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第1104話 少女が散る

 ジナイーダが北園に向かって、二発目の”ツァーリ・プラムヤ”を放った。赤黒い業火を(まと)う槍が、北園めがけて一直線に飛んでいく。


 今の北園は、一発目の”ツァーリ・プラムヤ”によってバリアーを破壊され、そのダメージから復帰できていない状態だ。うつ伏せの状態から立ち上がろうとしていて、とても咄嗟(とっさ)に動けるような体勢ではない。


 日向は、一番最初の”ツァーリ・プラムヤ”によって受けた大火傷を回復している途中。日影は北園からもジナイーダからも距離があり、北園を庇うこともジナイーダの攻撃を妨害することもできない。


 そして北園の近くにいるオリガは、ジナイーダが北園を狙っていることは察知したが、気づいた時にはすでにジナイーダが槍を投げる直前だった。今から重機関銃でジナイーダを撃つのは間に合わないし、投げ放たれた槍を撃ち落とすことも極めて難しい。ジナイーダの投槍は肉眼で捉えることが困難なほどの速度で放たれる。


 誰も、北園を助けることができない。


 ……だがそれは、己の身を省みることを度外視すれば、だ。


 オリガが重機関銃を捨てた。そして(はじ)かれたように北園の方へ走り、飛び込むような体勢で、北園を突き飛ばした。


「良乃っ!!」


「きゃっ……!?」


 その結果。

 飛んできた黒炎の槍は、北園ではなくオリガの胴体を貫いた。


 日向も、北園も、日影も、時間が異様に遅くなったように感じた。飛んできた槍に身体を貫かれたオリガが、ゆっくりと床へ落下する。


 オリガを貫いた黒炎の槍は、そのままミサイル管制施設の壁に着弾。凄まじい大爆炎を巻き起こし、施設の壁を大きく崩壊させてしまった。


 だが、壁のことなどを気にしている場合ではない。

 日向と北園が、急いでオリガのもとへ駆け寄った。


「オリガさんっ!?」


「そ、そんな、オリガさん!」


 日向と北園は、床に倒れているオリガの容態を診る。やはりジナイーダが投げ放った槍は、オリガの腹部から背中まで突き抜けてしまっていた。完全な致命傷だ。”怨気”を使った攻撃だったため、北園の”治癒能力(ヒーリング)”で治すこともできない。


 オリガの傷口から流れる血が、みるみるうちに床を赤色に染める。彼女の表情もとても苦しそうで、激しく()き込むと共に血を吐きだした。


「はぁ……あ……ぐ、げほっ、ごほっ……!」


「う、嘘だろ……!? オリガさん、しっかりしてください! 起きてください、お願いですから!」


「わ、私を、私なんかを庇ったせいで、オリガさんが……」


 苦しむオリガに対してどうすることもできず、日向はただひたすらオリガに声をかけるしか、そして北園はオリガに重傷を負わせてしまった自分を責めるしかなかった。


 そんな日向たちの背後で、ジナイーダは動き出していた。

 両手に一本ずつ、合わせて二本の赤黒い槍を持って。


「仲間の死に悲しむ余裕があるとはな。お優しいことだが、私にとっては、三人まとめて始末する良い機会だな」


 ……だが、そのジナイーダの背後から、日影が『太陽の牙』で斬りかかった。


「るぁぁぁぁッ!!」


「む……。死にぞこないめ、まだ邪魔をするか」


「うるせぇぇぇッ!!」


 激情の眼差しでジナイーダを貫きながら、力強く剣を振るう日影。日向と北園がオリガに寄り添っているように、この怒りをジナイーダに叩きつけることが、日影にとっての寄り添いなのかもしれない。


 日影がジナイーダを攻撃してくれているおかげで、日向と北園はジナイーダに狙われずに済んだ。


 そして、その時。

 今までずっと荒い呼吸と()き込みを繰り返していたオリガが、日向と北園に声をかけてきた。


「日下部……日向……。良……乃……ごほっ、ごほっ……!」


「オリガさん! よかった、まだ生きてるんですね……!」


「あ、お、オリガさん……ごめんなさい……! 私なんかのせいで……!」


「オリガさん、お願いですから、どうか”怨気”が抜けるまで持ちこたえてください! そうすれば、それさえできれば、北園さんが傷を治せますから!」


「私のことは……いいから……ジナイーダを……倒しなさい……。

 今の日影じゃ……一人では無茶……げほっ……!」


「お、オリガさん!? もう喋らないでください、少しでも安静にしてください! それに、オリガさんだって放っておけないです! 応急処置をすれば、少しは余裕が……!」


 これ以上ないくらいの必死の形相で、オリガに語り掛ける日向。


 ……しかしオリガは、そんな日向に向かって、ゆっくりと首を横に振った。何もかもを諦めてしまったかのような表情で。


 それを受けた日向も、急にストン、と受け入れてしまった。

 もう、ダメなのだと。


 そして日向は立ち上がり、北園に声をかけた。


「北園さん……日影を援護しに行こう……。ジナイーダ少将を倒さないと……」


「で、でも日向くん! オリガさんが……!」


 涙目で日向とオリガを交互に見る北園。

 そんな彼女に向かって、オリガが再び口を開いた。


「行って……良乃……。私は、大丈夫……だから……。

 あなたのせいじゃ、ないから……」


「オリガ……さん……っ……!」


 震える声でオリガの名を呼び、返事をした北園。

 名残惜しそうに立ち上がり、日向と共にジナイーダの方へ向かっていった。



 周りに誰もいなくなり、オリガはただ一人、血だまりの中に沈むように倒れている。


(まったく、私もヤキが回ったわね……。いつかこういう日も来るだろうと覚悟はしていたけれど、他人を庇って致命傷を負うなんて、考えたことはなかったわね……。誰かを庇うにしても、ズィーク以外はお断りだと思ってたのだけど……)


 そういえば、とオリガは思い出す。このホログラート基地でテロを起こし、このミサイル管制施設で日向と北園の二人と戦ったことを不意に想起した。


 あの頃のオリガは、自分よりずっとたくさんの超能力を有しておきながら、表の世界でのうのうと生きてきた北園を許せなかった。自分はその超能力のせいで人生を狂わされたのにと。もっとも、北園は北園で、超能力でひどく苦労をしてきたのだが。


(そして私は、良乃をさんざん傷つけた。そんな彼女を庇って、私が致命傷を負った。まったく、皮肉というか、よくできてるというか……)


 オリガは少しだけ視線を動かす。自分の身体から流れ出た血が広がって、水鏡となって自分の顔を映しているのが見えた。


(ボロボロね、私……。ズィークとお父さんは……きっと悲しむわよね……。けれどもう、どうすることもできない……。己を縛り付ける運命に(あらが)って、ロシアという国家に反逆した私も、死の運命には反逆できないってこと? まったく……腹立たしい……わ……ね……)


 己の顔が映る血だまりを見つめながら。

 オリガの思考は、そこで途切れた。

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