第1話 いつもの日常
連載を始めました。
これから宜しくお願い致します。
あ、これ死ぬかも
そう思った瞬間、様々な出来事が次々と浮かんでは消えていく。
あぁ、これが走馬灯かと刹那の時間に緋色は思った。
***
「……さーん」
「鳥居さーん、」
女の人が呼んでいる。
「はーい」
私も返事をして、作業を中断して、彼女の方へ向かった。
私が今いるのは、とあるベンチャー企業の実験施設。
一応、私はベンチャー企業の正社員で、呼んでいる彼女は私と同期の子だ。
「なんでしょうか?」
実験用のニトリルグローブを外しながら訊ねた。
「あ、居て良かった。これ、昨日あなたが発注してた試薬が届いたの」
わざわざ届けに来てくれたようだ。
「ありがとうございます」
お礼を言って、彼女から褐色の瓶を受け取った。
「ねぇ、もうすぐお昼だから、このあとどっか食べに行かない?」
そういえば、もうそんな時間か。
実験をしていると、あっという間に時間が過ぎてしまう。
「良いですね、是非お願いします。」
「もうー、同期なんだから、もっとくだけて話してもいいのよ」
そう言われても、敬語がデフォルトなんですが……。
私も他の人みたいに彼女のことを照子ちゃんとか呼べたらいいのだけれど。
「すみません。敬語が癖になってるもので」
「そうなんだー。別に謝らなくても良いけどさ。あ、それより、お昼はどこにする」
うーんと悩んでみるが、今居る場所の周辺で、食事できる所はわりと少ない。
「ちょっと遠いですけど、ショッピングモール行きませんか。
あそこなら色々な店やフードコートもありますし」
「そうね、車があればそんなに時間がかからないし、決定ー」
そのあと、12時に会社の入り口で待ち合わせをすることになった。
「さて、急いで片付けるか」
大急ぎで実験器具の片付けを済ませると、実験用の白衣を脱ぎ、薄手のパーカーを羽織り、会社の入り口へ向かった。
もう既に、彼女こと天野さんは待っていた。
「すみません、遅くなりました」
「ううん、私も今来たところよ」
「じゃあ、行きましょうか」
「うん、レッツらゴー」
天野さんの車の助手席に座る。
私も車で来ているが、今回はあまのさんが運転をしてくださるそうだ。
「あ、そういえばこの間借りた本、すごく面白かったよ」
信号待ちの間、あまのさんが笑いながら言った。
「あの本、面白いですよね」
自分も面白いというか控えめに言って最高だと思っているので、同意を得られて内心すごく嬉しい。
その本は少女マンガで、名前を万世不朽のファンタジアという。
「銀髪の女の子、アカーシャちゃんだっけ、が可愛かった」
「そうですね、私もアカーシャちゃん、大好きです」
アカーシャ、、、正式名称アカーシャ・ヴァーミリオン
彼女は所謂悪役令嬢である。
ヒロインに対する横柄な態度とチマチマした嫌がらせで読者のヘイトを一身に受けた。
終盤で分かるが、彼女は意地が悪いわけではなかった。
態度も平民の主人公に対して、貴族として振る舞っただけだった。
嫌がらせもヒロインを諌めようとしたり、
気を引きたい意地悪のようなものだった。
病弱で、深窓の令嬢として育てられて、初めての学院生活。
その歪な接し方は彼女の精一杯だったのだと後から思い知らされた。
ざまぁ展開で余命を宣告された彼女は、邪神にすがってしまう。
どうか、ヒロイン達と卒業できるまで、生き永らえさせてほしいと。
心の弱い所につけ入る邪神許すまじ。
可愛い子傷つけるとかマジ邪神許すまじ。
会えるなら私がギッタギタのメッタメタにしてやるのにぃぃい
「あ、緋色さん、着いたよ」
「あ、はい、ありがとうございます」
なんやかんや邪神へ怨念を送っていたら、着きました。
天野さんがうどんの気分ということで、うどん屋さんに向かいました。
「そういえば、体調は大丈夫なの?」
うどん待ちの間に田中さんが心配そうに訊ねてきた。
「あ、はい、薬を飲んでいるので、安定しています」
笑顔を作りながら答えた。
天野さんにはつい最近自分が抗うつ薬を服用していることを伝えたばかりだ。
「それならいいんだけど、あまり無理はしないようにね」
「はい、ありがとうございます」
「はい、おまちどおさまでした」
ちょうど、うどんが運ばれてきた。
私が頼んだのは、牛肉ぶっかけうどん。
美味しそう、ジュルり。
読んで頂き、ありがとうございます。