後回しなんて、いざ本番って時に使い物にならねぇぞ?」
「本堂さん、また予備校とか行かないといけないの? マモノ退治と両立させるのは難しいんじゃないかなぁ……」
「落ち着いて、日向くん。日影くん。北園さん。そこはちゃんと考えがあるさ」
三人をなだめると、狭山は本堂に向き直り、自身の考えを述べる。
「本堂くんは予備校には行かせないよ。自分が勉強の面倒を見よう」
「狭山さんが……?」
「うん。東大受験の勉強くらいなら自分も教えられる。これなら予備校通いよりよっぽど自由に時間を使えるだろう? マモノ退治と勉強の両立も可能になるはずだ。それと、その際の勉強代、受験費用などは全て自分のポケットマネーから出そう。滑り止めも捨ててもう一年勉強してくれと言っているんだ。それくらいはしてあげないとね」
「なぜそこまでして、俺を東大に?」
「うーん……ぶっちゃけ言ってしまうと、君の努力が実るところが見てみたい」
「俺の努力が実るところ……」
「ああ出た。狭山さん、人の努力大好き人間だからな……」
隣で日向が呟いた。
そのまま日向は、本堂に言葉をかける。
「俺は、アリだと思いますよ。東大にまで通じるかはまだ分からないですけど、狭山さんの教え方、マジで分かりやすいですし。たぶん、下手な予備校よりよっぽど効果あるかと。北園さんの言い分だと、例の予知夢の日は一年後。その頃には、大学受験もある程度落ち着いてるんじゃないかな、と」
「ちなみに自分の懐事情については心配しないでいいよ。これでも政府の特務機関のトップだからね。給料も結構なものさ。医学部受験の一回や二回、痛手にすらならないとも。どうだい? どうせ行くなら東大が良くないかい?」
「…………。」
しばらくの間、目を瞑って思案する本堂。
そして、口を開いた。
「分かりました。俺としても、やはり東大を諦めたくない。よろしくお願いします、狭山さん」
「良しきた! こちらこそよろしく、本堂くん!」
本堂と狭山が固い握手を交わす。
これで話はまとまった。
本堂は滑り止めの大学を捨て、もう一年浪人することに決めた。
自分の提案が通り、狭山は上機嫌の様子だ。
「ようし! ようやく皆が揃ったんだ、せっかくだし、記念撮影でもしないかい?」
「あ、いいですね! さんせーい!」
「浮かれてんなぁ。ま、いいけどよ」
北園が声を上げ、日影が呆れたように呟く。
本堂とシャオランも賛成の意を示しているようだ。
「……あのー、写真に写らない人間はどうすればいいですか?」
「あ……」
日向の言葉に、思わずといった感じで声を漏らす狭山。
日向は今、自身の影たる日影が分離していて、鏡や写真に写らない。さらに言うと、例えば日向が他のモノを持ちながら写真に写ると、そのモノも一緒に写らなくなるのだ。よって『誰もいない空間に物が浮かぶ』といった心霊写真の真似事もできない。
「うーむ、しまった。浮かれすぎてすっかり失念していた。ごめんよ、日向くん……」
「いえ、大丈夫です。俺のことは気にせず、皆で写真、撮ってきてください」
「しかし……」
「……私が似顔絵書いて、それを一緒に写そうか?」
「気持ちはありがたいけど、北園さんの似顔絵はちょっと……」
「ひどい。」
三人がやり取りを交わす中、日影が手を挙げた。
「しっかたねぇな……。オレが日向の代わりになって写る。オレの分と、日向の分で二枚撮る。もともとオレとお前は同じなんだ、問題ないだろ?」
「お、よくぞ言ってくれた日影くん! これならいけるだろう! ささ、みんな並んで並んで」
「……というワケだ。指定する表情を考えておけ、日向」
「え……マジでそれでいくの……?」
「他に何か方法があるのか? ねぇだろ? それとも一人だけハブられるか?」
「い、いや分かった、それでいこう。だからハブらないで……」
こうして二つの写真が残された。
一つは、日影と他の仲間たちが写った写真。
もう一つは、日向のフリをした日影と他の仲間たちが写った写真。
傍から見れば、どちらも同じ写真に見えるだろう。
構図、人物、どれをとっても二枚の写真は全く同じ。
しかし、当人たちにとっては、大いに違う二枚だ。