第1100話 憎怨火
オリガに向かって、ジナイーダが迫ってくる。
黒い炎を身に纏い、ロケットのような勢いで。
しかし、そこへ日向がジナイーダとオリガの間に割って入り、ジナイーダの突撃を真正面から食い止めた。日向の『太陽の牙』とジナイーダの黒炎の槍が激突する。
「くぅぅっ!」
「私の動きを止めただと? 話に聞いていた”復讐火”とやらの能力か」
「ええ。さっきコンテナ地帯からいぶり出された時の火傷を利用させていただきました! 今だ日影!」
日向が日影の名を呼んだ。
それと同時に、日影がジナイーダの背後から飛び掛かり『太陽の牙』を振り下ろす。
「おるぁぁッ!!」
「む……!」
日影の動きを見たジナイーダは、わずかに目を丸くした。瀕死の重傷を負っていたはずの日影だが、全身のダメージが先ほどより格段に小さくなっている。目立つ傷といえば、ジナイーダによって貫かれた腹部くらいだ。その腹部の傷もかなりのところまで塞がっている。
(そうか、先ほど私がオリガとの攻防を繰り広げていた間に、姿をくらました北園良乃が、日影の傷の回復を行なったな。腹部の傷だけ回復が遅いのは”怨気”の影響か)
日向と押し合いの形になっていたジナイーダは、背後から攻撃を仕掛けてくる日影を回避するべく、左に跳ぼうとする。
しかし、その動きを読んでいた日向が、自分の足でジナイーダの足を少しひっかけた。
「よっと」
「く、貴様……!」
ジナイーダの動きが少し止まる。
その隙を逃さず、日影が剣を振り抜いた。
ジナイーダはすぐに体勢を立て直し、改めて日影の斬撃の回避。しかし回避は間に合わず、日影の斬撃はジナイーダの左腕を大きく切り裂いた。
「よし! 良いのが入った!」
「やっと一発喰らわせてやれたぜ。ざまぁ見やがれ」
……しかし、ジナイーダはまだまだ健在のようだ。日影に斬られた左腕を上げながら、左手を閉じたり開いたりしている。
「人間のままであれば、筋を斬られて終わっていたかもな。だが、この身体はまだ動くようだ」
そう言うとジナイーダは、ふわりと空中に浮かび上がった。
そして黒炎の槍を構えて、日向と日影めがけて突撃。
黒い炎を纏いながら急降下してくる様は、まるで暗黒の流星だ。
日向と日影は同時に飛び退き、先ほどまで二人が立っていた場所にジナイーダが着弾。
床に激突したジナイーダは、黒い大爆炎を巻き起こした。
飛び退いていた日向と日影も、この爆炎にあおられる。
「うわっつつつ!?」
「ちッ……! 気のせいか? ジナイーダの火力がさっきよりも格段に高ぇぞ」
「ジナイーダ少将の炎は怨みの炎……。まさか、ジナイーダ少将がダメージを受ければ受けるほど、この炎の威力も高まっていくのか……!?」
「その通り。貴様の能力を”復讐火”と呼ぶなら、
私の能力はさながら”憎怨火”といったところか」
そう言い終えると、ジナイーダは燃え盛る槍を振り回して攻撃してくる。槍から迸る黒炎が、周囲をあっという間に火の海に変えた。
ジナイーダの激しい攻撃をどうにか凌ぎ続ける日向と日影。
そんな二人を援護しようと、北園がジナイーダの横から、巨大な氷柱を四本ほど発射した。
「いっけぇー!」
恐るべき速度で飛んでくる氷の大質量。
こんなものが直撃したら、人間は成すすべなく押し潰されるしかない。
しかしジナイーダは大きく槍を振るい、飛んできた氷柱を打ち払って軌道を逸らした。そして今度はお返しとばかりに、振り回した槍を北園めがけて投げつける。
「喰らえ!!」
「バリアーっ!」
北園はバリアーを展開して、ジナイーダの投槍を防御。バリアーに槍が直撃すると、大爆炎を巻き起こした。
「うぅぅ……! すごい威力……! でも、これくらいの威力ならなんとか……!」
……だが、巻き起こった爆炎の向こうから、今度は四本の槍が北園のバリアーめがけて飛んできた。
「わわわ!? たくさん投げてきた!?」
うろたえる北園だが、同時にバリアーの出力をさらに高め、バリアーの維持に全神経を注ぐ。エヴァから分けてもらった『星の力』を超能力の補助に使っている北園は、超能力全体の出力が大きく向上している。
ジナイーダが投げつけてきた槍が四本、北園のバリアーに命中。
しかし北園のバリアーは、この四本の槍も防ぎ切った。
「よかった、耐えきれた……! でも、すごい爆炎……前が見えない……」
そして、これこそがジナイーダの真の目的。
爆炎を目くらましにして、バリアーに守られていない北園の背後へ一気に回り込んできた。
「わ、やば……!?」
「取った! 死ね!」
構えた槍を袈裟斬りに振り下ろすジナイーダ。
だが、ジナイーダの攻撃が命中するより早く、横からオリガが駆けつけてきた。北園への攻撃を阻止するべく、ジナイーダにドロップキックをお見舞いした。
「はっ!!」
「くッ……!」
小さいオリガの体躯で繰り出された蹴りだが、威力は大弩のように強烈だった。ジナイーダは吹っ飛ばされながらも足でブレーキをかける。オリガはジナイーダを蹴飛ばした反動でバク宙を行ない、華麗に着地。
着地したオリガは、すぐさま床に手をついた。
床についた手の平から、ジナイーダに向かってブレード状の氷柱が生え進んでいく。
しかしジナイーダは、横に跳んでオリガの氷柱を回避。同時に左手を突き出して、小さな黒い火球をオリガめがけて何発も撃ち出してきた。
「的が小さいからって、数で攻めてきたわね……!」
左右に素早く動いたり、しゃがんだりして、オリガは飛んでくる火球を見事に回避していく。
だが、火球の回避に専念しすぎたせいで隙が生まれる。
ジナイーダが炎を纏いながら、一気に距離を詰めてきた。
そしてオリガを真っ二つにする勢いで、槍を右下から左上へとすくい上げる。
「はぁっ!!」
「うぐっ……!」
オリガが声を漏らした。ジナイーダの攻撃を回避しきれず、ダメージを受けてしまったようだ。彼女の右肩あたりが深く切り裂かれてしまっている。
ダメージを受けたことで、オリガの動きが鈍った。
その隙を逃さず、ジナイーダは次に右回し蹴りを繰り出し、オリガを蹴飛ばした。
「ふんっ!!」
「かはっ……!?」
勢いよく蹴り飛ばされ、床の上を転がるオリガ。
ジナイーダがさらなる追撃を仕掛けようとしたが、今度は日向と日影と北園の三人がジナイーダに攻撃を仕掛け、オリガへの追撃を阻止した。
日向たちに助けられた形となったオリガは、いったん近くのコンテナ群に身を隠し、呼吸を整える。
「く……。”怨気”のダメージを受けちゃったわね……斬られたところが今も炙られているみたいだわ……っつぅ……!」
右肩の痛みに顔をしかめるオリガ。
それでも戦いから退くことは考えず、次なる行動のために思考を回す。
「ジナイーダの炎は、ダメージを受けるたびに強くなっていくみたいね。つまり中途半端に傷を与えていくだけでは、むしろ私たちの首を絞めることになる。パワーアップの猶予を与えないくらいに、強力な攻撃で一気に仕留め切るのが理想ね……」
それができるのは、今のメンバーの中では日向か北園あたりだろうか。特に日向の”紅炎奔流”なら、当たりさえすれば確実に一撃でジナイーダを倒せるだろう。
「……けど、向こうも日下部日向の火力は最大限に警戒してるはず。良乃も悪くないけれど、もう一つくらい選択肢が欲しいわね……。日影の”オーバーヒート”は、もう発動できるほどの余力が無いみたいだし……」
……と、その時だった。
オリガは視界の端に、なにやら大きな銃が転がり落ちているのを見つけた。
「あら、これって……」
それは、かつてオリガも使ったことがある銃だった。
全長は1625ミリ。口径は12.7×108ミリ。
重量およそ27キログラム。一分間に700発前後の弾丸を発射可能。
「コルト重機関銃じゃない。ロシア兵たちがレッドラムたちにこの基地を追い出される前に、防衛戦で使ったのかしら。なんにせよ、これならジナイーダをバラバラにできるわね……!」