第1123話 罪滅ぼし
空を飛び回っていたガーゴイル型のレッドラムの群れを排除し、日向たちを乗せた電気ワゴン車は引き続き山道のハイウェイを走る。
その途中で、エヴァが窓の外を指さしながら北園に声をかけた。
「良乃。あれは何ですか?」
「あれは風車だよ、エヴァちゃん」
エヴァが指さしたのは、北園の言うとおり風車だった。四つの大きな羽根が特徴的な、見上げるほどに大きい風車である。それがいくつか並んで丘の上に建てられていた。
「今は動いてないみたいだね。レッドラムが壊しちゃったのかな」
「いったいあれはどういうモノなのですか? 何のために建てられているのですか?」
「風の力を利用してね、人間の生活に役立つものを作る……ってところかなぁ。今は風力発電で電気を生み出すのが主な使い道だけど、昔は小麦をひいて、パンを作るための小麦粉とかも作ってたみたい」
「電気を生み出したり、食物の材料を作ったりですか……。あの見た目からは想像もつきませんね……」
「火力発電や原子力発電と比べて、風だけで電気を作れるクリーンなエネルギーだから、今の時代の人間たちにとっても大切な技術なんだよ」
「くりーんなえねるぎーですか。この星に優しいことは良いことです」
感心したように、エヴァはそう発言。
それから一拍置いて、再びエヴァが北園に声をかけた。
「良乃。あの風車というものは、人間がこの星に負担をかけないように利用しているのですよね」
「ん? まぁ風力発電として見ると、そんな感じなのかな。火力とかと比べると、あまりたくさんの電気を作れないのが問題みたいだけどね」
「もっと他にも、そういう技術はありますか? この星にあまり負担をかけないための技術、そういったものは」
「環境保護のための取り組みってことだね。んー、探せばいろいろあると思うけど……こういう時に限ってなかなか頭に浮かんでこないよー。本堂さん、シャオランくん、二人はなにか思いつくものはある?」
「えっ、そこでボクたちに振るの?」
いきなり話を振られて戸惑うシャオラン。
本堂は、返事はしないが反応はした。
「えーと、そうだなぁ……。電気を生み出すのとは違うけど、いまボクたちが乗ってる電気自動車もそういう類だよね。ガソリンを使って走る車は排気ガスを出して、その排気ガスが環境によくないから電気自動車とかが開発されて……」
「近年は食品ロス問題にも積極的に取り組んでいたな。今まで客に出さずに廃棄していた部位を専門に取り扱う料理店が登場したり、賞味期限が近くなった食材はフードバンクへ提供したり……。過剰消費と大量廃棄もまた、人間社会の大きな問題点の一つだ」
「植林とか、絶滅危惧種の保護とかも当てはまるかな。ジャイアントパンダとかも絶滅危惧種にしていされていたんだけど、密猟を食い止めたり自然保護区を広げたりして、少しずつ個体数が戻っていって、2016年くらいに解除されたんだって。それでもまだ危急種らしいけど」
「リデュース、リユース、リサイクルはまさに環境保護の基本だな。リサイクルに関して言うと、ゼロから資源を作るより、既存の廃棄物を再利用して資源を作り出す方がエネルギー消費が少なく済む。電力の節約にもつながるということだ」
本堂はもちろんのこと、シャオランも学校での成績はかなり良いほうであったため、こういった社会問題に対してもそれなりの知識がある。次々と話題を出す二人を見て、北園は満足げにうなずいた。
「うんうん、やっぱりこの二人に話を振って正解だったなぁ。ところでエヴァちゃん、急にそんな話を聞きたがってどうしたの? まぁエヴァちゃんはこの星の未来を心配してマモノ災害を起こしたんだし、そういう話題に興味を持つのも自然なことなのかな」
「それもありますが、それだけではありません」
エヴァはそう返事して、話を続ける。
どこか、神妙な面持ちで。
「あの時の私は、人間がこの星を支配する限り、この星に未来はないと思っていました。人間もこの星を存続させようと努力していたことは知識としては知っていましたが、しょせんは焼け石に水。根本的解決には、人間の時代を終わらせるしかないと」
「うん……。それでエヴァちゃんが、人間に負けないくらいにこの星の自然を強化しようとしたのが『マモノ災害』だったもんね」
「ですが……たとえ焼け石に水だとしても、少しでもこの星の負担を減らそうと努力する人間たちの想いは尊いものであるはずだと、そう思うようになってきました。それと同時に、私は『マモノ災害』によって、そういった『志を同じくできたかもしれない者たち』の命を奪ってしまったかもしれない、そう思い至りました……」
「エヴァちゃん……」
「だから私は、学ばなければなりません。この星を守ろうとした彼らの想い、彼らの努力、彼らの成果を。もう二度と、同じ過ちを繰り返さないためにも」
そう締めくくって、エヴァは話を終えた。
車内は静寂に包まれる。
話を聞いた五人は、今のエヴァの新たな決意を、真摯な気持ちで受け止めているようだった。
すると北園が、唐突にエヴァを抱きしめた。
「エヴァちゃんはえらいなぁー!」
「むぎゅ……。よ、良乃、ちょっと苦しいです……。それに、偉くなんかありません。これは私が背負うべき、当然の責任ですから……」
「それでも! ちゃんと背負おうとしてるのがえらいんだよ!」
「そ、そうですか」
「でもエヴァちゃん。一人で抱え込むのがつらくなったら、いつでも私たちを頼ってね。たしかにエヴァちゃんは『マモノ災害』っていう大変なことをしちゃったけれど、それでもエヴァちゃんは、本当はちゃんと良い子なんだって私たちは知ってるから。エヴァちゃんがつらそうだと、私たちも悲しいよ。……ね、日影くん?」
「あん? そこでオレに振んのか?」
いきなり話を振られて戸惑う、助手席の日影。思わず北園の方を振り向いたが、気を落ち着けてエヴァに言葉をかけた。
「まぁ、そうだな。お前とはマモノ災害で色々あったが、今の”最後の災害”を通して、お前が本気でこの星のことを想っていることとか、ちゃんと聞き分けができる、悪い奴じゃないってこととかは、よく分かった。ホログラート基地じゃ、本堂に『星の力』を分ける時も、コイツの今後のことを最後まで悩んで心配してくれたらしいな」
「そうですね……。自分で言うのもなんですが、たしかに心配しました」
「オレは、お前を誤解してたな。今さらだが、あの時は悪かったなエヴァ。『幻の大地』では、オレはお前を本気で殺そうとした。怖い思いをさせちまったな……」
「いえ……ありがとうございます、日影さん。そう言ってくれるのは、素直に嬉しいです」
「ん……そうかい」
良い感じの空気が流れ、二人の会話は終わった。
ふと、日影は振り返る。
ここまで自分は、エヴァと絡むことが、他の仲間たちと比べて少ないような気がしていた。
恐らくエヴァは、自分を本気で殺そうとした日影を怖がり、避けていたのかもしれない。悪意あってではなく、きっと無意識のうちに。エヴァはわざわざ因縁がましく日影を遠ざけるような性質の人間ではない。
今のやり取りで、少しはエヴァとの距離も縮まったかもしれない。
もしかすると、北園はそれを狙って、自分に話を振ったのではないかと日影は思った。
その後も、電気ワゴン車は山道のハイウェイを走り続ける。
エヴァが『星殺し』の気配を感じるという西を目指して。
「……なぁ。俺、今回ひと言も喋ってないんだけど」
「テメェは最近、しゃべり過ぎだったからちょうど良いだろ」
「し、しゃべり過ぎって」