第1083話 壊れた殺意
アンドレイとキールが退却した一方で、日向はアンドレイとキールから離れた場所へ移動。
赤鎌型の姿は見えないが、虫の羽音のような音と周囲の床や柱を切り刻む音が日向を取り囲んでいる。どうやら赤鎌型はちゃんと日向の方へやってきたようだ。
「かろうじて、たまに視界の端に赤鎌型っぽい姿が見える時があるけれど、本当に意味が分からないくらい姿が見えないな……。どんなスピードで動いてるんだ」
つぶやきながら日向は”点火”を使用し、いつでも”紅炎奔流”を撃てる状態に。
「これだけ速く動く相手だ。たとえ相手が真正面から襲い掛かってきたとしても、俺なんかじゃまともに迎え撃つことができるかも怪しい。いざという時は自爆覚悟で、あいつを大爆炎に巻き込んでやるくらいの覚悟じゃないと」
アンドレイとキールから赤鎌型を引き離すために移動を続けていた日向は、やがて一台の装甲車に背を向けた状態で立ち止まった。背後に壁を背負って逃げられなくなった状態だが、これで赤鎌型が襲撃してくる方向を左右と前方、それから真上の四方向に限定させることができる。
そして日向は、赤鎌型の超高速移動に関する、いくつかの法則性も見出していた。
まず赤鎌型は、超高速移動をする際は一直線にしか移動ができないようだ。先ほどから床や壁に刻まれている赤鎌型の斬撃痕は、全てが直線の形だ。途中でカーブのような移動をしていれば、もっと湾曲した斬撃痕があってもおかしくない。
そして恐らく、赤鎌型は超高速移動をしている間は、そのあまりのスピードゆえに自分自身も制御が利かない部分があると考えられる。より正確に言えば、精密動作性を犠牲にしている。そうでなければ、あの時キールが背後から斬られた時、なぜ腰の後ろではなく首や心臓など、もっと致命的な箇所を狙わなかったのか。
これらの情報を駆使して赤鎌型を引き付け、自爆覚悟で攻撃を仕掛ければ、日向でも赤鎌型に大ダメージを与えることは不可能ではないはずだ。今の赤鎌型は装甲を脱ぎ捨てた状態。そのせいでスピードが上がっているのだが、装甲が無くなったことであらゆるダメージが致命傷になり得る状態でもある。
「さぁ来いよ、刺し違えてでもやっつけてやる……」
赤鎌型に向かって……あるいは、決意を固めるために自分自身に言い聞かせるように、日向は小さく言い放った。
しかし、その時だった。
突如として、日向はその場で尻もちをついた。
「は……?」
例えるなら、いきなり足元の床が消失して、穴に落ちたような感覚だった。
何が起こったのかと言うと、事の真相はこうだ。
まず赤鎌型のレッドラムは、日向が背にしている装甲車の後ろへ移動。
そして赤鎌型は、装甲車の下の隙間を通すようにして、自身の大鎌を全力投擲。見事に反対側へと通り抜けた大鎌は、その反対側にいた日向の両足を切断してしまったのだ。
日向もまた、宙を舞う自分の両足と、自身の足元から飛んでいった大鎌を見て、事態を把握した。
「あ、あいつ、そう来たか……!」
そして、日向の前方へと飛んでいった大鎌を、赤鎌型が超高速移動でキャッチ。そのキャッチした瞬間に一瞬だけ赤鎌型の動きが止まり、装甲を脱ぎ捨てた状態の赤鎌型の姿を、日向は初めて目撃した。
その肉体は、やはりレッドラムらしい鮮血の赤色。
余分な肉付きを感じさせない痩身だった。
そして顔は、普通の人間とまったく同じ。
水色のロングヘアーをなびかせる、二十代後半くらいの女性の姿だった。
しかしその両目は金色の眼球に赤い眼孔で、今まで見てきた目付きのレッドラムと同じ。そして背中には、今までも見せてきた左右合わせて四枚の薄羽が生えている。
これが今の赤鎌型……コールドサイスの姿。
赤鎌型はキャッチした大鎌を振り上げ、日向に向かって一直線に襲い掛かった。
「HYUUUUUGAAAAAAAAAA!!!」
赤鎌型が接近してくる。
日向もまた、両足を失い、背後の装甲車にもたれかかりながらという不格好な姿ながらも『太陽の牙』を振り上げて迎撃しようとする。
「くっ……! 太陽の牙、”紅炎――」
……が、それよりも早く、赤鎌型が大鎌を袈裟斬りに大きく振り下ろした。
「SHAAAAAAAAA!!!」
「がはっ……!?」
これまで燃やしてきた全ての執念を込めたかのような一撃。
大鎌の斬撃は、日向だけでなく、その背後にあった装甲車まで真っ二つにしてしまった。
「ご……ごほっ、げほっ……」
血だまりに沈み、咳き込む日向。斬られたと同時に”復讐火”で再生したため、身体はなんとかくっついているものの、痛みと再生時の熱が残っていて、とても動ける状態ではない。
そんな日向を、冷たい目で見下ろす赤鎌型。
処刑の執行を宣告するかのように、ゆっくりと大鎌を振り上げる。
万事休す。
このまま”再生の炎”のエネルギーが尽きるまで殺され続けるのか。
そう思った日向だったが。
突如として、赤鎌型が自身の頭を左手で押さえながら呻き始めた。
「U……ウゥ……」
「ん……? どうしたんだ、赤鎌型の様子が……」
「ヒュウガヲ……コロス……チガウ、モットチカラヲ……違ウ、エヴァノタメニ……違ウ、ナンダ、ワタシハ何ノタメニ……?」
「錯乱している……? まるで、自分が何のために戦うかを思い出せないみたいに……」
「自然、ニンゲン……調和? 違ウ、イヤ、違ワナイ、ソウダ、ワタシノ役目ハ、全テノ自然ト人間ヲ抹殺スルコト……!」
そう言うと赤鎌型は、日向を放って移動を開始。
日向は助かった形だが、赤鎌型が向かったのはアンドレイとキールがいる方向だ。
「や、やばい! あいつ、俺に致命傷を負わせたことで俺を殺したと錯覚して、俺への殺意が薄れたのか!? アンドレイさん! キールさん! そっちに赤鎌型が……う、ぐぅぅ……!」
声を上げ、すぐにでも二人の援護に向かおうとした日向だったが、まだ赤鎌型にやられたダメージが残っている。立ち上がろうとして、そのまま再びうずくまってしまった。