第1081話 薄羽を開いた時
日向の首が、赤鎌型のレッドラムに切断されてしまった。
彼には”再生の炎”があるので完全には死なないのだが、それでも復活までにはそれなりの時間を要してしまうだろう。そうなれば、残されたアンドレイとキールが不利になる。
赤鎌型があまりにも高速で日向の首を切断したので、日向の首はまだくっついている。しかしもうすぐ、ずり落ちるだろう。
……その時だった。
日向の背後に立っていた赤鎌型のレッドラムが、突如として膝をついた。
「GU……!?」
困惑の声を上げる赤鎌型。
見れば、赤鎌型のわき腹に赤熱した斬撃痕が焼き付いている。
どうやら、先ほど赤鎌型がすれ違いざまに日向の首を切断した時、日向もまた”点火”による斬撃で赤鎌型に傷を負わせていたようだ。それはつまり、日向は赤鎌型が目にも留まらぬスピードで動くことをあらかじめ読んでいたということを意味する。
そして、反撃を合わせることができるほどに赤鎌型のスピードを見抜いていたのなら、赤鎌型の攻撃を受けても大丈夫なように対策も立てることができていたということでもある。
赤鎌型が膝をつく一方で、日向の首はずり落ちず、くっついたままだった。”復讐火”で瞬間的に首を再生し、首がずり落ちる前に傷を完治させたのである。
とはいえ、日向もすぐには動けない。首を切断されたことで喉に溜まった血を、咳き込みながら吐き散らかす。
「ごほっ、ごほっ……! でもよかった、読みは当たってたぞ。思った通りだった……!」
そう。日向は別にノーヒントで赤鎌型の動きを予想したわけではない。前回の森での戦闘においても、赤鎌型が先ほどのような高速移動を見せてきた場面があった。
この時、赤鎌型が背中の薄羽を羽ばたかせて、その直後に日向の目の前に現れた。それを見た日向は、この「背中の薄羽を羽ばたかせる動作」が、赤鎌型の高速移動の予備動作なのではないかと推測した。
見たのはたった一回だけ。断定する証拠としては弱かった。
しかし、外れていたなら外れていたで、また対策を変えれば良いだけのこと。警戒しておいて損はない。
結果的に日向の警戒は功を奏し、赤鎌型に効果的なダメージを負わせることに成功した。その日向は吐血で今すぐには動けないので、アンドレイとキールが赤鎌型へ追撃を仕掛ける。
まずはアンドレイが、黒く硬化させた右拳で赤鎌型に殴りかかる。
「はっ!!」
側頭部を狙ったアンドレイの拳。
しかし、赤鎌型は左腕の装甲でアンドレイの拳をガードしていた。
だが、赤鎌型がアンドレイに気を取られているところへ、反対側からキールが攻撃。見えない風の弾丸を赤鎌型に向かって撃ち込む。
「そこだぜ、喰らえ!」
キールの狙いは、先ほど日向が与えた、赤鎌型のわき腹にある赤熱した傷口だ。
赤鎌型もキールの狙いにすぐさま気づき、身をよじって見えない風の弾丸を回避しようとする。だが間に合わず、その赤熱した傷口に二発ほどの風の弾丸が命中した。
「GAAAAAAA!?」
炎に風が吹きつけ、赤熱した傷口から炎が上がる。
同時に、赤鎌型が憤怒とも苦痛とも取れる悲鳴を上げた。
「よおし! 命中だぜ!」
「良いぞ、このまま攻めを継続……いや、厳しいか!」
「KISHAAAAAAAAA!!」
赤鎌型がひときわ大きく大鎌を薙ぎ払った。
その勢いで、赤い冷気も横殴りの突風のように吹き荒ぶ。
アンドレイは冷気の突風に巻き込まれないよう足を止め、キールが撃った風の弾丸も突風にかき消されてしまった。
だが、その突風を突っ切って日向が赤鎌型に体当たり。
そのまま赤鎌型を背後の戦車まで押し込み、自身の身体で挟み込む。
「おりゃあああ!!」
「GIIIII!!」
これもまた”復讐火”で威力を底上げしたタックルだ。日向は多少強引にでも赤鎌型を攻め立てて、このまま一気に畳みかけるつもりなのだろう。
「さっさとコイツを倒さないと、外の赤い雪が解除されないんだ。少しでも早く倒さないと……!」
「KISHAAAAA……!!」
赤鎌型は日向の挟み込みに抵抗しつつ、左腕の大爪で日向を引き裂きにかかる。
日向は後ろに飛び退き、赤鎌型の大爪を回避。
その飛び退いた日向に向かって、赤鎌型が大鎌を投げつけてきた。
「KISHAAAA!!」
「うわっと!?」
大鎌は丸ノコのように回転しながら日向に襲い掛かる。
日向はとっさに『太陽の牙』を構え、これを防御。
大鎌は『太陽の牙』の表面を削って火花を散らしつつ、そのまま赤鎌型の手元へ帰っていく。
引き下がった日向を追撃するべく、赤鎌型が飛び出す。
しかし、その赤鎌型の左からアンドレイがやって来て、赤鎌型の左わき腹を蹴り飛ばした。
「はっ!!」
「GUUUU!?」
「助かりました、アンドレイさん!」
「ああ! こいつを早く倒さなければならないというのは、俺も同意だからな! このまま一気に倒してしまおう!」
この勢いのまま、赤鎌型に追撃を仕掛けようとする日向とアンドレイ。
しかし赤鎌型は大きく下がり、背中の装甲を開いて薄羽を展開させる。
「む……! 高速移動か、それとも吹雪か?」
「たぶん吹雪かと! 今の俺たちの周りには遮蔽物が少ない! 一網打尽にしようとしてくるはず!」
その日向の予想は正解だった。赤鎌型はその場で薄羽を羽ばたかせ、それと同時に赤い冷気の奔流が流れ始め、吹雪の前兆を知らせる。
だが、それと同時に、赤鎌型の背後のコンクリート柱からキールが飛び出してきた。
「背中、もらったぜぇ!!」
そう言って、キールは赤鎌型の背中に向かって渾身の風の弾丸を発射。今までの不可視の弾丸と違い、今度は空間が歪むほどの強烈な風圧だった。
その暴風の弾丸が、赤鎌型の背中に直撃した。
薄羽を展開させていたため、装甲が開いていた背中に、だ。
「GUUAAAAAAAA!?」
「よっしゃあ! 日下部の言う通りだったぜ! 羽を展開させている時は背中がアイツの弱点になるってのは本当だったな!」
攻撃を受けた赤鎌型は、背中の装甲を閉じ、同時に膝をついた。
その隙を日向は見逃さない。”復讐火”を使った踏み込みで、一気に赤鎌型へ肉薄。
「もらったぁぁぁぁ!!」
……だが、赤鎌型もまだ諦めていない。
日向の接近に合わせて、大鎌を右下から左上へと振り抜いた。
日向の『太陽の牙』より、赤鎌型の大鎌の方がリーチは長い。このままでは、日向の攻撃が命中するより早く、赤鎌型の大鎌が日向の身体を切り裂いてしまうだろう。
日向は大鎌に切り裂かれる寸前で、真上へ小ジャンプ。
振り抜かれた大鎌を飛び越え、落下の勢いのままに赤鎌型へ剣を振り下ろす。
「せやぁぁぁっ!!」
「GYAAAAAA!?」
日向の攻撃は命中した。
赤鎌型の胴体に、縦一文字の赤熱した斬撃痕が刻まれる。
しかし、赤鎌型はまだ生きている。日向が先ほどの赤鎌型の攻撃を回避したことで、赤鎌型が日向の攻撃を少しだけ回避する猶予が生まれてしまったらしい。
ギリギリのところで生き延びた赤鎌型。
日向たちに反撃はせず大きくジャンプし、近くの戦車の後ろへ隠れてしまった。
「あ、逃げた!」
「だが、追い詰めているぞ。挟み撃ちでケリをつけよう」
「そんじゃあ、日向が左からで、アンドレイが右からだ! 俺は戦車の上から接近して、ヤツが前へ逃げようとしたところを撃ち抜くぜ!」
「よし、それじゃあ早速いきましょう!」
キールに言われた通り、日向は赤鎌型が後ろに隠れている戦車の左から回り込み、アンドレイは右から回り込む。そしてキールが戦車の上から。三人はタイミングを合わせて、一気に飛び出した。
……しかし、そこに赤鎌型はいなかった。
代わりにそこにあったのは、赤い氷の残骸のようなものだった。
「あれ? 赤鎌型はどこに……」
……と、日向がつぶやいた、その瞬間。
戦車の上にいたキールが、血まみれになって戦車の上から落ちてきたのだ。