第1078話 逃ガサナイ
下水道の至る所にまき散らされていた血だまりが集結し、ゴスロリ型が復活した。彼女の頭部がぐちゃぐちゃに崩れながら巨大化したような、異形の姿になって。
「許サナイ……! ヨクモ裏切ッタワネ、オ友達ニナレルト思ッタノニ……! モウ知ラナイワ! 死ンジャエ! アナタタチミンナ、マトメテ死ンジャエェェ!!」
叫びながら、ゴスロリ型が全身から赤黒いオーラを発する。
この赤黒いオーラは間違いなく”怨気”だ。彼女の激情に呼応するかのように燃え上がる。
そしてゴスロリ型は液状化し、そのまま津波のように三人めがけて押し寄せてきた。三人は急いでその場から逃げる。
「これはやばいわね。いったん逃げるわよ!」
「り、りょーかいですー!」
「ちょっとホラーが過ぎるよぉぉぉ!!」
ゴスロリ型が押し寄せて来る速度は相当なものだが、三人もそれぞれ空中滑空、”風の練気法・順風”、そして肉体のリミッター解除を使用しての全力疾走などで、人間を超えた速さで逃走する。
一直線に下水道を走る三人。
途中、L字型の曲がり角に差し掛かる。
三人はそれぞれ大きく身体を傾け、見事なコーナリングを決める。
ゴスロリ型も後を追ってくる。
L字型のカーブに差し掛かると、そのまま壁に激突。
洪水のように曲がり角を曲がり、三人を追いかける。
北園が、追いかけてくるゴスロリ型に向かって冷気弾を撃ってみる。
「えいっ!」
……だが、ゴスロリ型は三人を追いかけながら”反射”の超能力を使用。冷気弾は跳ね返され、天井にぶつかって誘爆した。
「逃ガサナイワ! 逃ガサナイゾ! アナタガ贖罪ヲ否定スルト言ウノナラ、我々ガオ前ニ相応シイ罰ヲ与エテヤルマデダ!」
「喋り方がめちゃくちゃね……! ゴスロリ型が取り込んだ亡者たちの思念まで混ざってるの? あらゆる人格が混ざり合って、元のゴスロリ型の自我が崩壊しているみたい……!」
「オ前ヲ殺ス! 貴女ガ大切ニシテキタ全テヲ奪ウ! アナタヲ殺シタラ、次ハ地上ニイル、テメェノ仲間タチノ番ヨォォ!!」
「させるものですか。あなたはここで私たちが倒す……!」
「で、でもどうするのオリガさん!? 私の超能力は反射されるし、この状況じゃ接近戦だってまともに仕掛けるのは……」
「あいつは他のレッドラムと比べてよく流動する身体を持っている。血を撒きやすいようにするためでしょうね。だからこそ私たちの氷でうまく凍ってくれていた。そして今、あいつの身体は液体そのもの。より凍りやすくなっているはず。そこに勝機があると思うのだけれど……」
だが、具体的にどうすればいいのか、オリガもまだ思い浮かばない。
パッと思い付くのは、この下水道の外にゴスロリ型を誘導する作戦だ。この下水道は外に通じるトンネルにもなっており、うまくゴスロリ型を誘導できれば外の冷気がゴスロリ型を凍らせてくれるかもしれない。
ゴスロリ型が外に出ずとも、出入り口の付近に誘導できるだけでもいい。外の近くに行くことができれば、北園とオリガが自然からのバックアップを得て、より強力な吹雪をゴスロリ型にお見舞いできるはずだ。それこそ”反射”などお構いなしに凍らせるくらいの超吹雪を。
この下水道のマップは、作戦開始前にあらかじめ頭の中に叩き込んでいる。道に迷って袋小路に追い詰められる、ということはまずない。
残る問題は、オリガの体力。
ここまでの戦闘でかなり消耗してしまった。
また先ほどのように吐血などの発作に襲われたら、足が止まってしまう。
足が止まってしまったら、ゴスロリ型は容赦なくオリガを呑み込んでしまうだろう。そうなれば確実に即死だ。
ここから下水道の出口まで、まだそれなりの距離がある。今から一度も足を止めることなく逃げ続けることができる保証はない。それはオリガ自身にもコントロールできないことだ。
「でも……このまま別の策を考えながら逃げ続けても、無駄に体力を消費するだけ……。他に良い方法をパッと思い付くこともできないし、もうやるしかない……!」
オリガは決意した。
この作戦でいく。
ゴスロリ型を、この下水道の外へ誘導する。
「良乃! シャオラン! 私が先導するわ! この下水道の外へ向かうわよ!」
「りょーかいです!」
「わ、分かった!」
オリガは記憶と、外から来ているであろう風の流れを頼りに先頭を走る。目を閉じていようがほぼ問題なく行動できる彼女の聴覚と嗅覚そして感覚は、常人ならとうてい感じ取れないであろう「下水道に流れ込む外気」も捉えてみせる。
「道が塞がれているような感じはしないわね。出口から流れてくる風はちゃんとルートどおりにこちらに流れてきている」
逃げている間にも、北園やシャオランがそれぞれ冷気弾や”風の練気法・衝破”などを使い、少しでもゴスロリ型を足止めしようとしてくれている。
しかし、やはり二人の攻撃はほとんど足止めにはなっていない。北園の冷気弾は”反射”で弾かれ、シャオランの”衝破”は意に介することなく受け止め、突っ切ってしまう。
「けど……キタゾノの冷気は律儀に反射するあたり、氷に弱いのはやっぱり事実っぽいね!」
「それが確認できただけでも儲けものだよね! オリガさんの作戦はきっとうまくいく!」
やがて、下水道の出口が見えてきた。
あとは、この少し長めの一直線をひたすら走り抜けるのみ。
懸念していたオリガの体力も、ギリギリ保ちそうだ。
だが、ここでゴスロリ型が髪の毛を伸ばしてきて、オリガの足を捕まえてしまった。
「きゃっ!?」
突如として足を捕まえられて、オリガが転倒。
ゴスロリ型はそのままオリガを引き寄せ、その巨大な口を開く。
「食ベテヤル! ”怨気”デ痛ミヲ倍増サセナガラ、ユックリト、ジックリト噛ミ砕イテアゲル!!」
「この……! 放しなさいよ……!」
オリガはゴスロリ型の髪を振りほどこうとしているが、その間にもゴスロリ型は新しい髪をどんどんオリガに巻き付けてくる。このままではオリガは逃げられない。
北園とシャオランの二人もオリガの危機に気づき、彼女を助けようとする。
「ど、どうしようシャオランくん!? わたしの超能力じゃ反射されるから……」
「いまキタゾノに吹雪を流し込んでもらっても、オリガまで巻き込まれるだろうし……。ここはやっぱり、あのゴスロリ型を直接叩くしかない!」
そう言ってシャオランは走り出し、オリガの側を通過し、ゴスロリ型に接近。その両拳に”空の気質”を纏わせて、ゴスロリ型にラッシュを浴びせる。
「はぁぁぁぁッ!!」
「AAAAAAAAAッ!! 痛イィィ! 何スルノヨォォォ!!」
ゴスロリ型も自身の髪を鋭い槍のように尖らせてシャオランを攻撃。一本だけでなく何本もの髪の槍を作り出し、ラッシュを浴びせ返す。
「う、ぐぅぅぅ……!!」
ゴスロリ型の攻撃に耐えながら、シャオランは拳を振るい続ける。ゴスロリ型の髪が自分の身体を突き刺すたびに、シャオランの身体から力が抜けていくのを感じる。恐らくは刺されると同時に吸血もされているのだろう。
だが、シャオランの踏ん張りの甲斐もあって、オリガがゴスロリ型の髪を振り払うことに成功。
「シャオラン! こっちはもう大丈夫よ! あなたも急いで下がって!」
「分かった!」
オリガの声を受けて、シャオランも後退を始める。
あとは外の冷気も利用して、ゴスロリ型に吹雪を浴びせて凍らせるだけ。
……だが。
その後退の途中で、シャオランがこけた。
「あ……れ……?」
「シャオラン!」
「シャオランくん!?」
どうやら、ゴスロリ型の吸血攻撃がシャオランの思った以上に効いていたらしい。一瞬だけシャオランの全身から力が抜けて、あえなく転倒してしまった。
ゴスロリ型は、その隙を逃さない。
シャオランを串刺しにするべく、鋭い髪の毛を一斉に伸ばしてきた。
「死ネェェェェェェッ!!!」