第11話 日常と隣り合わせの異常
北園と共に、白狼やアイスベアーを倒してから三日後の昼下がり。
外は、二日続けての雨だった。
「………さて」
日向は遅めの昼食を終えると、自室に戻る。
ちなみに両親は仕事である。家には日向一人である。
日向は机の上のパソコンに向かい、電源を付けた。
三日前のアイスベアー討伐から、日向はインターネットであのようなモンスターの情報を調べている。すると、いくつか情報が見つかった。
まず、アイスベアーのような謎の凶悪生物は現在、世界各地で目撃されている。そしてその姿かたちも様々だ。家ほどもある巨大な虫を見たという人もいれば、海で謎の怪生物を見たというニュースもあった。
そして、そういった凶悪生物のことを、ネット界隈では「マモノ」と呼称しているようだ。
また、気になる点が一つ。
この「マモノ」についての記事が、どんどんインターネットから消えているようだ。ついさっきまで見ることができたサイトが、もう一度開いてみるとアクセスできないという出来事が既に数回続いている。
「国が情報を隠してるとか? いや、流石にそれはどうだろう。映画じゃあるまいし、そんなことあるのかなぁ……」
それと、日向が拾った謎の剣に関してだが、こちらは全く有力な情報が見つからない。似たような伝説、伝承を持つ武具を調べているが、成果はさっぱりである。
「とりあえず、剣の形からして西洋の物である可能性は高いと思うけど……。持ち主を選ぶ剣と言えば、アーサー王が引き抜いた剣だけど、持ち主を不死身にするのは鞘の能力だし、持ち主の影を切り離すような話は聞かないし、やっぱり違うかなぁ」
あとついでに、消えた自分の影の行方についても、日向はインターネットで軽く探している。あの、顔さえ真っ黒な姿は、街中などに出れば大層目立つだろう。今このご時世、誰かが見かければ即刻SNSに晒されると思ったが……。
「全然見つからん。まだあの山で迷子になっているんだろうか?」
期待に反して、目撃情報は皆無だった。
「これ以上ネットを漁っても収穫は得られそうにないな。うん。雨も降ってるし、今日はもう、一日中ゲームだな、うん」
そう言ってテレビゲームの電源をつけようとすると、スマホの着信音が鳴り響く。見てみると、そこには「北園さん」の文字が。
「……嫌な予感がする。具体的に言うとマモノ退治の予感が……」
しかし無視するわけにもいかないので、日向は観念して電話に出た。
「もしもし? 北園さん?」
『あ、日向くん! 大変なのよ!町の中に変な生き物がいる!』
(ほら見たことか。マモノだよ)
今からゲームをしようと思っていたのに。
苦い顔をしつつも、日向は北園と話を続ける。
「それってやっぱり、この間の熊みたいな?」
『そうそう! こっちに攻撃してくるの! って、うわわわ!?』
「ちょ、北園さん!? 大丈夫!?」
『な、何とか。できれば日向くんも来て! 手伝ってくれると嬉しいなーって!』
「し、仕方ない……!」
まさか無視してゲームをしている訳にもいくまい。
日向は北園の現在地を聞くと、通話を切る。
レインコートを着こみ、剣を布で包んで隠して準備完了。
しっかり戸締りをして、家を出発した。
◆ ◆ ◆
北園に示された場所は、街を流れる河の河川敷だった。
河は降り続く雨の影響で増水し、流れも速くなっている。
ちなみに、目的地から家までは、結構な距離があった。
ひぃこら言いながら、日向は自転車を漕ぎ続けていた。
「多分、この辺りにいるはずだけど……」
言いながら、日向は自転車を走らせ北園の姿を探す。
「……いた!」
見ると、日向が走っている土手の下に、北園の姿があった。
自転車を止め、北園の元に走り寄る。
「北園さーん! 来たよー!」
「あ、日向くん! 良かったー! 来てくれなかったらどうしようかと!」
「さ、流石にそこまで薄情にはなれないよ? ……で、例のマモノはどこに?」
「『マモノ?』」
「あ、あぁ。ネットで調べたんだけど、あの熊みたいな凶暴な動物がマモノって呼ばれてるらしいよ」
「へぇー、そうなんだ。……あ、そのマモノだけど……」
そう言って北園が背後を指差す。
するとそこから、蒼いハリネズミのような姿をした生き物が、地面から這い出てきた。
「あらかわいい」
日向は、思わず呟いた。
その生き物は、小ぢんまりしており、愛らしい瞳を持ち、人の庇護欲を駆り立ててくる。
と、ここでそのハリネズミのようなマモノがバチバチと火花を散らす。
「チィィィ……!」
「へ?」
「日向くん、避けて!」
北園が叫ぶより早く、マモノは日向に向かって蒼い電流を発射した。
「チィィィ!」
「ぎゃああああ!?」
バリバリと電撃を受け、倒れる日向。そして……。
「ぐああああ熱いいいいい!?」
日向の全身がチリチリと燃え出す。
先日、アイスベアーに腹を切り裂かれた時と同じだ。
負傷すると、受けた傷が燃え出し、回復していく。
そして、火が消えるころには、傷は跡形も無く焼き尽くされた。
(しかし、感電の火傷をさらに焼いて治すとか、この剣は鬼か……)
日向は立ち上がりながら、自分の持っている剣を恨めしそうに見つめた。
「日向くんのカタキー!」
北園は右の手の平をマモノに向け、右手首を左手で握りしめる。そして右手から冷気を発生させ、氷塊を生成。氷弾としてマモノに撃ち出した。
氷弾を三発、四発と連射し、命中させる。
ハリネズミ型のマモノは息絶えた。
「日向くん、大丈夫? 治癒能力は……必要なさそうだね」
「うん。もう治った。治し方に問題大アリだけどな」
「いちいち傷を焼かれるのは、さすがにねぇ……」
「……っと、新手だ、北園さん」
そんなやりとりを交わしていると、周囲の地面から新たに三匹のマモノが這い出てきた。いずれも先ほどと同じ、蒼いハリネズミのマモノである。その内の一匹が、再びバチバチと火花を放つ。
「チィィィ……!」
「北園さん、援護よろしく!」
「りょーかい!」
火花を放つマモノに向かって、日向は回り込むように距離を詰める。
マモノが日向に向かって電撃を放つが、命中しなかった。
「思った通り、大きく動いていれば当たらないな!」
電撃を避けきったことを確認すると、一気に距離を詰め、マモノに剣を振り下ろす。すると電撃ハリネズミは一撃で絶命した。
「電撃を放つハリネズミだから、コイツの名前は『サンダーマウス』にしよう」
そう言いながら北園の方を見ると、先ほどと同じく氷弾で一匹のサンダーマウスを仕留めていた。しかし、残ったもう一匹のサンダーマウスがバチバチと火花を散らし、北園に狙いを定めている。
「北園さん、左だ!」
「分かってるよー!」
サンダーマウスが電撃を放つと同時に、北園が横に跳んで電撃を避ける。
そのちょうど後ろにいた日向の頬を、電撃がかすめた。
「ひええ!?」
突然の流れ弾に、変な声が出てしまう日向。
北園から電撃バチィ!を喰らった時もそうだったが、彼は電気を苦手としている。
サンダーマウスは、再びバチバチと放電を始める。
どうやら連射は出来ないらしい。
「隙ありー!」
「キュウ……」
サンダーマウスが電撃を放つより早く、北園が鋭い氷弾でサンダーマウスを撃ち抜き、息の根を止めた。
「……終わったかな?」
「そうかも」
日向の呟きに、北園が返答する。
「いや、しかしまぁ、こんな街中にもマモノって出てくるのか。世の中どうなってるんだ?」
「ホント、どうなってるんだろうね。買い物帰りにここを歩いてたら、いきなり土手の下から雷がとんでくるんだもん。びっくりしたよ」
どうやら北園は買い物帰りだったようだ。
それでここを通っていたら、先程のマモノに出くわしたらしい。
「どうする? 今日はもう帰ろうか?」
「そうだね。マモノも倒したし、帰ろっか」
「……荷物、家まで持とうか?」
「あははは、ありがと。でも大丈夫だよ。気にしないで」
会話を交わしながら、土手の方へと歩いていく。
その時、一層強くなった雨風が吹き付けてきた。
「わぷ……っ!?」
北園はたまらず顔を覆う。
激しい雨に打たれ、北園はすっかり濡れネズミだ。
「もう! 全身びしょ濡れだよ!」
「……なぁ北園さん」
「え、何?」
「俺たち、まだ帰れないらしい」
「へ?」
日向が土手の上を指差す。
そこには雷雲を思わせる毛並みを持つ、巨大な狼のようなマモノが立ちはだかっていた。