第94話 ギンクァン
「はぁ…………」
引き続き、シャオランは裏山で落ち込んでいた。
「というか、アレだよ……ボクはリンファからも逃げちゃったから、リンファもきっと怒ってるよ……。ボク、家に帰れないじゃん……。よし、人間失格のボクは、今日からここを家にします……」
そう呟くと、シャオランはなぜか、近くの落ち葉を集め始めた。
枯葉のベッドでも作ろうというのだろうか。
「わーい……夢のマイホームだぞぉ……」
……と、その時だ。
ガサガサ、と近くの茂みが揺れる音がした。
「ん!? なに!? 何の音!?」
シャオランは、慌てて周囲を見回し始める。
次いで感じたのは、自分に向けられた濃厚な殺気。
「あ、あのー……どちら様でしょうか……。ボクは哀れなこじき、一銭だって持ってませんよー……。だから物盗りなら余所に行ってくださーい……」
殺気が向けられたと感じた瞬間、気配の主に対して下手に出るシャオラン。そして、茂みの向こうから現れたのは……。
「ホ。」
ヘヴンからシャオラン抹殺の命を受けた、巨大な白色の猿、ギンクァンだ。
「ぎゃあああああああああマモノだあああああああああ!!!」
ギンクァンの姿を見るや否や、全速力でシャオランは逃げ出した。
逃げながら、念のためにと持ってきたスマホを道着のポケットから取り出す。
「え、ええと! 誰か助けを呼ばないと! まずはアドレス帳の開いて……あ、ヒューガの番号見つけた! さっそく通話を……」
シャオランは、スマホで仲間たちを呼ぶつもりらしい。
恐怖心によって、日向とは気まずい関係であることも忘れ、通話のマークをタッチする。
「ホ!」
「痛ったぁ!?」
……しかし、シャオランが逃げたのを見たギンクァンは、シャオラン目掛けて、足元に落ちていた大きめの石を投げつけてきた。石はシャオランの首の後ろに当たり、その衝撃でシャオランはこけてしまう。
しかもその拍子に、持っていたスマホを、その先の崖に落としてしまった。
「え、あ、ちょ、嘘!? ウソぉぉぉぉぉぉぉ!?」
シャオランの悲痛な叫びが、森の中にこだまする。
しかしいくら泣き叫ぼうと、落ちてしまったスマホは戻ってこない。
そして、シャオランの後ろからはギンクァンがのっしのっしと歩いて追って来た。
「ホ。」
「あわ……あわわ……あわわわわわわわわわ…………」
シャオランを見下ろすギンクァン。
そしてシャオランは、ギンクァンを見上げながら、尻もちをついたまま後ずさりする。
しかしシャオランの背後は、スマホが落ちていった断崖絶壁。
もうシャオランは逃げられない。
そして、仲間を呼ぶことも、できない。
「あ、あの、ダメもとで聞くけど、謝れば見逃してもらえたり、なんて……」
「ホ。」(首を横に振る)
「だ、だよね、うん……そうだよね……知ってたよ……うん……」
シャオランの表情が絶望に染まる。
彼はもはや、完全に諦めていた。
ただし、諦めたのは、『逃げること』だ。
「それじゃあもう、戦うしかないじゃないかあああああああああ!!」
泣き叫びながらも、八極拳の構えを取るシャオラン。
普段は臆病ながらも、最後の最後の土壇場では、鍛え上げた己の武を信じる。そんなシャオランは、やはり根っからの武人なのだろう。
ひとしきり泣き叫ぶと、大きく息を吸い込み、そして吐いた。
すると、彼の身体から砂色のオーラが漂い始める。『土の練気法』だ。
そして、先ほどの情けない姿が嘘のように、ギンクァンを鋭い眼差しでキッと睨みつけた。
「ホ。」
ギンクァンもまた、戦闘態勢を取る。
追い詰めたと思った獲物が、自分に対して牙を剥いたのを、ギンクァンはしっかりと感じ取っていた。
「も、もうこうなったらやぶれかぶれだ! 覚悟完了、よし行くぞーっ!」
そしてシャオランは、ギンクァンに向かって、真っ直ぐ駆け出した。
◆ ◆ ◆
その頃。こちらは日向の自宅。
日向は、リンファから『シャオラン挟み撃ち計画』の失敗を告げられ、自宅でくつろいでいた。
「ああでも、シャオランのことが気になって、落ち着かないなぁ……。せっかくのゲームも楽しみが半減じゃないか……。ほら見てくれ、せっかく無名の王をノーダメージで倒せたのに、あまり嬉しい気持ちが湧いてこない」
と、その時、日向のスマホが着信音を鳴らした。
画面を見てみると、シャオランからのようだ。
「あ、シャオランから……!?」
急いで電話に出る日向。
……しかし、シャオランからの返事は無い。
「あれ? シャオラン? もしもし? もしもーし?」
何度か呼び掛けてみるものの、やはり返事は無い。
日向は知らないのだ。
この電話がかかったその瞬間、シャオランはギンクァンから石を投げられ、スマホを落してしまったことを。
「…………シャオラーン。俺は全然気にしてないからねー。今度、一緒に飯でも食べようなー。……さて。これが無言電話だとして、シャオランが今の言葉を聞いてくれてたらいいんだけど……」
日向は、「シャオランは、気まずさから無言電話をしてしまった」と解釈し、誰も聞いていない通話先に向かって声をかける。
シャオランの電話は、あと一歩のところで、日向に届かなかったようだ。