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第95話 牙折る剛拳

「でやああああああああああ!!」


 シャオランの、悲鳴混じりの掛け声が響き渡る。

 ギンクァンに向かって、シャオランが真っ直ぐ走っていく。


「ホ!」


 迫るシャオランに向かって、ギンクァンが右ストレートを放つ。

 それを掻い潜り、シャオランはギンクァンの懐に潜り込む。

 そして……。


「はぁッ!!」

「ホッ!?」


 裡門頂肘りもんちょうちゅうを叩き込んだ。

 シャオランの倍以上の体躯を誇るギンクァンの身体が、くの字に曲がる。


「ふッ!!」

「ホホォ!?」


 続いて、裏拳の要領で左の肘をギンクァンのみぞおちに突き刺す。

 ギンクァンは衝撃のあまり後ずさり、後ろに生えていた木の根に足を引っかけ、転んだ。


「や、やった! 効いてる!」


 シャオランの攻撃は、ギンクァンの弱点を捉えたようだ。



 尋常ならざる生命力を誇る『星の牙』を倒す方法は、基本的に以下の三つ。

 一つ。弱点となる属性をぶつけること。

 二つ。弱点となる部位を集中的に攻撃すること。

 三つ。『太陽の牙』。


 

『弱点となる属性』は、マモノの性質によってそれぞれ異なる。

 植物の『星の牙』なら、炎や冷気、酸や斬撃。

 鳥型の『星の牙』なら、雷。

 炎を操る『星の牙』なら、冷気。

 氷を操る『星の牙』なら、炎。

 弱点として対応する属性で攻撃することで、『星の牙』に大ダメージを与えることができる。



『弱点となる部位』もまた同じようなものだ。

 多くの場合は、頭部や心臓。

 硬い殻で身を包んだ『星の牙』なら、その殻の隙間を。

 大口を開けて迫ってくる怪獣のような『星の牙』なら、その口内を。

 不定形の『星の牙』なら、これといった弱点は無いかもしれない。



『星の牙』は強大な存在だが、大抵の場合、これらに当てはまる何かしらの弱点を有している。そこを突くことが、対『星の牙』戦における基本とされている。



 分かる人には、『星の牙』との戦いは、ガンシューティングゲームのボス戦と言えばイメージしやすいだろうか。

 ガンシューティングゲームのボスは、特定の部位を狙い撃ちすることで大きなダメージを与えることができる。それ以外の部位を撃つと、ほとんどダメージを与えられない。

 


 そして、『太陽の牙』を持っているのは、日向と日影の二人だけ。

 それ以外の者たちは、必然的に一番目か二番目の方法で『星の牙』と戦わなければならなくなる。


「ま、まだコイツが『星の牙』って決まったワケじゃないけど、通常のマモノだろうと『星の牙』だろうと、狙う場所に変わりはないよね……!」


 シャオランは今、ギンクァンのみぞおちに二度、攻撃を叩き込んだ。そのどちらともに、良い手ごたえを感じた。

 ギンクァンの弱点は、多くの人型のマモノと同じく、身体の正中線の五か所で間違いない。


「ホッ! ホッ!」


 ギンクァンも、黙ってやられてはいない。

 長く太い両腕を振るって、シャオランに反撃を開始する。


 しかし、ギンクァンの攻撃は、パワーはあるものの動きが遅い。シャオランからしてみれば、落ち着いて対処すれば十分に避けられる攻撃だ。その攻撃の隙を突いて、一気に攻める。


「ふッ!! はッ!! せいやッ!!」

「ホホォッ!?」


 掌底、鉄山靠てつざんこう双掌打そうしょうだの連撃を受け、ギンクァンはたまらず後退する。それを逃さず、シャオランは一気に攻め立てる。


(よ、よぉし、良い調子だ……! コイツ、動きが鈍いから攻撃し放題だ……! このままいければ、勝てるかも……!)


 ギンクァンに猛攻撃を仕掛けながら、シャオランは余裕の笑みを浮かべる。


 一方のギンクァンは、シャオランの攻撃を防御しながら、ジッとシャオランを見据えている。その様子は、まるで反撃のチャンスを虎視眈々と狙っているかのようだ。


(……いや待って。さっきからボクの攻撃、どうも上手くいきすぎてるような……まさか、誘い込まれてるんじゃ……!?)

 

「ホォッ!!」


「ひいっ!?」


 シャオランが、誘い込まれている可能性に思い至ったその瞬間、ギンクァンは先ほどとは打って変わった素早い動きで、シャオランに両手を伸ばしてきた。


 シャオランは、ギリギリのところで身を屈め、ギンクァンの両手を避けた。


 伸ばされたギンクァンの両手は、シャオランの後ろにあった木を掴む。

 瞬間、太い木の幹がミシリと握り潰された。

 ペットボトルでも握り潰すかのように、軽々とだ。


「あわわ、あわわわわわわ……!?」


 シャオランの顔が瞬時に青ざめていく。


 今までの鈍重なパンチはあくまで牽制。

 そのスローな動きに慣れさせて、あの素早い掴みかかりで不意を突き、仕留める。


 緩急というテクニックを用いた、即死級の一撃。

 これこそがギンクァンの必勝パターン、必殺の握り潰し攻撃だった。

 シャオランの幸運に邪魔され、まんまと避けられてしまったが。


「ホ……」


 悔しそうに、一声鳴くギンクァン。


 握り潰された木の幹は、原形も留めていないほどにグシャグシャだ。あともう少し、誘い込みの可能性に気付くのが遅れていたら、シャオランがああなっていた。


(だ、ダメだぁ……怖いよぉ……。ボクって普段は怖がりのクセに、ちょっと物事が上手くいくと、すぐに調子に乗っちゃうから……。今回もそのせいで、あの握り潰しを喰らいかけちゃったし……。もう無心で! 無心で戦わないと……!)


 そう決意したシャオランだったが……。


(あれ? でも、たしかサヤマは……)


 ふと、昨日の狭山との会話を思い出した。



◆     ◆     ◆



「脳波、神経系、共に異常なし。良かった、シャオランくん。もうすっかり回復したみたいだね」


 昨日、クイーン・アントリア討伐後。

 駆け付けた救護車車内にて。


 クイーン・アントリアの魅了から解放されたシャオランを見て、狭山は言った。しかしシャオランは浮かない表情をしている。


「サヤマ……。ボクは、なんてことを……。ヒューガに攻撃してしまった……」


「覚えているんだね。操られていた時のことを」


「うん……」


「君は、他の人より洗脳が解けるのが遅かった。君自身は何か心当たりはあるかい?」


「い、いや……何も……」


 シャオランはそう言うが、実際のところはこの時点ですでに分かっていた。

 自分は、クイーン・アントリアの甘言に誘惑され、進んで彼女の駒になっていたことを。


 しかしこの時は、気持ちの整理がつかず、それが言えなかった。


「そうか。まぁ気にしないで。後から何か思い出したりしたら、その時教えてほしい」


「……うん、分かった」


 シャオランの返事を聞き、狭山は救護車から立ち去ろうとする。

 が、急に足を止め、シャオランに向き直った。


「あ、そうそう。ついでに一つ、言っておきたいことが」


「え? 何……?」


「感情に不必要なモノなんてない。全ての感情が、君という存在を形作っているのだから」


「……それは、一体どういう意味?」


「なんとなく、今の君に必要そうな言葉だと感じたんだ。練気法を極めたいのなら、この言葉は覚えておいて損はないと思う」


「練気法を……? わ、わかったよ」


「うん。じゃあ自分は他の人の様子を見てくるよ。君はもう少しここでゆっくりしておくといい」


 そう言って、狭山は今度こそ救護車を後にした。



◆     ◆     ◆



「……サヤマの話をそのまま受け止めるなら、怯えも、調子に乗ることも、必要な感情っていうこと? 練気法を極めるために? でもさっきは、その感情のせいで危ない目に合ったし……。だいたいそもそも、一体何が狙いであんな言葉を……? ……あーもー!! 訳が分からなくなってきたぁー!!」


 シャオランが、頭を抱えて叫びをあげる。

 その一方で、ギンクァンも……。


「……ホァァァァァァァッ!!!」

「ひぃっ!?」


 耳をつんざくような叫び声を上げた。

 直後、空が突然曇りだし、雨がザアザアと降ってきた。


「天候変化……! や、やっぱりコイツ、『星の牙』だ……!」


 突如として使用してきた、ギンクァンの異能。

 頼りにしていた握り潰し攻撃をまんまと晒してしまったので、戦術を変えてきた、といったところだろうか。

 


 降り注ぐ雨は激しいが、風や雷は伴わない。

 これはただの大雨。嵐ではない。

 つまりギンクァンは、”大雨レインストーム”の『星の牙』だ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ああっ、愛しのシャオランくんっ……!!(すいません) マモノの性質によって弱点が違うのですね〜! 設定がしっかりしていらっしゃってすごいのです(*⁰▿⁰*) ギンクァンの握り潰し攻撃、怖っ…
2022/11/01 18:59 退会済み
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