第1116話 煉獄も消え去り
「よし……勝った!」
日向が控えめにガッツポーズ。プルガトリウムという強敵を倒したというのに、落ち着きを崩さない。それだけ、今の彼がこういった過酷な戦いに慣れてきた、という証なのかもしれない。
日向と共闘してくれたズィークフリドもまた、いつものように落ち着き払っている。しかしその瞳はどこか寂しげだ。戦死してしまった姉のことを偲んでいるのだろうか。
……と、ここで基地の建物の方から近づいてくる人影がいくつか。日向の仲間たちと、グスタフ大佐だ。ミサイル管制施設の方からは日影も一人でやって来ている。”再生の炎”のエネルギーが回復し、傷を治すことができたのだろう。
「日向くーん!」
「ヒューガ!」
「あ、北園さん。それからシャオランも」
まずは北園とシャオランが日向のもとに駆け寄ってきた。
北園がふーふーと息を切らせつつ、日向に声をかける。
「戻ってくるのが遅かったから、だいじょうぶかなと思って来てみたけど、本当にプルガトリウムを倒したの!?」
「ん……まぁ、なんとか」
「す、すごいというか、信じられないというか……いやもちろん、あの時の日向くんの様子なら、きっと何とかしてくれるんだって信じてたけど、それにしてもどうやって……」
「ちょっと、すごい技が使えるようになった」
「す、すごいわざ?」
「まぁそのあたりは、あとで詳しく説明するよ」
そう言って北園を落ち着かせる日向。ここで起こったことを全て説明するには、色々と情報をまとめる必要がありそうだ。戦いに疲れて頭が回らない日向は、今はちょっとその説明を遠慮したいところであった。
それから次に、シャオランが声をかけてきた。
「ところでヒューガ。あっちの、あの山……なんか焼け焦げて半壊してない? プルガトリウムの熱線でも、ああはならないと思うんだけど……何があったの?」
「あー……俺がやりました」
「ヒューガが? ……んん?? ……ん! ……うーん???」
日向が言ったことが理解できず、シャオランが混乱してしまった。しかし無理もないだろう。シャオランは日向が”星殺閃光”などという技を使えることを知らないし、そして何よりも、ただの人間が山一つを崩壊させるような火力を生身で発揮できるなど。
混乱するシャオランは置いておいて、次は本堂が日向のもとに歩み寄ってきたので、日向は彼にも声をかける……が、同時に日向は驚愕してしまった。
「あ、本堂さん……ってぇぇ!? 何ですかその恰好!? なんか、クリーチャー混じってません!? 腕が化け物みたいになってますし! 身体からトゲ生えてますし!」
「お前の言う通りだ日向。俺は『星の力』の過剰獲得により異形となった」
「そ、それは、さらなる力を求めた結果……みたいな感じですか?」
恐る恐る、本堂に尋ねる日向。
日向はもともと危惧していた。妹の訃報を聞いてからこっち、本堂の精神はやや不安定にあると日向は見ていた。そのうち、仇であるレッドラムや狭山を殺し尽くすため、力を得るために手段を選ばなくなるのではないかと、そう考えていた。
しかし本堂は、先ほどの日向の問いかけに対して首を横に振った。
「力を求めたわけではない。”怨気”による攻撃を受けた。致命的な傷だった。能力による傷の治療が不可能だったため、『星の力』をエヴァから分けてもらうことで肉体に進化を促し、生命力を増強して無理やり耐えきった」
「そ、そうだったんですか……。そっちも相当きつい戦いだったようで……」
「だが……結果的に手に入れたこのチカラに対して、何も思わないところが無いわけではないらしい。俺の心は今、間違いなく充足感を得ている。『これで妹の仇を討てる』という思いだけでなく、力が手に入った事そのものに愉悦を感じているように思う。『星の力』を求める異形としての性質かもしれん」
かつてのキキやコールドサイスのように、マモノの中にはひたすら『星の力』を求めるようになってしまう者も存在した。本堂もまた、同じモノになってしまうのだろうか。
日向はそんな気持ちで、本堂に心配の目を向けていた。
しかし本堂は、日向から何も言われてはいないが首を横に振った。
「心配はしないで欲しい。どんな姿になろうとも俺は俺だ。俺は最後まで人の心を失くさない。チカラや仇ばかりを求める怪物には決してならない。此処に宣誓しよう」
「本堂さん……。ええ、言われずとも信じてますよ。ちょっとくらい姿が変わっても、本堂さんは本堂さんです。そのパワーアップした能力で、これからも俺たちを助けてください」
「承った。これからもお前達の力になろう。一回助けるごとにさばぬか一つでどうだ」
「いや料金制かい! せっかく格好良かったのにいろいろ台無しですから!」
「ビジネスチャンス……もとい、さばぬかチャンスは逃さない」
「そのフリーダムさは、少しは変わっても良いんですよ……?」
呆れ気味に、日向は本堂にそう言葉をかけた。
とはいえ、強い力を手にして余裕ができたからか、本堂の精神状態が今までと比べて良好になっているように、日向は見えた。
そして、そんな日向と本堂のやり取りを眺めながら、日影が歩いてやって来た。
「本堂の奴が人外化してるとはな……。まぁそれはそれとしてだ。しっかりプルガトリウムを倒しやがったか日向。テメェにしちゃ上出来だ」
「日影。マグマに巻き込まれず、無事に切り抜けたんだな」
「ああ。……実を言うと、テメェとプルガトリウムの戦いは、ミサイル管制施設の崩れた壁から見えていた。あの溶岩野郎を丸ごと消し飛ばす火力、面白ぇじゃねぇか。次にテメェと戦りあうのが楽しみになってきたぜ」
「お前……」
日向はいまハッキリと、日影から警戒の目を向けられたことを感知した。今までの日影は日向のことをいくらか下に見ていて、「日向は何をやっても無駄だ、自分には勝てない」という感情が見え隠れしていた。しかし今は対等の相手として見られ、警戒されている。
日向は、『幻の大地』で日影と戦った時のことを思い出す。あの時の勝負は、最後は日向が日影を追い込んだものの、日向もまた限界ギリギリだった。そして日影の闘志もまったく潰えていなかった。
最後は日向の交渉によって引き分けとして終わったものの、あのまま戦いを続けていれば、はたして無事に日影に勝てたかどうか、日向には分からなかった。
だから日向も「この新しい技さえあれば」などと油断はしない。”星殺閃光”で焼いた山を指さしつつ、日影に向かって、負けじと言葉を返した。
「あの山をよく見ておけ。次はお前がああなる」
「……へッ」
これまで日影が強敵として認めた相手に向けてきた短い微笑みを、日影は日向に向けた。
若者たちが語らう一方で、グスタフ大佐は息子のズィークフリドに声をかけていた。
「ズィーク、先ほどは一人でどこに行っていたかと思ったが、日下部くんを助けていたのだな。相変わらず機転が利く子だなお前は」
「…………。」
「……それとも、ここに来たのはオリガの敵討ちのためか?」
「…………。」
ズィークフリドは答えないが、その無言は肯定を表しているように見えた。最愛の姉が死んだと知り、彼女を死に追いやった敵たちをとにかく殴りたかったのだろう。レッドラムでも、『星殺し』でも、彼女の死の原因となった敵たちを悉く。
その時。
ズィークフリドの目から、一筋の涙がこぼれていた。
息子の顔を見ていたグスタフは、驚きの表情を隠せなかった。
「お前、泣くんだな……。だが……うん、その気持ちはよく分かる。私たちは、かけがえのない宝を失ってしまった」
「…………。」
「レッドラムどもを滅ぼしてやりたい気持ちも理解できる。しかし、どうかこれっきりにして、冷静さを取り戻してくれ、ズィーク。プルガトリウムは倒されたが、我々の戦いはまだ続く。これからも襲撃してくるであろうレッドラムどもの脅威から生存者たちを守るには、お前の力が必要不可欠だ。荒れた精神状態では敵に足をすくわれる恐れがある。オリガもきっと、冷静沈着で格好良いお前の姿を見たがっていると思うぞ」
「…………。」
父の言葉に、ズィークフリドはうなずいた。
やや暴走状態にあった彼の心も、ほどなく落ち着きを取り戻してくれるだろう。
それからこちらは、エヴァの様子。
どのグループの会話にも入らず一人で、プルガトリウムが残した『星の力』を回収していた。
「よし……回収完了です。これでおよそ二割くらいの『星の力』を取り戻せたでしょうか。それから……どうやら『いつもの』が始まるようです」
エヴァがそう言って、上を見上げた。
何もないところから灰色の光の粒子が集まり、やがて一つの灰色の光となった。
これは恐らく、マカハドマやアポカリプスを倒したときにも出現した、狭山の記憶の欠片らしきものだ。日向たちも会話を止めて、現れた灰色の光に注目する。
「今度は、何を見せるつもりなのかな……」
日向がつぶやく。
そして灰色の光は眩くはじけて、日向たちの視界を塗り潰した。