第1085話 絆の戦
赤鎌型の赤い吹雪からアンドレイだけでも逃がすため、負傷した自分を置いていけと言ったキール。
その言葉に従い、アンドレイはキールをその場に降ろした。
そしてほぼ間を置かず、赤い吹雪がキールへと迫ってくる。
もしかしたら日向が復活して駆けつけてくれるのでは、と期待したキール。
しかし、その頼みの日向の姿は無かった。
(あーあ、やっぱりここまでか。まぁでも、たった三人で赤鎌型と戦うなんて無茶を請け負った時点で、こうなることは覚悟していたさ。……けどやっぱり『俺みたいな三枚目キャラはなんだかんだで生き残るんじゃね?』なんて、心のどこかで期待していたのかもな。今から死ぬのが怖くて、身体の芯が震えちまってるよ)
赤い吹雪が目の前まで迫る。
キールは覚悟を決めて、そっと顔を伏せた。
……しかし。
吹雪に巻き込まれて感じるはずの冷たさと痛みを、キールは感じなかった。
「……なんだ? どうして寒さも痛みもないんだ?」
よく見ると、キールの前に何か遮蔽物ができていて、それがキールを赤い吹雪から守ってくれている。
その遮蔽物は、キールをこの場に降ろしたアンドレイだった。
アンドレイがその身を盾にして、キールを赤い吹雪から守っている。
「ぐっ……あ……!」
「なっ……!? ば、馬鹿野郎ぉぉッ!! お前、何してるんだよっ!? お前まで重傷を負っちまったら、何にもならねぇだろうがッ!?」
アンドレイに守られて頭が混乱してしまったキールは、思わずアンドレイを怒鳴りつけてしまった。
そんなキールの言葉に、アンドレイは微笑みながら答える。
「お前をここに降ろすとは言った。だが見捨てるとは一言も言ってない。お前を守って、俺がこの赤い吹雪に耐えきれれば、最後には二人そろって助かることになるだろ……!」
「けどお前、それができたら、何も苦労は……!」
キールの言う通りだ。赤い吹雪をその身に受け続けているアンドレイの肉体は、みるみるうちに”怨気”に蝕まれていく。炭素操作で肉体を黒く硬化していようがお構いなしだ。
アンドレイの手足は赤く凍り付き、両目からは血涙を流し、口や鼻や耳からは大量の血。果てには汗腺からも血が噴き出ているのか、腕や胴体からも出血が始まった。
それでもアンドレイはしっかりと姿勢を維持し、両腕を広げ、背後のキールを吹雪から守る。
「もともと、俺が途中で足を止めてしまったから、赤い吹雪から逃げるのに間に合わなくなったんだ。俺の過失なんかで、お前が死ぬ必要は無いんだ……!」
「この、馬鹿野郎がよぉ……!」
アンドレイの言葉に対して、キールは震える声で言い返した。
やがて、赤い吹雪が止まった。
同時に、アンドレイがガクリと膝をついてしまった。
「はっ……、かは……、げほっ……」
まだアンドレイは生きている。
だが、やはりダメージがひどい。
ともすれば、キールよりもよほど大きなダメージを受けてしまっているかのようだ。
そして赤鎌型のレッドラムは、二人の方を見ながら薄羽を羽ばたかせて前傾姿勢を取っている。今度こそ超高速移動で突っ込んでくるつもりだ。
「アンドレイ! あいつが突撃してくるぞ! しっかりしろ!」
「ぐ……く、おおおっ……!!」
キールの言葉のおかげかどうかは分からない。
しかしアンドレイは、力を振り絞って立ち上がった。
赤鎌型が超高速移動を行ない、その姿が消失する。
それと同時に、アンドレイは右足を硬化させながら振り上げ、足元の床をつま先で蹴り砕いた。
「あああああっ!!」
アンドレイによって蹴り砕かれた床の破片が、前方に向かって飛んでいく。
その飛んでいく破片の先には、超高速移動で突っ込んでくる赤鎌型。
「KISHAAA!?」
焦りの声を上げる赤鎌型。このスピードで、飛来してくる破片群に激突すれば、至近距離から散弾銃を撃ち込まれるのと何ら変わらないダメージを負うことになる。
慌てて止まろうとする赤鎌型。
だが、もう遅い。
赤鎌型は猛スピードで、アンドレイが飛ばした破片に激突した。
「GYAAAAAAA!?」
悲鳴を上げる赤鎌型。
超高速移動のコントロールも完全に失い、その勢いのままアンドレイと激突。
激突の拍子に、アンドレイは床を転がり、赤鎌型は宙を舞った。
それを見たキールは急いで身をよじり、うつ伏せから仰向けの体勢に。
そして上体を起こし、宙を舞う赤鎌型に照準を合わせる。
「ダメ押しだ! くたばりやがれ腐れカマキリぃぃッ!!」
叫ぶと同時に、キールが渾身の風の弾丸を放つ。
今日一番の勢いの、ロケットランチャーのような風の塊だ。
それが、赤鎌型の胴体ど真ん中に直撃。
ベキベキベキ、と骨格が壊れるような音。
赤鎌型は扇風機の羽のように回転しながら、その先の壁に叩きつけられた。
「GYAAAAAAA……!」
壁に叩きつけられ、床に落下する赤鎌型。先ほどまで目にも留まらぬスピードで動いていたのが嘘のように、動かなくなった。この地下格納庫を包み込んでいた赤い冷気も解除された。
「やった……! おいアンドレイ、やったぜ! あいつは死んだ! 俺たちは勝った! あいつに殺された基地の皆の仇も討てたぞ!」
「あ……ぁ……」
アンドレイはキールに返事をしたのだろうか。それすらも分からないくらい疲弊しきった声を上げて、アンドレイはその場に倒れてしまった。
「お、おいアンドレイ! しっかりしろよ! ”怨気”が抜けるまで耐えるんだよ! そこまで耐えりゃ、北園嬢ちゃんが回復してくれるんだからよ……!」
キールはアンドレイに声をかける。脊髄を損傷して立てないので、床を這ってアンドレイのもとまで近寄り、彼の身体をさすった。しかしアンドレイは反応してくれない。
悪いニュースは続く。
倒したと思っていた赤鎌型が、再び立ち上がったのだ。
彼女の両目は、まっすぐキールたち二人に向けられている。
しかもキールは、アンドレイを起こすのに夢中で、赤鎌型の復活に気づいていない。
赤鎌型が、キールたち目掛けて飛び掛かった。
「KISHAAAAAAAAA!!!」
「なっ!? あいつまだ生きて……!」
「させるかぁぁぁっ!!」
キールたちを攻撃しようとした赤鎌型の横から、日向が”復讐火”の体当たり。赤鎌型を吹っ飛ばし、体勢を整えて立ち上がる暇も与えず剣を振り下ろす。
「”点火”っ!! はぁぁぁっ!!」
「SHAAAAAA!!」
日向はキールたち二人に声をかけることもなく、赤鎌型に猛攻を仕掛けている。今のうちに逃げろ、ということなのかもしれない。
「日下部が復活してくれたか! 退却するチャンスは今しかねぇ! アンドレイ起きろ! ゆっくりしている暇はねぇんだぞ!」
キールがアンドレイの身体をさする。
アンドレイはわずかな反応を返してくれるものの、やはり立ち上がれない。
「くそ……! だったら、俺がこのまま引きずるしか……! あとせいぜい10メートル程度だ! それくらい何だってんだ……!」
そう言って、キールは右腕で床を這いながら左手でアンドレイを掴み、彼を連れて行こうとする。無茶な行為だが、もうキールはこうするしかない。ここでアンドレイを捨てて逃げるという選択肢は存在しない。
しかし、ここでアンドレイが再び動き出した。
「俺は……何だ……何をしていた……」
「アンドレイ! 大丈夫か!?」
「ここは……どこだ……俺は誰だ……目の前が赤い……音もロクに聞こえない……何がどうなって……」
「あ、アンドレイ……?」
「ああ……でも、何をしなければならないかは、なんとなく憶えてるぞ……。この、目の前にいる、名前も分からない誰かを、向こうまで運べばいいんだよな……」
そう言って、アンドレイはキールを担ぎ、再びドアを目指す。
その足取りは完全に幽鬼のそれだ。生者のものではない。
それでもアンドレイは、命令を与えられたロボットのように、淡々とキールを抱えて歩いていった。
「これで……いい……これで……いいんだ……。
じゃあな……名前も知らない誰かさん……今まで……ありがとうよ……」