第1074話 鮮血妖女
ゴスロリ型のみぞおちに、オリガの右ストレートが直撃した。だというのに、ゴスロリ型はまったく堪える様子はなく、直立不動でオリガの拳を受け止めていた。
「こいつ……!?」
「うふふ! 今度はアタシの番ね!」
ゴスロリ型はオリガに向かって両腕を伸ばし、彼女の身体を捕まえた。そして、自分ごとコマのように高速回転してオリガを振り回し、最後に手を放してオリガを投げ飛ばした。
「えーい!!」
投げ飛ばされたオリガは、目視が困難なほどの速度で壁に叩きつけられた。
「がはっ……!?」
オリガが叩きつけられた壁にヒビが入る。彼女の軽い身体で壁にヒビが入ったのだ。ゴスロリ型は相当なパワーでオリガを投げ飛ばしたことが見て取れる。
負傷したオリガに、北園が急いで駆け寄る。
「オリガさん、だいじょうぶですか!? シャオランくん、ゴスロリちゃんを食い止めておいて!」
「わ、分かったよ!」
シャオランが前に出て、ゴスロリ型に接近戦を仕掛ける。
ゴスロリ型は後退し、シャオランと交戦体勢に入る。
その間に北園はオリガのもとに駆け寄り、彼女を助け起こす。
「オリガさん、だいじょうぶ!?」
「良乃……。ええ、なんとか……と言いたいところだけど、思った以上にダメージが大きいわ……」
「待ってて! いま”治癒能力”を使いますから!」
北園の両手が発する青い光が、オリガの傷を照らす。
傷の回復をしてもらっている間、オリガは自身の体調を確かめる。
叩きつけられた際の打撲に加えて、ひどい眩暈を感じる。どうやら先ほどゴスロリ型に掴まれている間に血を吸い取られたようだ。掴まれていた箇所に爪を立てられていたような痛みもある。そこから血を奪われたらしい。
次にオリガは、先ほどゴスロリ型を殴りつけた時の感触を思い出す。
「あの小娘……異常なくらい重かったわ……。私の拳ではビクともしないくらいに……」
その時、ふとオリガは思い出した。この下水道にまき散らされている、ゴスロリ型のものと思われる大量の血痕のことを。その血痕と、ゴスロリ型の重さが結びついた。
「あいつ、あの小さな見た目に反して、とんでもない量の血で肉体が構成されているんだわ。だからどれだけ血をまき散らしても小さくならないし、私の拳が全く効かないくらいに重くて、あれだけのパワーがあるんだわ。ズィークと同じってことね……」
そして、オリガが思考している間、北園はオリガの怪我の治療に努めてくれている。だがしかし、どれだけ北園が”治癒能力”を行使しても、オリガの怪我が良くなる様子が見受けられない。
「お、オリガさん、傷が治らないよ……!?」
「”怨気”の仕業ね……。ジナイーダや赤鎌型が使ってきた以上、あのゴスロリ型も使ってきても不思議じゃないとは思っていたけど、よりにもよってこんなダメージを負わされるなんてね。シャオランの忠告を聞いておくべきだったわ」
ゴスロリ型から受けた傷が、その痛みをどんどん引き上げてくる。”怨気”による効果だ。それでもオリガは歯を食いしばり、痛みに耐えて立ち上がる。
「オリガさん、まだ安静にしていないと……!」
「大丈夫よ良乃。いや、たしかに傷は大丈夫じゃないのだけれど、”怨気”がある以上はどれだけ休んでも怪我は治らないのだし、このままガンガン戦うわ。シャオランに任せっぱなしなのも悪いしね。プロなら己の失態は働いて取り返さないと」
「オリガさん……。りょーかいです。少しでも早くゴスロリちゃんを倒して、ゆっくり休みましょう!」
「ええ。地上への増援も止めないといけないしね」
オリガの回復は諦め、二人はシャオランの援護に向かう。
シャオランはこの間、一人でゴスロリ型を引き付けてくれていた。しかし、ゴスロリ型が新たに生み出したレッドラムに周囲を取り囲まれており、さしもの彼も劣勢気味のようだ。
「SHAAAAAAA!!」
「KUOAAAAA!!」
「くぅ……! ボクは氷の能力が使えないから、キタゾノやオリガみたいに『レッドラムが発生する前から血だまりを凍らせて止める』なんて芸当ができない……!」
「うふふ! ジワジワと血を吸って殺してあげるね! 乾燥した豆みたいに干からびちゃえ!」
「き、キミの方がボクより豆のくせにー!」
ゴスロリ型は筋肉型のレッドラムや大盾型のレッドラムなど体力に優れた個体を生み出し、これらのレッドラムを肉壁にして自分を守らせている。そしてゴスロリ型自身は遠距離から血のイバラを伸ばしてシャオランをいやらしく攻め立てているようだ。
ゴスロリ型の吸血攻撃は、少しかするだけでも相当な量の血を吸い取られてしまう。目の前のレッドラムたちや血のイバラを強引に突破しようとすれば、シャオランの方が先に力尽きてしまうかもしれない。うかつには攻め込めない。
そこへオリガと北園がやってきた。
二人同時に、猛烈な冷気をレッドラムたちめがけて発射。
「シャオラン、待たせたわね。下がってなさい!」
「みんな凍っちゃえーっ!!」
オリガと北園、二人の冷気が混ざり合い、さらに強烈な冷気となってレッドラムたちに襲い掛かる。
だがしかし、ここでゴスロリ型のレッドラムが右手を振り下ろし、大盾型に命令を下す。
「ワンパターンね! もうその手は通用しないわ!」
ゴスロリ型の命令を受けて、大盾型が左腕の盾を構える。
さらに、その盾の表面を赤いエネルギーが覆う。
赤いエネルギーに覆われた大盾は、オリガたちの吹雪を跳ね返した。
超能力”反射”によるものだ。
エネルギーを用いた攻撃を相手に跳ね返すことができる。
「しまった、反射された……! 良乃、あの吹雪を押し返せる!?」
「や、やってみます! ”発火能力”っ!!」
北園が放った炎が、反射されてきた冷気と激突する。熱気と冷気が反応を起こし、オリガたち三人もレッドラムたちも巻き込むほどの大爆発が発生した。
「くぅっ……!?」
「ひゃあああ!?」
「わわわ……!?」
爆発に巻き込まれた三人だが、幸いにも爆風の端に少し引っかけられた程度だったのでダメージは低い。
しかし、レッドラムたちもいまだ健在のようだ。
大盾型、筋肉型、そしてゴスロリ型、いずれも無傷である。
「うふふ! やるぅ! あのすごい冷気を相殺しちゃった!」
「ちっ……さすがに強いわね。ウラン・ウデで戦った時より動きに無駄がない。他のレッドラムへの命令も的確で、”怨気”まで使ってきている。あの小娘も本気を出してきたってことかしら」
「それじゃあそろそろ、スペシャルゲストの皆を呼んじゃうね!」
そう言って、ゴスロリ型がオリガたちの目の前に血の塊を放り投げてきた。血の塊は床に落ちると、予想以上に大きな血だまりとなって床の上に広がった。
その広がった血だまりが赤い泡を発生させ、数体のレッドラムが姿を現す。そのレッドラムたちは今までのレッドラムたちと比べると、かなり人間に近い容姿をしている。全身が血で作られているため真っ赤であることを除けば、ほぼ人間と変わらない見た目だ。
そしてそのレッドラム人間たちは、軍服や防弾チョッキのような装備を身に着けている。肉体はところどころがボロボロで、目に生気がない。まるで軍人のゾンビといったような風貌だった。
ゾンビのようなレッドラムたちは、目の前のオリガを見るや否や、ボソボソと言葉を発し始めた。
「オ前ハ……オ前ハァァ……!」
「オ前ノセイデ、俺タチハ死ンダンダァ……」
「許サナイ……オ前ダケハ……」