第97話 仲直り
ギンクァンが息絶え、雨は上がった。
女の子を抱きかかえたシャオランが、悠然と立っている。
空は、女の子を救ったヒーローを称えるかのように晴れ渡っている。
「く……」
しかしシャオランは、跪くように女の子を下ろした。
シャオランもまた、ギンクァンの猛攻をその身に受け、身体はボロボロだ。
「おにいちゃん、だいじょうぶ……?」
「だ、大丈夫じゃない……! けど、大丈夫……!」
「き、君。とにかくありがとう。けど、いったい今、何をしたんだい? こんなデカい化け物を素手で倒すなんて……」
「えーと、それが、ボクにもよくわからないんです」
女の子とその父親に返事をしながら、シャオランは自身の右拳を見つめた。
(今の赤色のオーラは『火の練気法』……。ボクの怒りの呼吸に反応したかのように沸き上がってきた……)
先ほどギンクァンを即死せしめた一撃、それはシャオランが習得を目指す『地水火風の練気法』、そのうちの『火の練気法』であった。
『火の練気法』は”大爆発”の気質。
纏った赤色のオーラが絶大な破壊力を生み出す、必殺の一撃。
その威力たるや、『地の気質』を纏った拳すら凌駕する。
「予想外だ。『星の牙』たるソイツがやられるなんてな」
「え!? だ、誰!?」
不意に頭上からの声を受け、シャオランは立ち止まる。
声の主は鮮やかな赤い鳥、ヘヴンだ。
「重火器も持たない生身の人間が、どうやって『星の牙』を倒したのか。興味はあるが脅威のがデカい。よって問答は無用だ。ここで始末する」
言い終わるや否や、ヘヴンから殺気が放たれる。
武人たるシャオランでも思わず身構えるほどの強烈なものだ。
「も、もう勘弁して……!」
本能が危機を察知する。
シャオランはまだ、ギンクァンとの戦いで受けたダメージを引きずっている。さらにこの場には、女の子と父親も残っている。
あの殺気から察するに、ヘヴンは相当な力を持つマモノだ。
それも恐らくは、いや間違いなく『星の牙』。
もはや万事休すか、とシャオランが思ったその時。
「させるかっ!!」
そう言って飛び出してきたのは、日下部日向だ。
『太陽の牙』を構えてシャオランをかばう。
「ヒューガ!? 何でここに!?」
「狭山さんから連絡を受けたんだ! ここに『星の牙』とシャオランがいるって!」
ギンクァンが雨を降らせたとき、狭山は衛星レーダーを使って『星の牙』がいるかどうかを探った。マモノが潜みそうな場所として、まず最初に目を付けたのが日向の家の裏山だった。
予想は見事に的中。その山の中でシャオランと『星の牙』――ギンクァンが戦っているのを確認した。
そこで狭山は、自宅にいた日向に連絡した。
場所が裏山なら、自身の元にいる日影よりも日向の方が早く駆けつけることができるからだ。
「……日下部日向か」
ヘヴンが日向の名を呟いた。
「『太陽の牙』の使い手。我ら『星の牙』最大の脅威。殺しても死なない再生能力者。……ケッ、ここでやり合うのは分が悪いか。退かせてもらう」
そう言うとヘヴンは忌々しそうに日向を睨んだ後、去っていった。
「……行ったか。ふー、怖かったぁ……。あの鳥、目つきが凶暴すぎだろ……」
緊張が解けた日向は、全身の空気が抜けたかのように脱力した。
『太陽の牙』を持つ腕をだらりとぶら下げる。
……が、不意にシャオランの方を振り返ると、いきなり叫び声を上げる。
「……おわぁ!? シャオラン、後ろ! マモノがいる!」
「え!? え!? どこ!? どこ!?」
シャオランは驚いて振り返るが、そこにいるのはシャオランに倒されたギンクァンだ。うつ伏せに倒れてピクリとも動かない。間違いなく死んでいる。
どうやら日向は、ギンクァンが力尽きていることに気付いていないらしい。シャオランが単独で、素手で『星の牙』を倒したとは、夢にも思っていないようだ。
「シャオラン退いて! 俺がヤツを引き付ける! 怖いけど!」
「あ、いや、ヒューガ、そいつは……」
「おらーっ! かかってこいこの野郎ー! このけむくじゃらーっ! 寝てるのかー!」
「いやあの、寝てるというか、もう死んでるんだよ……」
「死んでるのかーっ! このやろーっ! 死んで………え? 死んで、え? え?」
何言ってるんです? 相手は『星の牙』だよ? だよ?
そう目線で訴えかけるように、日向はシャオランとギンクァンを交互に見やる。
「……えーと、なんで死んでるの、コイツ?」
「ボクが倒したから……」
「倒したって、『星の牙』だよね? コイツ」
「えっと、うん。たぶん」
「どうやって倒したの?」
「いや、その、思いっきり殴ったら脳を潰しちゃって……」
「待って今なんて言った。いやよく聞こえたんだけど、俺の頭が理解を拒んでいる」
日向が信じられないのも無理はない。これほど巨大な怪物、仮に『星の牙』でなくとも、人間が素手で倒したなど到底信じられるワケがない。
だが日向は知っている。
シャオランは武勲を自慢するために嘘をつくような人間ではないことを。
つまりシャオランが言ったことは、ほぼ確実に真実。
何とか状況を飲み込むと、日向は口を開いた。
「……えーと、とりあえずシャオラン、人間卒業おめでとうございます」
「あ、はい、ありがとうございます……?」
なぜかペコペコと頭を下げ合う二人。
そんな二人のやり取りが終わると、先ほどシャオランが助けた女の子が、シャオランに話しかけてきた。
「おにいちゃん! さっきはたすけてくれてありがとう!」
「あ、う、うん。どういたしまして」
「おにいちゃん、せいぎのヒーローみたいだったよ! カッコよかった!」
「……本当に!? 嬉しいなぁ……!」
少しは自分も強くなれたのかな。
そんな風にシャオランは思い、嬉しそうに笑った。
その後、親子はシャオランたちに手を振りながら、山を下りていった。
その様子を見届けると、今度はシャオランが日向に話しかける。
「ヒューガ……その……さっきは助けてくれてありがとう……」
「あー、いや、気にしないで」
「そ、それとね、話したいことが……」
「……ああ。聞くよ」
そしてシャオランは、全てを話した。
アントリアに操られていた時、自分の中で何が起こっていたかも包み隠さず。
それを隠すことも、やろうと思えばできた。
しかしそれは、どこか卑怯に感じたのだ。
話すならば、全てを正直に。
そしてその全てに、シャオランは謝った。
「そんなことがあったのか……」
「ボクは……キミの友達失格だよぉ……。絶対許してなんかくれないよね……」
「いや許すよ?」
「だよね…………ん? あれ? え? 今、許すって……?」
「うん。悪いのはシャオランを操ったアントリアだから。それに、シャオランはそこまで正直に話してくれたのに、許さないなんて惨いマネは、俺にはちょっとできない」
「ひ……ヒューガぁ……」
「わ、わ、待って待って泣かないで」
シャオランは感極まって泣き出してしまう。
しかしすぐに涙を振り払い、日向に向き直る。
「ありがとう、ヒューガ。どうか、これからもよろしくね」
そして、精一杯の笑顔を作って、感謝の言葉を述べた。
「あ、ああ。ど、どういたしまして……」
日向は、照れくさそうにその言葉を受け止めた。
「……じゃ、帰ろっか」
「そうだね。……痛てて」
「そういえばシャオラン、怪我してるじゃないか。大丈夫?」
「あ、大丈夫だよ。これくらい……痛てて……」
「大丈夫じゃなさそうじゃん。ほら、俺で良ければ背負っていくよ」
「い、いやそんな、悪いよ。ボクは大丈夫だから」
「気にするなって。シャオランは小柄だから軽そうだし、ほら」
「こ、小柄……」
「あ、いや違う、今のは言葉のあやで……と、とにかく乗る!」
「わ、分かったよぉ……」
観念したシャオランは、大人しく日向におぶられる。
…………が。
(ぐああ重い!? シャオラン意外と重い!? こんなに小さいのに!?)
日向は、想像以上のシャオランの重さに戸惑っていた。
なにせ、シャオランは日々己を鍛えているのだ。筋肉は相当ついている。そして筋肉は脂肪よりずっと重い。その分、シャオランも重くなる。
(け、けど、カッコつけてしまった手前、やっぱり降りて、なんて言えるワケない……!)
覚悟を決め、歯を食いしばって立ち上がる日向。
シャオランの重みで、思わず足がふらつく。
そして右に左にと揺れながら山を下り始めた。
その途中で……。
「……あ、そういえば、ボクのスマホがそこの崖の下に落ちてるんだけど……」
「え、どこ? この下?」
シャオランの声を受け、日向は崖下を覗き見る。
しかし、濡れた腐葉土とシャオランの重みが合わさり、日向は足を滑らせてしまった。背負っていたシャオランも一緒に落ちる。
「うおわわあああああああ!?」
「わわわわわわわわわあ!?」
ズザザザザ、と枯れ葉が積もった坂を転げ落ちる二人。
下の地面は柔らかく、幸い、二人はほとんど怪我をせずに済んだ。
「痛ててててて……シャオラン、大丈夫……?」
「…………。」
「ゴメン、足が滑ったみたいで…………シャオラン? なぁ、大丈夫?」
「……大丈夫じゃないよぉぉぉぉぉ!!!」
瞬間、シャオランは日向の肩をガクガクと揺らしながら、猛抗議を始めた。
「あがががががががががが待って揺らさないで」
「なんで足なんか滑らせちゃうの!? ビックリしたよ!! 超ビックリしたよ!! ボクもう死ぬかと思ったよ!? というか死んだよ!! 寿命50年分くらい縮んだよ!! 死んだも同然だよぉ!!」
「わ、悪かった、悪かったって。俺もさっき許したんだから、シャオランも許して、ね? ね?」
「絶対に許さないよ!? ヒューガのドジ! ドジ! マヌケー!」
「あ、おま!? 人が気にしてることを!? よくも言ったなこのチビ!」
「あっ!? ボクのことをチビって言ったなぁ!?」
「ああ言ったよ! 人間の器も身長並みの小ささだなっ!」
「なんだとこのヤロー!?」
「なんだやんのかー!?」
その日、日向は、シャオランとリンファがあれだけ言い争いをしながらも仲が良い理由が、何となく分かったのだという。