第1077話 たとえ許されずとも
血の山に閉じ込められ、亡者たちから怨嗟の声を浴びせられ続けたオリガは、とうとうゴスロリ型の誘いを受け入れてしまった。
「わかったわ……。私、あなたのお友達になる……」
ゴスロリ型から差し伸べられた手を取りつつ、オリガはそう答えた。
この言葉を受けて、ゴスロリ型はにやぁ……と微笑んだ。
「うふふ! そう言ってもらえて嬉しいわ! きっとジナイーダちゃんも喜ぶ――」
……その時だった。
ゴスロリ型の視界が突然、ぐらりと揺れる。
「あ、あれ?」
そして次にドスッ、と何かが突き刺さるような音が聞こえた。
音が聞こえたのは、ゴスロリ型の左の頭部から。
ゴスロリ型のレッドラム……彼女を「目付きのレッドラム」と定義してある瞳は、彼女の頭の左側につけられているリボン、その中心のブローチとして埋め込まれているのだが。
そのゴスロリ型のリボンの瞳に。
オリガが右手を氷の槍のようにして、突き刺していたのだ。
「あ……ああ、アナタ……!?」
「そして、ごめんなさいね。早速だけど、ただいまを以て、あなたたちのお友達を辞めさせてもらうわ」
そう言い終わると同時にオリガは、ゴスロリ型の左頭部に突き刺している右手から冷気を放出。ゴスロリ型の頭部を半分以上凍結させた。
「うあああああ!? あ、アナタ、最初からアタシを油断させるために、あえてこの子たちの怨嗟の声を受け入れたのね!? アタシの姿勢が崩れそうになったのも、一瞬だけアタシを洗脳したから……!」
言いながら、ゴスロリ型は急いでオリガから距離を取る。
しかしオリガもゴスロリ型を逃がさない。
再び拘束される前に、オリガはすぐさま血の山から飛び出した。
「私の贖罪の正しさは、私自身が決める。誰かが決めた正しさに興味なんかない。それがたとえ、私の贖罪の対象である彼らの意見であったとしても!」
「め、メチャクチャだわアナタ! 許しを乞う対象が決めた『許しの条件』を、自分が気に食わないからって跳ねのけるなんて!」
「ふん。私は元々こういう悪辣な性格よ。そうでなければ自分勝手なクーデターなんて起こさないもの。この私を甘く見たあなたの間抜けと知りなさい!」
「う、うううううっ!!」
ゴスロリ型はオリガに向かって血のイバラを伸ばす。
しかしオリガは一気にゴスロリ型との距離を詰め、血のイバラの根元にまで潜り込み、ゴスロリ型に肉薄。
オリガはそのまま氷で作り出したナイフで、ゴスロリ型の胴体を一閃。ゴスロリ型は後ろに飛び退いて回避を図る。
オリガの氷のナイフは、ゴスロリ型の胴体の表面を浅く斬りつけるだけに終わってしまった。
しかし、その斬りつけた箇所からゴスロリ型の身体が少しずつ凍結していき、凍結部分が彼女の肉体の奥深くまで食い込んでいく。
「うあああ……冷たい……痛い……! 何すんのよぉぉぉ!!」
ゴスロリ型は血で長爪を生成し、オリガに襲い掛かった。
しかしオリガは冷静にゴスロリ型の右腕を取り、そのまま一本背負い。
「はっ!!」
「きゃあああ!?」
ゴスロリ型は見た目に寄らず物凄く重いのだが、相手の攻撃の勢いを利用したこの投げ技は、体重差など物ともしない。
ゴスロリ型は脳天から、まるで打たれた杭のように垂直に叩きつけられた。
オリガの初撃で頭部がほとんど凍結していたゴスロリ型は、そのまま凍結した頭部が粉々に砕けて、背中からズシンと倒れ、動かなくなった。
ゴスロリ型が斃された。
残っている通常個体のレッドラムたちに動揺が走る。
「KI……!?」
「SYAAA……!」
その隙を、北園が見逃さない。
強烈な火炎放射を繰り出して、残るレッドラムたちを全て灰にした。
「これで終わり! いっけぇーっ!!」
「GYAAAAAAA……!?」
「GUAAAAAA……」
これにて、この場にいる敵は全て撃破した。
まだ周囲にはゴスロリ型が残した血だまりが残っているが、本体であるゴスロリ型が倒された以上、これらの血だまりもやがて機能を停止するだろう。
戦闘を終えた三人は、それぞれ集まる。
北園とシャオランはオリガに駆け寄り、心配そうに彼女に声をかけた。
「オリガさん! だいじょうぶですか!?」
「心配ないわ良乃。私は正常よ」
「よ、よかった……。オリガさんが捕まった時はどうなっちゃうかと……」
「無事でよかったよオリガ。最初からゴスロリ型を油断させるために、ゾンビ型たちの声を受けて動揺する演技をしていたんだね。敵を騙すには味方からとはいえ、ホントに心配しちゃったよ」
シャオランにそう言われたオリガは、少し自嘲気味に微笑みながら、目線も少し逸らした。
「正直、今だから言うけれど、けっこう危なかったわね……。そもそも『彼ら』の声を受けて動揺していたのは事実よ。あらかじめ受けていた”怨気”の影響もあったかもしれないけれど、彼らの声は不自然なくらいに私の心に響いた。ゴスロリ型を油断させる作戦を考えたのだって、あの血の山に取り込まれてからよ」
「そ、そうだったの!? 超絶ギリギリじゃん!?」
「あの子が私を懐柔したがっていたのは分かってたから、最後の仕上げの時にはきっと自分から私に近づいてくると踏んで、この作戦を考えたの。それでも、あと一歩間違えていれば、私の方が彼女に取り込まれていたかもね……」
そう言い終えると、オリガは……。
「う……げほっ、ごほっ!?」
突如として血を吐いた。
恐らくはゴスロリ型の攻撃によるものではなく、肉体の寿命の限界がまた近づいたことによる発作。先ほどのゴスロリ型との一戦で消耗し、なけなしの生命力をさらに消費してしまったか。
「お、オリガさんだいじょうぶ!? やっぱりどこか悪いんじゃ……!」
「へ、平気よ、良乃……。いや、”怨気”のせいで怪我が治せないから平気ではないのだけれど、私なら大丈夫。それよりも、早く地上へ戻りましょう。これでレッドラムの増援は停止できたはずだけれど、地上からはまだ戦いの音が聞こえる。急いで援護に駆けつけてあげないと」
「り、りょーかいです……。でも、無理はしちゃダメだからね!」
「分かってるわ」
やり取りを終えて、オリガは北園とシャオランと共にこの場から去ろうとする。
その直前にオリガは、もう一度この場所を見回した。
自分に怨嗟の声を投げかけてきた亡者たちが、今は物言わぬ血だまりとなって散乱している、この場所を。
「……安心なさい。私もじきにそっちへ行くわ。全てが終わったらいくらでも、地獄の責め苦でも何でも受けてやろうじゃないの。あなたたちの気が済むまでね」
そうつぶやいて、オリガは今度こそ、その場から立ち去り始めた。
……だが、その時だった。
周囲の床や壁、天井にまでこびりついている血だまりが、ブクブクと赤い泡を立て始めた。
「え!? な、なに!? なんか周りの血だまりが動いてるよ!?」
「ふ、普通にホラーの絵面だよね……。ちょっと怖くなってきた……!」
「ああ、まったくもう。まだ終わってないっていうの……?」
周囲の血だまりは突如として、独りでに動き出す。
その動きは緩慢どころか、犬の全力疾走のように速く、鋭い。
血だまりが襲い掛かってくるかと思い、身構えたオリガたち。
しかし血だまりはオリガたちの側を通り抜け、先ほど倒したゴスロリ型のレッドラムの遺体へと集まっているようだ。
「あ、アイツ、復活するつもりなんじゃ……!」
「わざわざ復活を待ってあげる義理も義務も無いわね。良乃、やるわよ!」
「りょーかいです、オリガさん!」
二人が同時に猛吹雪を放ち、ゴスロリ型に集まっている血だまりを攻撃。
だが血だまりは”反射”の超能力を使い、二人の吹雪を跳ね返してきた。
「そ、その状態でも超能力を使えるのー!?」
「良乃! バリアーを!」
「は、はいっ!」
北園が急いでバリアーを展開したので、三人は跳ね返された吹雪に凍らされずに済んだ。しかしこの間にも周囲からはどんどん血だまりが集まってきている。まるでこの下水道にまき散らした血だまり全てが集まってきているのではないかという勢いである。
「血だまりが集まって、どんどん大きくなってきてる……!」
やがて集まった血だまりは、一つの形となった。
それは、先ほど倒したゴスロリ型の頭部を巨大化し、ぐちゃぐちゃに崩したような姿であった。
「許サナイ……許サナイワヨ……!」