第1108話 最後の一仕事
ジナイーダが日向めがけて”ツァーリ・プラムヤ”を投げ放つ。激しく燃え盛る赤黒い炎に包まれた槍が、日向の正面から迫ってくる。恐るべき速度で。
すでに回避は間に合わない。
普通に『太陽の牙』でガードしても、大爆炎が日向を消し飛ばすだろう。
そこで日向は、『太陽の牙』を上段に構える。
両手で剣の柄を握り締め、剣を頭の後ろまで振りかぶる。
日向の目の良さは人並み外れている。
正面から、炎に包まれて飛んでくる槍の切っ先も、しっかりと捉えている。
そして日向は、飛んできた”ツァーリ・プラムヤ”めがけて『太陽の牙』を振り下ろす。
「はぁぁっ!!」
紅蓮の炎を纏う『太陽の牙』の刃が、ジナイーダの炎の槍の切っ先に叩きつけられた。
その結果。
日向の斬撃により、ジナイーダの”ツァーリ・プラムヤ”は真っ二つにされた。二つに割れた炎の槍が日向の両脇を通過し、日向のすぐ後ろで大爆炎を巻き起こした。爆炎はこのミサイル管制施設の壁まで届くほどの勢いだった。
「私の”ツァーリ・プラムヤ”を凌いだか……! 敵ながら見事だ。しかし、二発目はどうだ!?」
そう言ってジナイーダが、床に突き刺していた二本目の槍を左手で掴む。ジナイーダの”ツァーリ・プラムヤ”はこれが恐ろしい。あれほどの大火力を有しておきながら、相当な回数の連発が可能だ。
日向は、少し表情を曇らせた。
先ほどジナイーダの投槍を真っ二つにできたのは、ほとんど賭けだった。
二回目を成功させることができる保証は、全くない。
(仮に”紅炎奔流”で迎え撃っても、あの投槍の速度なら、俺の炎が槍を焼き尽くす前に、炎を突破して俺を貫いてしまう。回避も防御も火力が高すぎて無理だ。やっぱりもう一度、槍を叩き斬るしかない……!)
ジナイーダが槍を投げてくる。
日向は再び、『太陽の牙』を上段に構える。
……だが、その時だった。
ドドドドド、と重々しい銃声が聞こえた。
その音と同時に、槍を握っていたジナイーダの左手が宙を舞った。
銃声と共に放たれた弾丸が、ジナイーダの左手首を粉砕したのだ。
「な……に……!?」
宙を舞う自分の左手を、目を丸くして見つめるジナイーダ。
”ツァーリ・プラムヤ”も中断され、左手と共に炎の槍は床に落ちた。
ジナイーダは素早く顔を動かし、先ほどの重々しい銃声の出どころを探る。
そこにいたのは、オリガだった。
服は血まみれで、顔色はひどい。
呼吸は荒く、瞼は重そうで、今にも眼を閉じてしまいそう。
そんな容態でありながらも、オリガは三十キロ近いコルト重機関銃を腰だめに構え、その銃口をまっすぐジナイーダに向けていた。
「ミンチにしてやるわよ……ジナイーダ!」
「オリガ……!? 馬鹿な、あの傷で動けるはずが……!」
言いながらも、ジナイーダはすぐさまその場から”念動力”で飛び立とうとする。オリガの銃弾から逃れるために。
だが、そのジナイーダの身体を、何者かが背後から羽交い絞めにした。
「ぐっ!? な、何だと!? いったい何者が……!」
「へへ……言っただろ、ジナイーダ……。テメェが嫌がるなら、いくらでも立ち上がって邪魔してやるぜってな……!」
「ひ……日影ぇぇぇッ!!」
ジナイーダを捕まえたのは、先ほどジナイーダの槍で串刺しにされた日影だった。オリガの銃弾は日影も容赦なく巻き込むだろうが、彼なら後で復活できる。
そして。
オリガが重機関銃の引き金を引いた。
分厚い鉄板にも容易く穴を開け、大岩をも破壊してしまう威力を持つ徹甲弾が、大雨のようにジナイーダへ降り注ぐ。
一発の弾丸が命中するたびに、ジナイーダの身体が抉れる。肉体に穴が開き、骨格が粉々になる。頭からつま先まで、余すところなく弾丸を撃ち込まれる。
「ああああああああ……っ!?」
悲鳴を上げ、ジナイーダは吹っ飛ばされた。
文字通りボロボロになった身体が、背中から床に落下した。
銃撃に巻き込まれた日影も、ジナイーダと共に吹っ飛ばされた。
彼は、ジナイーダより少し離れたところに落下した。
銃撃は止み、静寂が場を包み込む。
床に倒れたジナイーダは、大の字に倒れたまま、起き上がってこない。起き上がろうとする気配も全くない。勝負は決したのだ。
倒れたジナイーダが、オリガに向かってわずかに言葉を発する。
「なぜ……だ……。どうやって、戦闘の継続を……」
ジナイーダの疑問はもっともだ。なぜオリガは、再び立ち上がり、戦闘を続行することができたのか。ジナイーダが言っていた通り、オリガが受けた傷は間違いなく致命傷だったはずだ。
タネを明かすと、以下の通り。
まずオリガは、ジナイーダの”ツァーリ・プラムヤ”を受けて、倒れてしまった。彼女の傷口から流れ出てくるおびただしい量の鮮血は、たちまちのうちに床を赤色に染め上げた。
オリガは、自身から流れ出た血の中に沈むように倒れていた。
もう彼女は、指一本すら動かす気力は残っていなかった。
そんな中、オリガが視線を落とすと、顔のすぐ下の血が水鏡となってオリガの顔を映し出していた。
その時。
オリガは、血だまりに映った自身の眼を見た。
血だまりに映った自分を見たオリガは、そのまま”精神支配”の超能力を発揮した。命令内容は「あともう少しだけ、力を振り絞って戦うこと」。
オリガは、血だまりの中の自分の虚像を利用して、自分自身を洗脳したのだ。あと、ほんのもう少しだけでも、戦えるようにと。
そのオリガの最後の力が、この戦闘の幕引きをもたらしてくれた。
先ほどのジナイーダの質問に、オリガは返答する。
「なぜ私が立ち上がったか、ですって? プロだからよ」