表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
太陽の勇者は沈まない ~マモノ災害と星の牙~  作者: 翔という者
第21章 闇は昏く、海は深く、灯は儚く
1159/1700

第1128話 ”深淵”ジ・アビス

 ジ・アビスに関係があると思われる巨大な水の腕を倒した日向たちだったが、それからすぐに新たな水の腕が水没地帯に出現した。しかも今度は五十体前後はいる。


 一体だけでも強力だった水の腕だが、それが今度は五十倍の群れをなしてきた。その総戦力を考えるだけでも恐ろしい。しかしそれ以上に、二百メートルを優に超す巨大な水の腕が立ち並ぶ光景は、ただ純粋に圧倒されてしまう。


「ちょっ、待っ、なんだこれ!? 多い多い多すぎる!」


「わわわ……これ全部ジ・アビスってわけはないよね!? なんでこんなにいるの!?」


 おまけに今回出現した水の腕は、全てが赤黒いオーラを発している。

 恐らくは”怨気”だ。この水の腕から受けた傷は回復できなくなる。


「ふむ……あの水の腕は”怨気”を使用するのか。『星殺し』が”怨気”を使うのは初のパターンだな……」


 本堂がつぶやく。

 その横でシャオランと日影が声を上げる。


「い、いいいいったん逃げよう! うん、そうしよう!」


「向こうも動き始めやがったぞ! 退くなら早く動いた方がいい!」


「この気配……この『星の力』の繋がり方は、もしや……」


 エヴァは何かを考えている様子。

 しかしもう、ゆっくり考察している時間はない。


 五十の水の腕が一斉に動く。

 大きく振りかぶって、手のひらを市街地に叩きつけてきた。

 まるで、神話上の大津波がなだれ込んでくるかのようだった。


 叩きつけられた水の手のひらは、破裂して水流となる。

 五十の手のひらが一斉に水流となり、市街地が押し流される。


 日向たちもその場から離脱し、押し寄せてくる水流から逃げる。北園は空中滑空を使用し、本堂とシャオランは人間を超越したスピードで疾走。日影とエヴァがその後を追って走る。本堂たちには及ばないが、自前の高い身体能力により、かなりの速度が出ている。


 ……と、ここでエヴァが走りながら声を上げた。


「そうか……! 分かりました……!」


「分かったって、何がだ!?」


 エヴァの隣を走っていた日影が尋ねた。

 尋ねられたエヴァは、走りながら話を始める。


「あの水の腕とジ・アビスの関係性です! つまるところ、あの水の腕はジ・アビスの腕……末端部分にあたるのだと思います! ジ・アビス本体は今も北大西洋にいて、そこからこの場所の水を操り、あの水の腕で私たちを攻撃しているのです!」


「北大西洋からここを攻撃って……マジかよ!? 何百キロ離れてると思ってんだ! ジ・アビスの野郎、どんだけ腕が長ぇんだよ!」


「違います……腕が長いわけじゃないのだと思います……」


 エヴァが何やら神妙な様子で、日影の言葉を否定した。

 日影もよりいっそうの疑問の表情をエヴァに向ける。


「あん? そりゃどういうことだ?」


「まず前提として、『星殺し』の構成についてはあなたもすでに知ってますね? それぞれの『星殺し』の属性にちなんだ『外殻』があって、その外殻の中に『核』である人間体がいる……」


「ああ、マカハドマもプルガトリウムもそうだったな。アポカリプスは、最初はミオンの中にいたからちょいと紛らわしいが、ヤツも周囲に霧という外殻を発生させて、その中に溶け込む『星殺し』だった。人間の形にもなってたな」


「ジ・アビスも、基本的な仕組みは彼らと同じです。ただ……そのスケールがあまりにも大きすぎて、逆に私たちは今の今まで気づけなかったのです……」


「つまり……どういうことだ? そろそろもったいぶらずに教えてくれや!」


「ジ・アビスの核は、今も北大西洋にいます。そしてジ・アビスの外殻は……()()()()()()()()()()()()()()()()()()です……!」


「は……はぁぁッ!? ヨーロッパの海それ自体がジ・アビスだって言うのか!? つまり、このパリを沈めている水も……!」


「そういうことです! あの水の腕がジ・アビスの末端部分というより、この街を沈めている全ての水がジ・アビスの末端部分なのです! だから、ここら一帯の水からはジ・アビスの気配を感じ、それでいて、その気配がうっすらとしか感じ取れなかったのです! ここの水は末端に過ぎないから……!」


 エヴァの話を聞いて、日影は息を呑んだ。彼女も言っていたが、途轍(とてつ)もないスケールの大きさである。この世界に神話の類は数あれど、海そのものが敵という話もなかなか無いだろう。マカハドマやプルガトリウムが可愛く見えてくるほどの規模である。


「ど、どうやって戦えばいいのか、今はまるで想像もつかねぇな……」


「一つ言えるのは、あの水の腕にどれだけ攻撃を加えても、ジ・アビス本体へダメージが行くことはまず無い……ということくらいでしょうね……。人間の爪先に傷をつける程度のものでしょうから……」


 そう締めくくり、それからエヴァと日影は黙って走る。

 ひとまず、このままいけば二人はギリギリ津波から逃れることができそうだ。


 そして、六人の中で一番遅れているのが日向である。

 彼はもう、津波に巻き込まれる一歩手前である。


「知ってた! くそ……エヴァの話はこっちにも聞こえてたぞ。この水の全てがジ・アビスの外殻だって……? ”怨気”を纏った『星殺し』の津波とか、そんな絶対ヤバイ要素しかないやつに巻き込まれたらどうなるか分かったもんじゃない!」


 すると日向は、他の仲間たちが自分から十分に離れたのを見計らった後、『太陽の牙』をしっかりと構え、剣に意識を集中させる。


「太陽の牙……”最大火力(ギガイグニート)”っ!!」


 日向がそう唱えると、『太陽の牙』から凄まじい熱波が発生。ただ技を発動した余波に過ぎないというのに、その異常な熱量が正面の津波を押し返す。


 日向の身体もその熱波に容赦なく巻き込まれる。本来なら骨も残らず消し飛ばされているところだったが、”復讐火(リベンジェンス)”の高速回復で無理やり耐え抜き、引き続き『太陽の牙』を構える。


 日向が構える『太陽の牙』から、緋色の光の刃が伸びる。

 超長大な刀身を持つ光の剣となった『太陽の牙』を、日向は左から右へ振り抜いた。


「はぁぁぁぁっ!!」


 緋刃一閃。

 振り抜かれた光の刀身は、扇状に灼熱の剣風を巻き起こす。


 灼熱の剣風は、目の前の住宅街を焼きながら吹き飛ばす。

 その勢いのまま、正面から迫ってきていた津波に激突。

 難なく押し返し、撃退してしまった。


 ……だが、押し返された津波から別の水の腕が生え、また津波となって押し寄せてきた。ただ単に押し返すだけでは止められないらしい。『太陽の牙』の炎を受けたのにジ・アビスが苦しんでいる様子を全く見せないのも、ここら一帯の水が末端部分に過ぎないからか。


「くぁぁ、ダメか! めっちゃ熱い思いまでして頑張ったっていうのに!」


 嘆きながら、日向は再び逃げだす。

 しかしそこへ、エヴァが日向の方に走ってきた。

 そして日向の横を通り抜けて、ジ・アビスの津波の方へ。


「え、エヴァ!? 何してるんだ、逃げないと危ないぞ!?」


「いいえ、逆です。今のあなたの攻撃の結果を見て思いました。この津波はきっと、止めなければ止まらない。逃げ続けても追い詰められるだけです。ならば、無理やりでもここで止めます……!」


 そう言って、エヴァが『星の力』を集中。

 持っている杖を両手で掲げ、詠唱する。


「凍えてしまえ……”フィンブルの冬”!!」


 すると、エヴァの方から津波の方へ流れるように強烈な猛吹雪が発生。

 それも、この街全体を覆うほどの規模。


 冷気にあてられた津波がみるみるうちに凍り付いていく。恐るべき威力の吹雪だ。プルガトリウムを倒す前とは比較にならないほどの異能の出力である。


 やがて、ジ・アビスの津波は端から端まで完全に凍ってしまった。さすがに水没しているパリの街全てが凍ったわけではないが、それでも驚くべき規模の氷の異能であった。


「す、すげぇ……まるで海が凍ったみたいだ……」


「二割取り戻した『星の力』の威力は伊達ではありません」


 凍った津波を見ながら唖然(あぜん)とする日向に向かって、エヴァは無表情ながらもどこか得意げな様子でそう答えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ