第1102話 刹那の心理戦
ジナイーダに向かって走る日向。
その日向を迎え撃つべく、黒炎の槍を構えるジナイーダ。
両者、激突の瞬間まで、どの攻撃が最適解なのか思考を巡らせる。
(ジナイーダ少将の動きをよく見て、完璧に対応するんだ! 俺が最も狙うべきはジナイーダ少将の足! 足を封じれば、一回だけの攻撃でもジナイーダ少将の動きを大きく鈍らせることができる! オリガさんがジナイーダ少将にトドメを刺しやすくなる!)
(日下部日向を十分に引き付けてから、炎を纏っての突進で撥ね飛ばす……のはいささか安直が過ぎるか。真正面から突撃しても、接近に合わせて反撃を貰いかねない。奴の火力は、ともすれば日影以上に脅威だ。”憎怨火”の発動もままならず勝負を決められる可能性も十分に有る)
両者の間合いが十分に詰まってきた。
もう日向は、すでにジナイーダの槍の射程に入っている。
だが、まだジナイーダは動かない。
(仕掛けてこない……! それなら予定変更、こっちから攻撃を……)
「……そこだ!」
日向の意識が攻撃に切り替わる瞬間を突いて、ジナイーダが日向の顔面に刺突を仕掛けてきた。相手の気の起こりを察知する”心の見切り”だ。日向は完全に意表を突かれた。
「うおおっ!?」
意表を突かれた日向だったが、もともとジナイーダの攻撃を待ち構える姿勢で警戒していたためか、大きく上体を反らしてジナイーダの攻撃をギリギリ回避できた。もっとも、回避のために体勢は完全に崩れ、とても反撃どころではなかったが。
だが、日向が今の刺突を回避し、そのせいで大きく体勢を崩すこともジナイーダは織り込み済みだった。左手を槍から離して、まだ体勢を立て直せていない日向の胸に、その左手を当てる。
「爆ぜろっ!!」
叫び声と共に、ジナイーダの左手から黒い爆炎が発生。
日向は胸を爆破され、吹き飛ばされてしまった。
「がはぁっ!? ごほっ、ごほっ……!」
背中から床に激突した日向。後転して受け身を取り、膝をついた状態から立ち上がるが、ダメージを受けて苦しそうにしている。おまけに転倒した衝撃で『太陽の牙』を取り落としてしまったようだ。
そんな日向に向かって、ジナイーダが大きく踏み込む。そして日向にトドメを刺すべく、彼の眉間を狙って黒炎の槍を全力で突き出した。
「死ねっ!!」
日向はまだ、ダメージを受けた胸部を気にして、うつむいている状態だった。接近してくるジナイーダの姿はほとんど見えていない。『太陽の牙』も拾っていないのでガードもできない。ピンチだ。
しかし日向は。
ジナイーダの槍をギリギリまで引き付けて、一気に回避した。
ジナイーダの方はほとんど見ていなかったはずだったのに、日向はジナイーダの攻撃を回避した。ここまでの戦闘で彼女の動きをある程度、見切っていたのだ。ゆえに、予測だけでジナイーダの攻撃を回避できた。
「よし、成功……!」
大振りの攻撃を回避されたジナイーダ。その隙に日向は、突き出された槍の真下を潜るように、ジナイーダの懐に潜り込む。
「ここで、さっき受けた爆炎の傷で”復讐火”を発動させて、強烈なのをぶち込んでやる!」
……だが。
ジナイーダは、これもまた織り込み済みだった。
「そう動くと思ったぞ」
刺突の際に踏み込んだ左足に力を入れるジナイーダ。槍を掻い潜って間合いを詰めてくる日向に向かって、彼女は右のミドルキックを繰り出した。日向のみぞおちを貫くような鋭い蹴りである。
……ところが。
「今の言葉、そのまま返しますよ。そう動くと思ってました!」
「……何!?」
繰り出されたジナイーダのミドルキックを、日向は左わきで抱え込むようにして捕まえた。
そして日向は、ジナイーダの右足を身体全体で巻き込むように捻りつつ、彼女を背中から床に叩きつけた。プロレスでいうところのドラゴンスクリューだ。”復讐火”も使って技の威力も底上げしている。
「おりゃあっ!!」
「ぐっ……!」
床に叩きつけられ、顔をしかめるジナイーダ。
左手を振り払って炎を巻き起こし、日向を牽制する。
「おのれ! 離れろ!」
「わっと!?」
日向は慌ててジナイーダから離れて、炎を回避。すでに”憎怨火”が働いているのか、ジナイーダが発生させた炎も強烈だった。
日向を追撃するために立ち上がろうとしたジナイーダだったが、その動きは遅かった。日向のドラゴンスクリューによって右足首の関節をひねり壊されたからだ。
そこへ北園が姿を現し、ジナイーダめがけて巨大な雷の光線を発射。
「”雷光一条”!!」
「くっ!」
ジナイーダは両手を前に突き出してバリアーを展開。
北園が撃ち出した”雷光一条”を受け止めてしまった。
しかし、ここで日向がオリガを呼んだ。
「今ですオリガさん!」
「だと思ったわ! よくやったわね!」
北園の”雷光一条”を防御しているためにガラ空きになっているジナイーダの背中を、オリガが重機関銃で狙う。その小さな身体で、25キロ以上もある重機関銃をしっかりと担いでいる。
足を壊され、北園の攻撃を防がなければならないジナイーダ。そしてオリガが戦闘中に重機関銃を調達していたなどと思うはずもなく、不意を突かれた。これはもう、追い詰めたも同然だ。
「き、貴様ら……!」
「もらったわよ、ジナイー……う、ごほっ……!?」
だがその時、オリガが突如として吐血。
恐らくは、肉体の限界がまた近づいたことによる発作だ。
「よ、よりによってこんな時に……! 止まっている場合じゃない、ジナイーダを撃たないと!」
オリガは慌てて重機関銃を構えなおし、ジナイーダに銃口を向けて引き金を引いた。射撃時の反動で、重機関銃の銃口が跳ね上がった。
放たれた弾丸はジナイーダの顔に命中し、鮮血をまき散らした。