第1120話 対戦車戦用意
次の日。
日向の存在のタイムリミットまで、あと68日。
昨日に引き続き、荒れ果てたロシアの大地の上を、日向たちを乗せた軍用トラックが走っていく。
……と言いたいところであったが、そうはならなかった。
レッドラムが襲撃してきて、トラックが破壊されてしまったからだ。
現在、トラックは横転し、派手に炎上してしまっている。
「くっそぉ、貴重な移動手段かつロシア兵の皆さんから譲ってもらった思い出の品が!」
破壊されたトラックを見て日向が叫ぶ。
そんな日向に向かって、刃型のレッドラムが刃状の右腕を振りかぶって襲い掛かってきた。
「SHAAAAAA!!」
このレッドラムの刃の右腕には、”生命”の能力で作り出された猛毒が塗り込まれている。少しでも刃が人間の身体にかすったら、そこから身体がドロドロに溶けだしてしまう、恐るべき威力の毒である。
……が、そんなことはお構いなしに、日向のイグニッション状態の『太陽の牙』は、刃の右腕ごと刃型のレッドラムを焼き斬って真っ二つにした。
「邪魔だ!」
「GYAAAAA!?」
日向に真っ二つにされた刃型の上半身が宙を舞う。
その宙を舞う刃型の右腕から、刃の猛毒液が四方八方にまき散らされ、日向の手足にもわずかに引っかかった。
「うおおおおあああああ猛毒がああああああ」
慌てて手足をパタパタと払い、手足の猛毒を振り払う日向。あまりひどくやられることはなかったが、毒液が付着した箇所と、その毒を思わず除去しようとした手がヒリヒリと痛む。
「ここから徐々に身体が溶けたりしないだろうな? あとで水洗いしとこう……。それで、他の皆の状況はどんな感じだ?」
日向は周囲で戦っている仲間たちの様子を見る。
ちょうど、エヴァと四体の猟犬型レッドラムが戦っているのを見つけた。
猟犬型レッドラムたちは巧みな連携で、エヴァを攪乱している様子である。エヴァが放つ遠距離攻撃を次々と回避し、少しずつエヴァとの間合いを詰めている。
やがてエヴァとの間合いが十分に詰まると、三体の猟犬型が一斉にエヴァめがけて飛び掛かってきた。
「BAWWWW!!」
しかしエヴァも、猟犬型たちの動きを捉えたようだ。持っている杖の先端に超高圧電流を集中させて振り回し、襲い掛かってきた猟犬型たちの頭部を殴打。
「打ち砕け、”トールの雷槌”!!」
「GYAWN!?」
「KYAN!?」
「GYAOOOO!?」
杖が叩きつけられると同時に、猟犬型たちは爆裂して絶命した。
しかし、あと一体の猟犬型がエヴァの背後に残っている。この猟犬型は”気配遮断”の超能力を使って、エヴァの五感を欺いているようだ。
「GARRRR!!」
猟犬型がエヴァめがけて飛び掛かった。
エヴァはまだ猟犬型に背中を向けている状態。
だが、その光景を日向が見ていた。すでに相手を自分の視界にしっかりと捉えていれば、”気配遮断”はもはや意味をなさない。
「させるかっ!」
日向は先ほど受けた毒液を”復讐火”で回復させて、同時に瞬間的なパワーアップ。強化した身体能力で一気に猟犬型へ接近し、炎の左拳で殴り飛ばした。
「おりゃっ!!」
「GYAWN!?」
日向に殴り飛ばされ、猟犬型が地面に叩きつけられる。
それに気づいたエヴァが、杖の石突で地面をコンと突く。
猟犬型の真下の地面が鋭い杭のように隆起し、猟犬型は串刺しになった。
「よしやった! さぁエヴァ、命の恩人に何か言いたいことはあるか?」
「あの程度の不意打ち、私一人でも対処できていました。何も言うことはありません」
「ちぇー、素直じゃない奴。まぁそれはそれとして、これで雑魚のレッドラムはあらかた一掃できたな」
「はい。あと残るのは、アレだけですね」
エヴァがそう言って、左の方をチラリと見る。そこでは北園、本堂、シャオラン、日影の四人が、大きなレッドラムと戦闘を繰り広げていた。
四人が相手をしているのは、一言で言い表すならば戦車型のレッドラム。シンプルなシルエットの戦車の姿を持ち、フロント部分に巨大な金色の瞳がついている。目付きのレッドラムだ。
戦車型のレッドラムは、主砲や副砲のバルカン、それからS-Eのミサイルポッドなどを乱射して北園たち四人を攻撃してくる。それぞれの武装から発射されるのは実弾ではなく、炎属性のエネルギー弾だ。先ほどはこの攻撃で軍用トラックを大破させた。
「攻撃が激しいな。迂闊に近寄れん」
「炎が燃え広がるから見た目以上に攻撃範囲が広いし、生身でガードしようものなら火だるまにされちゃうからね……」
「おまけに狙い撃ちも得意と来てやがる。少しでも気を抜いたらぶち込まれるぞ」
本堂、シャオラン、日影の三人が戦車型レッドラムの攻撃を回避しつつ、それぞれの分析を述べる。
そんな中、北園が戦車型の前に立った。
「私のバリアーなら、あの攻撃も防ぎ切れると思う! 注意を引き付けるよ!」
そう言って北園はバリアーを展開し、戦車型の一斉射撃を防御する。軍用トラックを一瞬でスクラップにした戦車型の攻撃もなんのそのといった様子で受け止めきった。
「KYULA、KYULA、KYULA……」
先日のオリガの死を受けて、北園の心はまた少し成長したらしく、彼女の超能力の出力はさらに上昇していた。今の北園のバリアーなら、この程度の攻撃は余裕さえ残して防ぐことができる。
しかし、その時。
北園の目の前から、戦車型の姿が突如として消滅。
「あ、消えちゃった!?」
「キタゾノ! 後ろ!」
「りょーかい! バリアーっ!」
北園はシャオランの声を受けて、反射的に自分の背後にバリアーを展開。それと同時に戦車型の主砲がバリアーに直撃した。爆炎が北園をバリアーごと包み込み、バリアーに包まれた彼女を避けるようにして流れていく。
戦車型のレッドラムは”瞬間移動”を使用してきた。その超能力で北園の目の前から消え、彼女の背後に回り込み、後ろから攻撃してきたのである。
今度はシャオランが攻撃を仕掛ける。”空の気質”を身に纏い、戦車型の大きな目を狙って発勁を繰り出した。
「せやぁッ!!」
……が、戦車型はまたしても”瞬間移動”。シャオランの攻撃を回避し、同時に彼の頭上に現れ、そのまま落下してシャオランを押し潰しにかかる。
「わわわわわわ……」
シャオランは慌ててその場から飛び退き、押し潰しを回避。
超重量が地面に落下して、大きく耳障りな音が鳴り響いた。
しかし、これだけの超重量が落下すれば、その衝撃にしっかりと耐えるために大きな隙を晒すことになる。そこを、本堂が見逃さなかった。
「貰ったぞ。”刃雷一閃”……!!」
瞬間、本堂の姿が消える。
同時に、電光のような速度で戦車型の右側を通過。
雷を宿した右腕の刃で、戦車型の右側のキャタピラを切り裂いた。
「WEEEEEEENNN……!?」
戦車型の右側のキャタピラが横一文字に大きく切り裂かれ、大出血。
さらにそこへ、日影が”オーバーヒート”を使って逆側のキャタピラの横を通過し、同時に『太陽の牙』で焼き斬った。
「コイツも貰っとけ!」
「GIGIGIGIGIGI……!?」
両足を封じられた戦車型。
動けなくなった戦車型の真正面から、再びシャオランが接近。
今度こそ、フロント部分の目に攻撃を喰らわせるつもりだ。
「これでトドメだ! はぁぁッ!!」
ところが、戦車型は先ほどと同じく”瞬間移動”。シャオランの攻撃を回避し、またも彼の頭上を取った。
……が、しかし。
空中にいる戦車型の目の前に、シャオランも飛び上がってきた。
「KYULA……!?」
「二度も同じ手を食うもんか! 空の練気法、”爆砕”ッ!!」
シャオランは右足に、蒼く燃える炎のような”空の気質”を集中させる。そして戦車型のフロント部分についている巨大な金色の目をまっすぐ蹴り飛ばした。
「GA……PI……GAGA……」
シャオランの攻撃を受けて、戦車型の全身がひび割れる。
蹴りの威力によって、戦車型はそのまま地上まで吹っ飛ばされる。
地面に落下すると同時に、戦車型は爆発するように血だまりとなった。
付近に他のレッドラムの姿は無い。
これにて戦闘終了だ。