第1112話 星を灼く炎
ホログラート基地の屋外。
基地の敷地内は、もう人間が歩ける場所の方が少ないほどのマグマの海になっている。日向が通って来た道もマグマに呑まれ、退路は完全に断たれた。
別にそれでもいい、と日向は思った。
元より撤退など考えてはいない。
少なくとも、この目の前の災厄……プルガトリウムを倒すまでは。
日向がプルガトリウムに向かって構え、口を開く。
「……太陽の牙、”点火”っ!!」
その日向の声と同時に、『太陽の牙』が紅蓮の炎をその身に纏う。噴き上がる炎が渦を巻き、周囲に熱波がまき散らされる。
だがしかし、日向は苦い表情。
「ダメだ……! この程度の火力じゃ、まだ足りない……! 『太陽の牙』っ! もっと出力を上げろ! 力を振り絞るんだ!」
握りしめる剣に向かって、必死に呼びかける日向。その声に呼応するかのように、『太陽の牙』の炎の勢いが少しだけ増したように見えた。
……けれども、それは本当に、少しだけ。
そう見えただけで、実際に火力が増したかどうかも分からないくらい、少しだけ。
これでは到底、日向が目指す火力には足りない。
プルガトリウムを焼き尽くすことなど、夢のまた夢だ。
「くっそぉぉぉ!! なぁ頼むよ! ここで負けたら皆死んでしまう! それだけはダメなんだ! 北園さんとも約束したんだ! 負けるわけにはいかないんだよっ!!」
必死に剣に語り掛ける日向。
だが、もう剣は応えてくれない。
これが今の最大火力だとでも言うように、刀身の炎を維持するのみ。
「くそ……! 何がダメなんだ……! この”最後の災害”が始まってからこっち、たくさんの強敵を倒してきたじゃないか! たくさんの、大切な人の死を経験してきたじゃないか! それでも俺は成長していないっていうのかよ! 『太陽の牙』がパワーアップするには、足りないっていうのかよ……っ!」
日向の周囲のマグマの海が、津波のように日向に襲い掛かってくる。日向を取り囲むように、全方位からだ。
今の火力の”紅炎奔流”を撃ち出しても、この津波は突破できないだろう。もう、終わりだ。
「ああ……それとも……やっぱりこの剣は、これが限界だったのか……」
「…………それとも、関係ないのか?
この剣のパワーアップは、俺の心の成長とは、何の関係も……?」
その時だった。
『太陽の牙』が、ものすごい熱波を放った。
「うわぁ熱ぁっつ!?」
もはや一瞬たりとも考える暇なく、日向は”復讐火”でこの熱波に耐えた。”復讐火”ほどの再生力が無ければ、一瞬で身体全てを消し飛ばされていたと思えるほどの熱波だった。
その日向の判断は、誤りではなかった。今の熱波で、日向を呑み込もうとしていた周囲のマグマの津波が、全て吹き飛ばされてしまったのだ。
「なっ……!?」
この光景に、ほかならぬ日向自身が一番の衝撃を受けている。今の熱波だけで、今までの”紅炎奔流”の何十倍の火力があっただろうか。
それよりも今の問題は、日向が持っている『太陽の牙』だ。今もなお凄まじい熱波を放ち続けており、剣を持っている日向をも現在進行形で焼いている。そして”復讐火”もまた、日向の身体がこの熱波に耐えるために全力で稼働中だ。
手に持つ『太陽の牙』を見てみる日向。今まで炎が渦巻いていた刀身は、まるでその刀身に極限まで炎と熱を取り込んだかのように、眩い緋色の光を放っている。その強烈な光と、いまだ放ち続けている熱波もあって、見ているだけで目を潰される。
だがそれでも、日向は『太陽の牙』から目を逸らさない。焼き潰される眼球を、”復讐火”で高速再生させる。
「これだ……! きっとこれが、俺の『太陽の牙』の最終形態!
太陽の牙……”最大火力”ッ!!」
日向は『太陽の牙』を天高く振りかぶり、叫んだ。
すると、刀身が放つ灼熱の光がさらに勢いを増した。
それと同時に、灼熱の光が新たなる長大な刀身を造り出した。
新たに造り出された光の刀身は、見上げるほどの長さだ。10メートル以上はあるか。灼熱の光の刀身からは時おり緋色のスパークまで発生し、もはやこの剣が司るのがただの炎ではないことを、これ以上なく物語っている。
剣が放つ熱波もさらに強烈になっていく。日向の周囲を取り囲んでいたプルガトリウムのマグマは完全に吹き飛ばされ、剣の熱波によって地面のアスファルトが溶解し、新たなマグマとなってしまうほどだ。
そんな剣を持つ日向もまた、当然ながら無事では済んでいない。”復讐火”の超高速再生能力が常時フル稼働している。己の剣にその身を焼かれながら、日向は剣を構えていた。
プルガトリウムも動き出した。
日向に向かって、全身から次々と溶岩弾を発射する。
「vooooo...!!!」
これに対して、日向は『太陽の牙』をひと振り。剣から巻き起こった熱波が扇状に広がり、それだけで全ての溶岩弾を吹き飛ばした。溶岩弾に刀身をぶつけてさえいない。
あれほど、その火力でこれまで日向たちを苦しめてきたプルガトリウムの破片が、まるで羽虫を振り払うかのように容易く薙ぎ払われた。
これを見たプルガトリウムは、今度は右腕を日向めがけて伸ばしてきた。マグマの手で日向を叩き潰すつもりだ。
日向は、振り抜いた『太陽の牙』を構えなおす。
そして、迫ってきたプルガトリウムの右腕に向かって、剣を縦に振り下ろした。
「はぁぁぁっ!!」
緋色の光の刀身がプルガトリウムの右手に食い込み、そのまま振り抜かれた。
その結果、斬撃がプルガトリウムの右腕をどんどん奔り、昇っていき、ついにはプルガトリウムの右肩まで到達し、肩ごと腕を吹き飛ばしてしまった。
「vooooaaaaaaaa...!?」
困惑の声を上げるプルガトリウム。
大きく体勢を崩しつつ、日向から距離を取る。
隻腕になったプルガトリウム。
腕が無くなった肩口を見てみれば、黒い煙が上がっている。
3000℃のマグマの腕が、それを超越する火力で焼き斬られたのだ。
プルガトリウムは、さらに日向から距離を取った。
体勢を低くして、背中の触角を大地に伸ばし、己の身体を固定する。
その体勢のまま、プルガトリウムが大口を開く。日向に向かって、必殺の熱線を放つつもりだ。火口のような口の中で、大量の熱エネルギーが凝縮されていくのが見える。
そんなプルガトリウムを前にして、日向はただ黙って『太陽の牙』を構える。剣が放つ灼熱の光が、よりいっそう強くなった。
(この剣は……もともと狭山さんが『この星を殺すため』に生み出した剣だ。そんな剣を持たされることになった俺は、きっとあのプルガトリウムたちと同じ『星殺し』だった。俺は、狭山さんが生み出した零番目……”太陽”の星殺しだ)
日向は、プルガトリウムの熱線を真正面から迎え撃つつもりだ。
それでもきっと、今の彼なら勝てるだろう。
”溶岩”など足元にも及ばぬ、”太陽”の炎ならば。
(オリガさんは、最後にこう言っていた。『結局のところ、上手くいかないものなのよ。誰かを自分の都合の良い道具に仕立て上げようなんてセコくて馬鹿馬鹿しい計画は』って。それはきっと、俺と狭山さんの関係にも当てはまる。あなたがくれたこの剣で、俺はあなたの計画をぶち壊す!)
そして、プルガトリウムが口から超熱の光線を発射した。
それと同時に、日向も『太陽の牙』をまっすぐ振り下ろした。
「vooooooooooooooooooo!!!!」
「太陽の牙……”星殺閃光”ッ!!」
二つの光線が、正面から激突する。
日向が放った熱線も十分に巨大だが、それでもプルガトリウムのものに比べれば小さく、か細い。
だがそれでも。
日向の熱線はプルガトリウムの熱線と衝突すると、そのプルガトリウムの熱線を中心から貫き、内側から熱波で吹き飛ばしてしまった。そしてそのまま、プルガトリウム本体へと迫る。
「voa...!?」
全てを焼き滅ぼす灼光が、プルガトリウムを口から尻までぶち抜いた。
それでもなお日向の炎の勢いは止まらず、その先の山の表面に激突。山の木々は熱波によって一瞬のうちに焼き払われ、山そのものも熱線の直撃によって溶解してしまった。