第1113話 残り火
日向の”星殺閃光”により、身体を貫かれたプルガトリウム。
しばらく硬直していたプルガトリウムだったが、徐々にその身体が膨張していく。プルガトリウム自身の内側から、プルガトリウムをも超える熱量が湧いて出てきて、それを必死に抑え込もうとしているようにも見える。
しかし、やがてプルガトリウムの身体は盛大に破裂した。
「vooaaaaaaaaaaaaaaaaa...」
超巨大なプルガトリウムが破裂したことで、周囲に超熱のマグマが飛び散った。木々にマグマが降りかかれば木々が燃え、地面に落ちれば地面が溶解する。
しかしプルガトリウムのマグマそれ自体は、地面に飛び散るとすぐに熱を失って泥のようになり、やがて活動を停止した。破片となって独立して動くような様子もない。
プルガトリウムがまき散らしたマグマによって、まだここら一帯は灼熱地獄のような焼け野原の光景が続いている。ホログラート基地の敷地内もまた、あちこちで火の手が上がっているようだ。
そして日向はというと、プルガトリウムの崩壊を見ながら、膝をついて剣を杖にし、苦しげに呼吸を繰り返していた。
「はっ……! はぁっ……はっ……く……っ!」
日向の身体もまたボロボロで、”再生の炎”も起動していない。彼は今の戦闘でプルガトリウムの攻撃を一度も受けていないはずだが、今日一番の消耗具合だ。
無理もない。日向はあの”最大火力”という技を使っていた間、その身をずっと『太陽の牙』の熱波によって焼かれていた。そして、その熱波に耐えるため、常時”復讐火”が発動している状態だった。
”復讐火”の火力は日向の身に耐えがたい熱を与えるほか、再生能力のエネルギーの消費量も凄まじい。そんな能力がずっと発動し続けていたのだから、今の日向は”再生の炎”がすっかりガス欠になり、また消耗も著しい状態なのである。
「はっ……ぅぐ……くそ……メチャクチャだ……。どういう火力してるんだよ……」
剣に焼かれ続けた己の容態と、先ほど日向が放った”星殺閃光”が直撃したことによって溶解してしまった山を見ながら、日向はそう呟いた。
だが、その時だった。
溶解した山を眺めていた日向だったが、宙に何か異様なものが浮遊していることに気づく。
「なんだ、あれ……? 炎の塊……?」
日向の言う通り、それは炎の塊のようなものだった。今も激しい炎を纏いながら、落下することもなく空中に留まり続けている。
その炎の塊が、突如として動き出した。
流星のように一直線に移動する炎の塊。
向かう先は、どうやら日向の前方10メートル先あたりのようだ。
炎の塊は、スピードを落とすことなく大地に着地。
着地の際に爆炎が巻き起こり、熱い空気が日向にも叩きつけられる。
「熱つつつ……もう熱いのはたくさんだってのに……!」
左手で熱波から顔を守りながら呟く日向。
やがて熱波が治まり、日向は手をどかして、飛来してきた炎の正体を見る。
それはまるで「炎人間」とでも言うべき、全身が燃え盛る炎で構成されたような人型の何者かだった。身長は日向よりやや高い。顔の部分に口や鼻などは無く、青い光を放つ両目のような機構があるのみ。その青い目は、プルガトリウムの目にもよく似ている。
「こいつはまさか……プルガトリウムの本体か? 思えば、マカハドマやアポカリプスの時もそうだったもんな……。超巨大なマカハドマを破壊したら、その中から人型の変なのが出てきた。ミオンさんの中に潜んでいたアポカリプスも、ミオンさんから出てきたら人間の形になった」
『星殺し』は、多数のアーリアの民が搭乗して操縦する戦艦のようなものだとスピカは言っていたが、それならばこの目の前の人型は、プルガトリウムを統括する艦長、あるいは心臓のような存在なのかもしれない。
なんにせよ、これは厄介な話になった。
倒したと思ったプルガトリウムが、まだ戦闘継続が可能だったというのだから。
日向は、手に持つ『太陽の牙』に意識を向ける。戦いのための炎は、先ほどの”星殺閃光”で撃ち尽くしてしまったようだ。もう、ただの炎を灯すだけのエネルギーも残っていない。
「まいったな……。マカハドマの時と同じパターンなら、このプルガトリウムは今までのデカい奴と比べると、能力のパワー自体は大きく落ちているはずだ。けど……それでも、何の能力も使えない俺がたった一人で戦うには、ちょっと手強すぎる相手だぞ……」
ここはいったん、余力がある仲間たちを地下まで呼びに行くべきか。しかしそうすると、プルガトリウムはこの場から逃げてしまうかもしれない。マカハドマもやったように、ここからいったん離脱して、失ったチカラを回復しようとする恐れがある。
いやしかし、最悪それでもいいかもしれない。日向があの”星殺閃光”をまた問題なく使えるというのなら、もうプルガトリウムはこれから先も日向に勝つことなどできないだろうから。今日はいったん体勢を整え、仲間たちの回復を待ち、後日あらためてプルガトリウムを倒しに行くという手も無いわけではない。
日向がそこまで考えると、いきなりプルガトリウムが殴りかかってきた。
「voooo!!」
「うわっと!?」
文字通り燃え盛る拳が、日向の顔面を狙って振り抜かれる。
日向はあわてて飛び退き、プルガトリウムの拳を回避。
拳が回避されると、次にプルガトリウムは足元の地面を殴りつけた。
すると、炎が地面を削りながら、日向に向かって奔っていった。
日向は、飛び込むように左へ回避。
「おわぁぁ!? あ、あいつ、これから先はもう俺に勝てないことを悟って、今のうちに俺を潰す気なんだ! 俺たちがマカハドマをそうしたみたいに……!」
プルガトリウムはさらに数回ほど地面を殴り、再び炎を奔らせる。日向は巻き込まれないように、右へ左へと逃げ回る。
だが、日向が炎に気を取られている瞬間を狙って、プルガトリウムが一瞬で日向との間合いを詰めてきた。そして、右の拳で日向に殴りかかる。
「vooooooooo!!」
「ダメだ、避けきれない……!」
……しかし。
日向は、プルガトリウムの拳を避けた。
正確に言うならば、何者かが素早い動きで日向のもとにやって来て、日向を抱え上げ、プルガトリウムの拳の射程範囲内から日向を運び出してくれた。
「っとととぉ!?」
いきなり誰かに運ばれて、困惑の声を上げる日向。
日向を助けた何者かは、すぐに日向を地面に降ろしてくれた。
地面に降ろされた日向は、自分を助けた者が何者なのか確認する。
そこにいたのは、ズィークフリドだった。
銀のロングヘアーをなびかせて、金の瞳で日向を見つめている。
「あ、ズィークさん……!」
「…………。」
「すみません、助かりました。それと申し訳ないんですけど、もう一つお願いしてもいいですか? あのプルガトリウムと戦えそうな人を、ここに呼んできてほしいんです。できれば北園さんとかシャオランあたりが……」
……と、日向が言っている途中だったが。
ズィークフリドは、プルガトリウムに向かって拳を構えた。
「ズィークさんが戦うんですか? でもご覧の通り、あいつは炎の塊です。たぶん火力は日影の”オーバードライヴ”以上。そしてズィークさんの能力は『敵を弱体化させる霧』だけです。いくらズィークさんでも、素手であいつを殴るのはさすがに……」
だが、日向がそう語る、その目の前で。
ズィークフリドの肉体が、いきなり氷で覆われ始めた。
「な、なんだ!? ズィークさんの身体が、凍る……!?」
やがてズィークフリドを覆った氷は、鎧のような造形となった。拳を覆う氷はナックルダスターのように攻撃的なシルエット。これはかつて『星の牙』ゼムリアが使っていたような、「氷の鎧を身に纏う能力」と同様のものに見える。
日向は知る由もない。ズィークフリドが使うこの氷の異能……この『星の力』は、オリガの遺体から受け継いだものであることを。
「ズィークさんが”二重牙”に……!? でもすごい、このズィークさんなら、あのプルガトリウムだって殴れるかもしれない!」
「…………。」(うなずくズィークフリド)
「よし……! やりましょうズィークさん! ここでプルガトリウムを終わらせる!」
「…………!!」
日向の言葉に答えるように、ズィークフリドは構えを取った。
そして、プルガトリウムも二人に襲い掛かってきた。
「voooooooooo!!!」
モンゴルを焼き、ウラン・ウデの街を焼き、数えきれないほどの命を焼いてきたプルガトリウム。この煉獄の名を冠する怪物を、今度こそ完全に消し去る時だ。




