第1118話 それでも人は生き、旅は続く
狭山の記憶の閲覧を終えた日向たちはその後、レッドラムを掃討したホログラート基地で一日間の休息を取った。
どうにかプルガトリウムを倒すことができた日向たちだったが、払った犠牲は大きかった。オリガが死に、ロシア兵たちのまとめ役であったアンドレイも死亡が確認された。
赤鎌型のレッドラムとの戦いで重傷を負っていたキールは、一命は取り留めたものの”怨気”のせいで怪我の回復が遅れ、下半身不随の後遺症が残ってしまった。
戦いが始まる前までは三百人ほどいた生存者たちも、生き残ったのはわずか三十人ほどだった。そして彼らも大なり小なり戦いの傷痕が残ってしまっている。これから生きていくのも、今回の戦いとはまた別の方向で大変になるであろうことが予想される。
そこで、グスタフ大佐が日向に提案をしてきた。
「日下部くん。私とズィークはこのホログラート基地に残って、生存者たちの力になろうと思う」
「たしかに……それが良いでしょうね。ロシア兵の皆さんはアンドレイさんというまとめ役を失った。もともとロシア軍大佐のグスタフ大佐なら、アンドレイさんの代わりも十分に務めることができる。そこにズィークさんも加えれば、またレッドラムがこの基地を襲撃しても簡単には落とされなくなる」
「できればズィークだけでも、君たちの旅に同行させてやりたかったが……」
「俺たちは大丈夫ですよグスタフ大佐。それに、この星に平和が戻った後のことだって考えないといけません。それなりの生存者がいて、発電設備も揃っているこのホログラート基地は、いずれ人類再興の一大拠点になる可能性だって十分にあるんですから。この基地と人々を守るのは重要な仕事です」
「うむ……そうだな」
「それに……オリガさんもここに埋葬したんですよね? もっと一緒にいてあげてください」
「…………すまないな」
申し訳なさそうに微笑みながら、グスタフは日向に礼を言った。
ちなみにグスタフたちに預けてある『星の力』は、エヴァが持つ『星の力』の総量に比べれば大した量ではないので、今後も彼らがレッドラムに襲われても自衛できるよう、このまま預けっぱなしにするつもりだ。
グスタフとの話を終えた日向は、次にプルガトリウムを倒した後に見た「狭山の記憶」について振り返る。
「今回の狭山さんの記憶は、前の二つと比べると随分と違っていたな……。モノローグ形式というか」
今回の記憶で分かったことは一つ。
狭山は、なぜか二つの顔を持っている。
この星の全てを愛する、今までの日向たちがよく知っている狭山。
この星の全てを滅ぼす、アーリアの怨霊としての狭山。
「昔と今の考え方」というわけでも、「建前と本音のような関係」でもなさそうだった。狭山はハッキリと、この相反する二つの思想を抱いて今日まで生きてきた。いったいこれは何を意味するのか。
それについて、日向は一つの仮説を立てていた。
「『狭山さん、やっぱり何か事情があって敵対している説』あるんじゃないかなこれは……」
狭山がこの星を想う気持ちはきっと本物だ。しかし一方で、この星を滅ぼそうとする気持ちも間違いなく本物だ。ゆえに「狭山さんはこの星を滅ぼしたくはないと思っているが、やむにやまれぬ事情があってこの星を滅ぼそうとしているのではないか」と日向は考えた。
もしも狭山が本当に、そのような事情を抱えているためにこの星と敵対しているというのなら、その事情さえ解決できれば彼を止めることができるかもしれない。
さて、そうなると、狭山が抱えている事情とはいったい何なのか。
狭山の記憶を思い返す日向。
星を滅ぼすと語る狭山の言葉は、やはり彼の本心だったように感じた。
誰かに言われて仕方なくこの星を攻撃……という線はなさそうだ。
「と、なると……狭山さんは何者かに操られているという可能性はあるかな? それこそ、狭山さん自身も気づかないくらい自然な感じで。それなら狭山さんの中に『この星を愛する気持ち』と『この星を憎悪する気持ち』が同居していることにも説明が付きそうなんだけどなぁ。狭山さんが知らないうちに、怨みを植え付けられていたとか」
もっとも、この説はまだ憶測の域を出ない。そもそも、あの狭山を意のままに操ることができる存在がいるというのも、にわかには信じがたい話だ。
「それでも、有り得ない話ではないと思う。そうでなくとも、あの記憶の中で見た『狭山さんの中に相反する二つの思想が内包されていること』には、絶対に何か意味があるはずだ」
プルガトリウムを倒し、『星殺し』は残り四体。この残りの『星殺し』たちも狭山の記憶を落とすのなら、日向はあと四つの狭山の記憶を入手できる。その中で、日向の考えを裏付けるような手掛かりも新たに手に入るかもしれない。
それから日向たちは、ホログラート基地で一夜を明かす。
そして次の日。
日向たち六人は、ホログラート基地から出立する。
ロシア兵たちから、この基地に配備されてあった軍用トラックを譲ってもらった。今はオリガもズィークフリドもいないので、日向たちが乗ってきた列車は動かせない。当面はこのトラックで移動する予定である。
今回、プルガトリウムを目指してロシアの地にやって来たのは、北園の予知夢の導きがあったからだ。しかし今の北園は、他の『星殺し』に関する予知夢をまだ見ることができていない。当面はあてもなく、この星のどこかにいる『星殺し』を探して放浪することになるだろう。
出発する日向たちを、生き残った人々が見送る。グスタフやズィークフリド、シチェクとイーゴリ、それから車イスに座ったキールの姿もあった。
まずはロシア兵の三人が、日向に声をかける。
「日下部よ! 必ず勝てよ! この無敵のシチェク様が応援しているから、お前たちも無敵だぞ!」
「まぁ無敵かどうかはともかく、僕も君たちを応援するよ日下部くん。応援くらいしかできないのが心苦しいけど……でも忘れないで。たとえ心だけだとしても、僕たちは君たちと共にある。君たちと一緒に戦いたいんだって」
「エヴァの嬢ちゃんがもっと『星の力』を取り戻して能力を強化できれば、俺の後遺症も完治させることができる可能性があるんだって? じゃあ頑張って生き延びないとな。俺も頑張るから、お前たちも頑張ってくれよ?」
「シチェクさん、イーゴリさん、キールさん……分かりました。行ってきます。どうもお世話になりました」
三人とそれぞれ握手を交わす日向。
それから今度は、グスタフと話をする。
グスタフの後ろにはズィークフリドが控えている。
「改めて、今回も大いに世話になってしまったな、日下部くん」
「いえ。俺もグスタフ大佐やズィークさん、それからオリガさんにもたくさん助けられました。皆さんがいなければ、今回の勝利は無かったと心の底から思います。本当に、ありがとうございました」
「君は相変わらず謙虚だな。ではそろそろ……ああいや、君にもう一つ伝えておくことがあった」
「伝えておくこと? 何です?」
「きっとあの子もそう思っていただろうから、親としてな。
……オリガと仲良くしてくれてありがとう、日下部くん」
その言葉を受けた日向は、一瞬固まった。
それから、オリガの姿を回想するように瞳を閉じる。
そして目を開き。
グスタフに向かってゆっくりと、穏やかに、力強く返事をした。
「…………はい!」
その後、日向たちは生存者の皆に見送られ、ホログラート基地を後にした。
残る『星殺し』は、あと四体。
日向の存在のタイムリミットは、残り70日。