第1079話 目と眼が合う瞬間
シャオランが転倒してしまった。
ゴスロリ型のレッドラムの吸血攻撃を受けて、脱力感に襲われたせいだ。
シャオランのすぐ後ろには、追いかけてきているゴスロリ型。もう三秒もしないうちに、シャオランは津波のように押し寄せるゴスロリ型に巻き込まれてしまうだろう。
オリガも北園も、すぐにシャオランを助けに行けるような距離ではない。もう間に合わない。
(あ、ボク、終わったかな……)
”空の練気法”を覚醒させ、己の恐怖心に上手く折り合いをつけることができるようになったシャオランは、この絶体絶命の状況でも特に取り乱すことなく、ひどく落ち着いて自分の状況を受け入れていた。
(受け入れているだけだよ、何も良い解決策が浮かんだわけじゃない。身体に力も入らない。悔しいけど、ボクはここまで……)
「まだよ、シャオラン! 私の眼を見て!」
オリガがシャオランにそう呼びかけてきた。
その言葉が耳に入るや否や、シャオランは反射的にオリガの眼を見た。
なぜ、とか余計なことは一切考えなかった。
オリガの眼を見た瞬間、シャオランの脳裏にたくさんの人の姿が浮かび上がった。
多くの無辜の人々が、レッドラムによって殺された。
学友も、故郷の町の皆も、家族も、そしてリンファも。
恐らくは、オリガがシャオランの精神を支配し、思い出させているのだろう。シャオランは今、何のために戦っているのかを。
「そうだ……皆の仇を討つって決めたんだ。ボクはまだ、こんなところじゃ終われないッ!!」
消えかけの火種に再び火が点く。
力を振り絞り、シャオランは立ち上がった。
そしてゴスロリ型の方へ振り向きながら、今日一番のパワーを込めた渾身の一撃を繰り出した。
「空の練気法……”爆砕”ッ!!」
「GYAAAAAAAAッ!?」
シャオランの必殺の拳を受けて、ゴスロリ型が大きく後退。
しかしゴスロリ型はすぐさまダメージから復帰し、再び襲い掛かってくる。
「小癪ナァァァッ!! 呑ミ込マレロォォォッ!!」
……しかし、すでにシャオランはオリガと北園のところまで下がり、オリガたち二人はゴスロリ型に向かって全力の吹雪を放つ体勢を整えていた。
「これで終わりよ、小娘!」
「いっくよー! ”凍結能力”+”吹雪”っ!!」
オリガと北園が同時に”吹雪”の能力を行使。
すると彼女らの背後にある下水道の出口から、猛烈な冷気が流れ込んできた。
「ソノ程度ノ吹雪ナンカッ!」
そう言ってゴスロリ型は、大きく開いた口から”怨気”のブレスを吐きだした。白く輝く冷気と、赤黒い不気味な息吹がぶつかり合う。
凄まじいエネルギー同士の衝突。
打ち勝ったのは、北園たちの吹雪だった。
赤黒い息吹は吹き飛ばされ、白く輝く冷気が再びゴスロリ型に向かって進撃する。
「クッ……! ”反射”!!」
吹雪の突破を諦めたゴスロリ型は、赤いエネルギー壁を生み出し、吹雪の反射を試みる。
だが吹雪の規模は非常に大きく、”反射”の壁ごとゴスロリ型を包み込む。もはや下水道そのものを凍らせて、ついでにゴスロリ型も巻き込んでいると言わんばかりの勢いだ。
「AAAAAAAAッ!? 凍ル……アタシノ身体ガ凍ル……!」
「これで終わりよ! はぁぁっ!!」
凍り付いたゴスロリ型に向かってオリガが駆け寄る。そしてゴスロリ型の顔の中心に、肉体のリミッターを解除しての全力の右正拳を叩き込んだ。
拳の衝撃がゴスロリ型の後頭部まで駆け巡る。
一拍置いてから、ゴスロリ型が徐々にひび割れていく。
そして自らの重みに耐えられなくなったかのように、ガラガラと崩れ落ちた。
バラバラになったゴスロリ型の破片。
その中の右目のパーツと、オリガの視線がちょうど合った。
「痛イ……痛イヨォォ……ドウシテアタシガコンナ目ニ合ウノ……悪イノハアタシタチヲ拒絶シタ、アナタナノニィ……」
「死者の声を聞かせてトラウマを抉る友人作りがどこにあるのよ。友達の作り方を覚え直してから出直してらっしゃい」
オリガがそう声をかけたころには、ゴスロリ型はもう何も喋らず、そして動かなくなっていた。
◆ ◆ ◆
ゴスロリ型のレッドラムの討伐に成功した三人。
場所を移動し、この下水道に降りてきたハシゴの近くでそれぞれ現在の調子を確かめている。
「わたしは皆のおかげでほとんどダメージを受けてないけど、オリガさんとシャオランくんはだいじょうぶ……?」
「私はなんとか。でもシャオランは……」
オリガと北園がシャオランの方を見る。
シャオランは力が抜けたように、壁にもたれかかってしまっている。
「ゴメン、ちょっと貧血がひどいみたい……」
「無理もないわ。ゴスロリ型の攻撃をあれだけ真正面から受けていたもの。私を助けるために無茶させてしまってごめんね」
「そっちは全然気にしてないよ。皆どうにか無事に生き残れたから万々歳だよ。オリガもボクを助けてくれてありがとうね」
「ああ、最後の”精神支配”ね。あんなふうに能力を使うのは初めてだったから、ぶっつけ本番で上手くいくか不安だったけれど、効果があって良かったわ」
一息ついたところで、これからどうするのかを話し合う三人。
ひとまずゴスロリ型のレッドラムは撃破し、地上に送り込まれていたレッドラムの増援は停止させることができた。次なる三人の行動は、他の班に合流して援護することだろう。
「けど……わたしはだいじょうぶとして、オリガさんとシャオランくんはいけるかな……?」
北園が心配そうにつぶやく。
オリガは”怨気”のせいで、受けた傷を回復できずにいる。しかし貧血はシャオランよりひどくはなく、まだ戦闘続行は可能だ。
シャオランはオリガより傷は少ないが、貧血がひどい。今のところは立つのもやっと、という様子だ。エヴァがあらかじめ貧血回復用の果実を持たせてくれてはいるが、それでも回復には多少の時間がかかる。
自分とシャオランの容態を比べて、オリガが口を開く。
「私はどうにか大丈夫だけれど、やっぱりシャオランは厳しそうね。血液は酸素の運搬の手助けもしている。つまり血液が足りなければ呼吸にも異常をきたし、そうなると呼吸が要となる練気法にも影響が出る。シャオランはここに残して、護衛として私も一緒に残るのが……」
……と、オリガが話していると、それをシャオランが遮った。
「いや……オリガはキタゾノと一緒に行って。ボクは一人でも大丈夫。普通のレッドラムの一体や二体くらいなら今の状態でも何とかできるから」
「本当に? 本当に大丈夫なの?」
「うん。それにオリガ、ジナイーダと戦いたがってるでしょ?」
「まぁ……ね。彼女と私は『無敵兵士計画』で色々と因縁があるみたいだけれど、何よりあいつは私のお父さんを傷つけた。落とし前をつけさせてやらないと気が済まないわ」
「じゃあ決まりだね。でも、そっちも怪我人なんだから、あまり無理はしないようにね」
「ありがとう、シャオラン。今回は何から何まであなたに助けられっぱなしね。それじゃあ行きましょう、良乃」
「りょーかいです! シャオランくんも気を付けてね!」
やり取りを終えて、オリガと北園はこの場を去る。
シャオランは二人の背中を、微笑みながら見送った。
あの二人ならきっと勝てると、心から信じているかのように。