第1096話 人質
日影とジナイーダが戦っているところへ姿を現した、見知らぬ小さな人間の女の子。パッと見た限り、歳は八歳くらいだろうか。
「ひ……ひぅ……」
「人間の子供だと? なんでこんなところに? そういえば、ここはレッドラムに占拠される前までは人間たちが拠点にしていたって言ってたが、その時に逃げ遅れた子供なのか? ずっとここに隠れてたってのか?」
女の子はどうやら、大きめの木製コンテナの中に隠れていたようである。日影とジナイーダの戦闘の余波に巻き込まれ、その木製コンテナが半壊し、やむを得ず外に出てきたといったような様子だ。
女の子の方を見ていた日影だが、ここでジナイーダが動く気配を感じた。すぐさまジナイーダの方に振り返る日影だが、すでに彼女の姿は無い。
「どこ行きやがった!? ……あ、まさか!?」
「きゃー!?」
先ほどの女の子の悲鳴が聞こえた。
見れば、ジナイーダが女の子を捕まえてしまっている。
「テメェ! その女の子はオレたちの戦いに関係ないだろ! さっさと解放しろ!」
「関係ない? 何を馬鹿なことを。大いに関係があるだろう?」
「何だと?」
「人間ならば……いいや、この星に存在するものは誰であれ、何であれ、この最後の災害に対して無関係ではいられない。アーリアの民はこの星の全てに復讐することを望んでいるのだから。違うか?」
「クソが、ふざけたことぬかしやがって……!」
「この少女の命が惜しければ、武器を捨てて抵抗を止めろ。最も、ここで貴様がこの子を助けたところで、いずれこの子もこの星と共に始末される運命だと思うが。お優しい貴様なら、きっとそれでも見捨てられないのだろうな」
「……チクショウが!」
吐き捨てるようにそう言って、日影は手に持っていた『太陽の牙』を足元に叩きつけた。彼の身体を覆っていた炎もかき消えた。
それを見たジナイーダは、女の子を捕まえながら左手を挙げた。
すると、待機していた二体のライフル型のレッドラムが、日影に向かって一発ずつ光弾を発射。
「SHAAA!!」
「SHII!!」
「ぐッ……!」
光弾は二発とも日影の身体に命中。
命中と同時に爆発が起こり、日影の左肩と右わき腹が抉れ飛ぶ。
傷を受けた日影の身体から炎が上がる。”再生の炎”だ。
しかし、日影の回復を待たずして、ライフル型の次なる射撃が日影に襲い掛かる。
「SHAAAA!!」
「がふッ……!」
「やはりライフル型の射撃では、殺し切るのに時間がかかりそうだな。しかし私が自ら始末しようとして、この少女に逃げられたり貴様に隙を突かれたりするのも痛手だ。このまま地道に削らせてもらうとしよう」
これでは、日影はどうすることもできない。
ただライフル型から撃ち込まれる光弾に、耐え続けるしかない。
女の子を見捨てれば、日影は今すぐにでもジナイーダに反撃ができるだろう。しかしそれは、彼の心が良しとしなかった。
「おにいちゃん……たすけて……」
「クソッタレ……もっと上手く隠れて、見つからないようにしてくれりゃ良かったのによ……」
それから日影は延々と、二体のライフル型に光弾を撃ち込まれ続けた。オリガたちがゴスロリ型のレッドラムと戦っている時も、日向たちが赤鎌型のレッドラムと戦っている時も、本堂たちがサイボーグ型のレッドラムと戦っている時も。
そして、これら三体の目付きのレッドラムが倒された後も、日影は無抵抗でレッドラムたちの攻撃を受け続けていた。見知らぬ少女の命を助けるために。
「ぐッ……げほっ……」
今の日影は全身血まみれで、身体のあちこちに焼け焦げた跡がある。いまにも倒れてしまいそうだが、踏ん張って立ち続けている。再生能力があるとはいえ、ただ立っているだけでも奇跡と思えるほどの見た目だ。
だが、日影の傷を治す”再生の炎”の火力が随分と弱まっている。何度もダメージを回復させ続けて、もう”再生の炎”のエネルギーも限界に近付いているのだ。
ジナイーダは相変わらず女の子を捕まえたまま、血だらけの日影に声をかけてきた。
「大したものだな。これだけの攻撃を受けてもまだ倒れんとは。この少女と貴様は初対面だろうに、いったい何が貴様にそこまでさせる? 何をもって、この少女の命をそこまでして助けたいのだ? 仮にここで助けたとしても、この星がこのような状況では、いずれどこかで野垂れ死ぬ方が確率は高いだろう」
その質問に対して、日影は鼻で笑った。
「へッ……そんな質問をすること自体が、馬鹿みてぇなモンだぜ……」
「何?」
「利益損得だとか、ここで助けてどうするかとか、そんな問題じゃねぇんだよ……。助けたいから助ける。それだけだ。文句あるならかかってこいや……!」
その日影の言葉を聞いて、ジナイーダの目つきが鋭くなった。何か、彼女の逆鱗に触れてしまったかのような、そんな雰囲気だった。
(私がもっと早く貴様と出会っていれば……貴様は助けてくれたのだろうか)
一瞬、そう考えたジナイーダ。
しかしすぐにハッとした表情を浮かべ、同時にその考えも消え失せていた。
「今、私は何を考えた? 奴ともっと早く出会っていれば、どうなっていたというのだ?」
ジナイーダの様子が少しおかしいことに、日影も気づく。
「なんだ、ジナイーダの表情が暗くなったな……? さっきのオレの言葉に何か引っかかるところでもあったか? そういえば……」
ふと、日影は思い出した。
ここに来るまでの列車の中で、ジナイーダの資料を読んだことを。
「あの女……けっこう精神的に不安定なところがある、みたいなことが書いてあったよな……。オレの言葉のどこが引っかかったのか、それが分かれば奴の隙を作れるかも……」
……だがしかし、ジナイーダはすでに元の落ち着きを取り戻していた。これまでと同様の鋭い目つきで日影を睨んでいる。
「私の中で何が起こったのか、気になるところではあるが……気にする必要は無いと私の心が訴えている。ならば、私はその心に従おう。今は貴様の始末もあるしな」
「クソ、もう立ち直りやがった……」
「どうやらプルガトリウムもこの基地に近づいてきているようだ。これで他の人間たちも終わりだろう……」
……と、ジナイーダが話をしていた、その時だった。
突如として、この建物が大きく揺れた。
「な、何だ!?」
「うおッ!? 地震か!? 何かぶつかってきたか!?」
「きゃあああ!?」
「SHAAA!?」
この衝撃は、プルガトリウムがこのホログラート基地に熱線を放ち、大爆炎を巻き起こしたことによるものだ。外にいた生存者たちを百人ほど吹き飛ばしてしまった。あの超熱線である。その爆炎が、この管制施設をも揺らした。
ジナイーダも、人質の少女も、日影を痛めつけていた二体のライフル型のレッドラムも、今の揺れに気を取られた。
そんな中、すぐさま正気に戻ったのは日影。
ジナイーダたちの関心が、自分から今の揺れに移ったこの瞬間を逃さない。
「今だッ! ジナイーダの隙を突くなら今しかねぇッ!」
勝機が転がり込んできた。
日影は力を振り絞って”オーバーヒート”を発動し、ジナイーダに飛び掛かった。
「おるぁぁぁッ!!」