第1093話 煌めくは雷の刃
サイボーグ型のレッドラムと交戦する、異形と化した本堂。サイボーグ型の反撃を受けて、ただでさえ短い戦闘可能時間がさらに縮められてしまった。
もはや本堂が満足に行なえるのは、次の攻防の一手くらいだろう。次なる攻撃で、サイボーグ型との決着を付けなければならない。
本堂が動く。
まばたきほどの一瞬でサイボーグ型との距離を詰め、右腕に生えた刃で斬撃を繰り出す。
「はっ……!」
……しかし金属音と共に、本堂の斬撃は弾かれた。
見れば、サイボーグ型が自分を囲うように、球状のバリアーを展開していた。両腕と三本のメカニカルアームを伸ばし、エネルギーを発してバリアーを形成している。
「バリアーだと……」
「グフフ! 貴様ハカナリ体力ヲ消耗シテイルヨウダカラナ。コノママバリアーノ中デ待チ続ケレバ、貴様ハ勝手ニ力尽キルンジャナイカ?」
「おのれ、姑息な……」
サイボーグ型のバリアーを破壊するため、続けて斬撃を放つ本堂。しかし今の本堂の攻撃力をもってしても、サイボーグ型のバリアーは突破できない。恐ろしいほどの頑丈さだ。
本堂は、今度は両拳で猛烈な連打を仕掛ける。
今の本堂の拳撃は、一発一発が機関砲並みの破壊力を持つ。
だが、これでもサイボーグ型のバリアーは壊せなかった。
激しい攻撃を続けたことで、本堂の体力がさらに消費される。このままではサイボーグ型の目論見どおりだ。
……と、そこへエヴァが駆け寄ってきて、サイボーグ型めがけて杖を振り下ろす。
「私に任せてください……! ”ティアマットの鳴動”!!」
「ヌッ!」
エヴァの杖がバリアーに叩きつけられる前に、サイボーグ型はバリアーを解除して素早く飛び退いた。今のエヴァの攻撃は”地震”のエネルギーを込めた一撃だった。本堂の攻撃より何十倍も強烈な衝撃を生み出していただろう。バリアーを破壊されていたかもしれない。
「逃がしません……! 射抜け、”シヴァの眼光”!!」
エヴァが、今度は杖の先端から強烈な熱線を撃ち出した。
空気を焼き貫いて、緋色の光線がサイボーグ型に襲い掛かる。
「チッ! モウ一度バリアーヲ張ッテ、防イデクレル!」
そう言って、サイボーグ型が再びバリアーを展開する。目いっぱいに伸ばした両腕と三本のメカニカルアームからエネルギーが発せられ、球状のエネルギー壁を作り出す。
……が、バリアーが展開されるより早く、本堂がサイボーグ型の目の前に飛び込んできた。展開された球状のバリアーの中に、サイボーグ型と本堂が入る形に。
「ナ、何ッ!?」
「今度こそ、貰ったぞ……!」
今のサイボーグ型はバリアーを展開するため、両腕と背中のメカニカルアームを全て使用している。本堂の攻撃を防御できない。
本堂の右腕から生えている刃から、青い電気が迸る。
「喰らえ、”雷刃一閃”……!!」
本堂が身体ごと回転して、右腕の刃を大きく横一文字に振り抜いた。
青い稲光の剣閃が奔る。
本堂の斬撃を受けたサイボーグ型は、しばらく硬直。
やがてサイボーグ型の首がゆっくりとずれて、地面に落ちた。
首が無くなった胴体も、背中からズシンと倒れて、はじけて血だまりになった。
もはや文句のつけようもない。
この戦いの勝者は、本堂だ。
首だけとなって転がっているサイボーグ型が、絞り出すように声を発し始める。
「コノ……俺様ガ……負ケルトハナ……」
「……はぁっ、はぁ……」
サイボーグ型の言葉に、本堂は答えない。もう彼の体力も、マモノと化して底上げした分でもごまかせないほどに消耗している。ただ呼吸を繰り返して息を整えている。
「グフフ……嬉シイカ? 俺様ヲ殺スコトガデキテ嬉シイカ、本堂仁? 貴様ハソノママ殺シ続ケルガイイ。我等ヲ殺シテ、殺シテ、イズレ貴様モ我等ト同ジ、怨嗟ノ怪物ニ成リ果テロ……!」
愉しみを抑えきれない。
そんな様子でひとしきり言葉を発した後、サイボーグ型の首もはじけて血だまりになり、沈黙した。
「……俺はお前たちのように成りはしない。人ならざるものに成り果てようと、人の心を持ち続けてみせる」
すでに血だまりとなったサイボーグ型に向かって、本堂はそう宣言した。
サイボーグ型とのやり取りを終え、エヴァのもとに歩いて行く本堂。しかしその途中でガクリと膝をついてしまった。
「くっ……」
「大丈夫ですか、仁?」
「問題無い……と言いたいところだが、流石に無理をし過ぎたな……もう一秒だって戦えそうにない」
「無理もありません。いま生きているのが不思議なくらいの傷です。休んでください」
「だが、まだ他のレッドラムたちが……」
そう言って立ち上がろうとした本堂だったが、そこへグスタフ大佐が歩み寄ってきた。
「その心配は無用だよ本堂くん。君たちがサイボーグ型を抑えてくれていたおかげで、私たちがレッドラムの相手に集中できた。もうすでに他のレッドラムは全滅させたよ」
グスタフ大佐の言う通り、この周辺に他のレッドラムの姿はない。ただ閑静な軍事基地の景色が広がるのみである。
増援のレッドラムが出てくる気配もなく、いつの間にか赤い雪も止んでいる。どうやらオリガたちの班も日向たちの班も、それぞれの標的を仕留めることに成功したようだ。
するとここで、ロシア兵のシチェクが雄たけびを上げた。
「うおおおおおーっ!! 俺様たちの勝ちだぁぁぁー!!」
シチェクの雄たけびを聞いて、他の者たちも自分たちの勝利を実感し始めたか、シチェクに続いて歓喜の声を上げ始めた。
「勝った! 俺たち勝ったんだ!」
「私たちだって、やればできるのね!」
「仲間たちの仇を討てたぞ!」
生存者たちは軽くお祭り状態だ。
グスタフは静かに苦笑いしながら、喜びにはしゃぐ皆を眺める。
「まだ油断はできんというのに、仕方ないな」
そんなグスタフに、エヴァが声をかけた。
「しかし周囲の気配を探知しても、たしかにもうこの周辺にレッドラムはいないようです。せいぜい、向こうの建物にいると思われるジナイーダとやらの気配くらいでしょうか」
「そうか、まだジナイーダ少将がいるな。急いで彼女を倒し、この基地の核ミサイルを確保して、プルガトリウムとの戦いに備えなければ……」
さっそくグスタフは、ジナイーダのもとに乗り込むメンバーの編成を考え始める。本堂はもう戦えないだろうが、まだエヴァやズィークフリドが残っている。さらにシチェクなど、ジナイーダとの戦いにも耐えきれそうな兵士たちを集めれば、彼女を速攻で制圧することも不可能ではないかもしれない。
……だが、その時だった。
生存者の一人が、突如として声を上げた。
「お、おい見ろ! 向こうの山から煙が……何か来てる!」
皆、弾かれたように、男が指さす方角を見た。
まさか……と、誰もがそう思った。
ここから五キロ以上は離れているであろう、はるか向こうの山。
その山の向こうから、溶岩の身体を持つ超巨大な異形が姿を現した。
プルガトリウムだ。
溶岩の『星殺し』が、とうとうここまで来てしまった。