第89話 日向VSシャオラン
「うあっ!?」
福岡市地下鉄、改札口にて。
シャオランの肘を受け、壁まで吹っ飛ばされる日向。
咄嗟にガードしたものの、ガードごと腕を潰されてしまった。
体勢を整える暇さえ与えず、シャオランが日向に追撃を仕掛ける。
ズシン、と震脚の音が響き渡る。
今までは頼もしさすら感じていたその轟音も、現在は死を告げる晩鐘にしか聞こえない。
「ハァァァッ!!」
「くっ!?」
咄嗟に身をよじって、突き出されたシャオランの拳を避ける。
日向の背後に設置されていた券売機がグシャリと音を立て、無残に破壊された。
「め……メチャクチャしやがる……!」
シャオランの拳の破壊力を改めて目の当たりにし、日向はシャオランから距離を取る。しかし、大きく離れることはしない。つかず離れずを維持する。少しでもシャオランを自分に引き付けるために。
「ああ、くそ。こんなことならあの日、もっとシャオランの動きを学んでおくんだった……!」
日向は悪態をつきながら、あの一日だけの八極拳部を思い出す。
あの時、「シャオランの本気の肘を喰らったらどうなるか」などと考えていたが、最悪の形で体験することになってしまった。
「フッ!!」
「くっ……!」
シャオランは、日向に素早く接近し拳を振るう。
その拳を上手くはたき落とし、シャオランの攻撃を防ぐ。
始めはシャオランの達人然とした動きに翻弄されていた日向も、少しずつその動きについて行けるようになった。テレビゲームなどで、八極拳が如何なる拳法か知っていたという点も大きいだろう。それに、先日の一日八極拳部でシャオランが動きを教えてくれたのも役に立っている。
攻撃の軌道とタイミングが分かれば、さすがの日向でもシャオランの攻撃を捌くことくらいはできる。それでもなお、常にギリギリの回避であるが。
「くそ、いつもの怯えが無い分、余計に強くなってないか、これ……!」
だが、やはりシャオランは、戦闘経験豊富な武人であった。
動きが読まれていると感じるや否や、すぐさま別の動きに切り替える。
「フンッ!!」
「うおっ!?」
シャオランは日向の腕を取って、自身の方へと引っ張った。
突然腕を引っ張られた日向は、あっけなく体勢を崩す。
「ハッ!!」
「ぶっ!?」
前のめりになった日向の顔面に、シャオランが裏拳を叩き込む。
仰け反り、後ずさる日向に接近し、拳を叩き込み、膝蹴りを食らわせ、掌底を振り下ろす。その一撃一撃が、日向の骨にヒビを入れるほどの強烈な破壊力を有している。
「ぐ……このぉぉぉ!!」
連撃のダメージに耐えながら、日向はシャオランに飛びかかる。
しかし達人たるシャオランに単調な攻撃など通用しない。
飛びかかってきた日向の懐に潜り込み、肘を打ち込む。
腹に頂肘を喰らい、下がった日向の顔面に、今度は裏拳を叩き込む。
そして仰け反った日向の身体に、もう一発肘を打ち込んだ。
激痛に耐え兼ね、日向は床に倒れてしまった。
「う……ぐ……」
殴られた痛みと”再生の炎”の痛みに耐えながら、なんとか身を起こそうとする日向。
しかし、その日向の足を、シャオランが掴む。
「えっ? う、うわっ!?」
シャオランは日向の足を掴むと、そのままジャイアントスイングの要領で日向を振り回し、ぶん投げた。
投げられた日向は真っ直ぐ飛んでいき、その先の駅員窓口のガラスを破壊し、その先の壁に激突して、倒れた。
「…………く……」
人の身で耐えられるようなダメージではない。
それでも日向は身を起こす。
”再生の炎”は、日向の死を許さない。
背中に突き刺さったガラス片が、”再生の炎”によって焼き尽くされていく。
何とか意識を回復した日向は、すぐさま顔を上げる。
ちょうど、シャオランが自分に向かって飛び蹴りを仕掛けているところだった。
「うわわわっ!?」
慌てて日向は真横に身を投げ出し、シャオランの蹴りを回避する。
ズドン、と先ほどまで日向がいた床を踏みつけるシャオラン。
踏みつけられた床がひび割れている。
あともう少し復活が遅かったら、今ごろ日向の頭がああなっていた。
「あ、危なかった……。けど、この状況は……」
日向は周りを見渡す。
ここは駅員窓口の内部。
動けるスペースは、随分と狭い。
これではとてもシャオランの攻撃を回避できない。
そして、八極拳は超接近戦を得意とする。
ここは、シャオランにとって最高に有利な場所だ。
「やばい、逃げないと!」
慌てて出口を探す日向。
しかしそれらしいものを見つけることができず、窓はガラスに阻まれている。
そうこうしているうちにシャオランが距離を詰めてきた。
背後は窓ガラス。後ろに下がることさえできない。
「だったら、攻めるしか……!」
咄嗟に前に出てシャオランを取り押さえようとする日向。
しかしシャオランはすぐさま足を止め、通天炮で日向を迎え撃った。
「ぐふっ……!?」
日向の心臓に、シャオランの振り上げた拳がめり込んでいく。
大量の血を吐き、日向の身体がガクリと落ちる。
「ハァッ!!」
倒れる日向の顔面に、シャオランは掌底を突き出した。
日向は反射的に腕を交差させガードするも、掌底の威力を殺し切れず、吹っ飛ばされた。
そのまま背後のガラスをぶち破り、駅員窓口から叩き出される。
意識が、死の暗闇に沈む一歩手前だ。
「く…………ぐ…………」
”再生の炎”をフル稼働させ、何とか意識だけは保つ。
痛みと、熱さと、スタミナ切れが日向を襲う。
意識が朦朧とする中、再びシャオランが接近してくるのが見えた。
「ぐ………!」
シャオランの攻撃に備えようとする日向。
しかし日向が体勢を整えるより早く、シャオランは日向に接近し、その心臓に一発、拳を叩き込んだ。
「――――――………。」
その一撃だけで、日向の意識は掻き消えた。
日向は生命活動を停止した。
「………はっ……はっ……は……」
日向は再び息を吹き返した。
しかしすぐには起き上がらず、死んだフリを続けて状況を確認する。
目の前には、シャオランが静かに佇んでいる。
日向の生死を確認しているのか、日向をジッと見つめている。
「う……」
日向の顔に、怯えの表情が浮かぶ。
目の前のシャオランが、絶対的な死神として映っている。
(このまま起き上がれば、きっと俺はまた、シャオランに殺される。キツイ。もう嫌だ。何で俺がこんな目に。終わりが見えない。この地獄はいつ終わる。俺はあと何回死ねばいい。あと何回、この身を炎に燃やされればいい。もう耐えられない。いっそこのまま……)
日向の持つ『太陽の牙』の”再生の炎”は、日向の意思で止めることができる。つまり、日向の心が折れた時が、彼の死である。
日向はもはや限界だった。
スタミナはとうの昔に空となり、性根はすでに燃え尽きた。
無理もない。一介の男子高校生に、何度も襲い来る死と熱に耐え続けろなどと、あまりに荷が重い。ここまでよく耐えたと、彼を褒め称えるべきだろう。
日向は、倒れたまま動かない。
シャオランは、日向が沈黙したことを確認すると、歩き出した。
北園を追撃するために。
「待てよ…………」
「ッ!!」
シャオランが振り向くと、そこにはフラフラになりながらも立ち上がる日向がいた。
これだけボロボロになってもなお、彼はシャオランを止める気なのだ。
(俺がここで倒れれば、シャオランは北園さんを追いかける。きっとシャオランは、容赦なく北園さんを殺すだろう。それだけは、避けないと)
口から出てくる血反吐を、服の袖で拭いながら、日向は立ち上がる。彼の服は、あちこちが乾いた血ですっかり赤黒く染まっている。
(それに、万が一この状態のシャオランが地上の街に出ようものなら、きっと凄絶な大虐殺が繰り広げられるに違いない。それだけは、避けないと……)
床に落ちていた『太陽の牙』を拾い上げる。
その重量を支え切れず、日向の両肩が下がる。
だがその状態のまま、日向は剣を構える。
(シャオランを、人殺しにするワケにはいかない。アイツは、本当はこんなことをする奴じゃない。シャオランを、マモノの好きにはさせない。絶対に止めてやる……!)
日向が立ち上がる理由。
それは、北園のためでもあり、人々のためでもあり。
そして何より、シャオランのためだった。
『日向くん! 北園さんがクイーン・アントリアと交戦体勢に入った! もう少しだけ耐えてくれ!』
狭山からの通信が入る。
それは日向にとって最高の知らせだった。
もうすぐこの地獄が終わるという、希望の知らせ。
北園がクイーン・アントリアを討伐したら、きっとシャオランも元に戻る。
(はっ……はぁっ……、そういえばそうだった。もとよりこれは、俺が望んだことだった。俺が身体を張って全部丸く収まるなら、喜んでそうしてやる……!)
「フウウウウウウ……」
シャオランが日向を見据える。
今にも襲い掛からんと、床を踏みしめ、拳を構える。
淡い砂色のオーラが、シャオランの五体から発せられる。
「……来い、シャオラン!! お前が殺していいのは俺だけだ!!」
「オオオオオオオッ!!!」
シャオランが拳を振り上げ襲い掛かる。
日向は逃げも隠れもせず、真っ向からシャオランに立ち向かった。