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ね☆

 時間旅行、本当におつかれさま。

 よくやったね。先輩の身も心も助けるのに必要だった時間は十分少々。しかしそのために営々と築き上げた三年半。……あなたの、先輩を想う気持ちには恐れ入った。軽い気持ちで時間旅行を勧めた者としてはただただ脱帽だよ。

 ……あなたと先輩は、その後、結ばれた。

 あなたは本当に帰らなかった。彼氏とのハッピーエンドで終われずに、時間旅行先でさまようことになった先輩と一緒に、あなたは現実世界から失踪したことになる。

 「振り返ればあの時ヤレたかも」については、「このように動けばヤレた」ということだろう。あなたが、もっと簡単に先輩と繋がることができると思ってこの時間旅行に参加したのなら、想像を絶する難航っぷりだったわけだけど、その結果、あなたは「ヤレたかも」どころじゃない。毎日のように、憧れだった先輩の身体に包まれて、自分の精を先輩のいろんなところに送り込んでいる。

 情事の後、身体を仰向けに投げ出すあなたに、彼女は必ず小さなキスをしてくるんだけど。……それが、いつまでもいつまでもおそるおそるで、まるで初めて肉体をあわせたかのようにみずみずしい。

 そして、決まって囁くのだ。

「わたし、時間旅行ができてよかった……」

 先輩の、絶望ばかりの時間旅行は、このためにあったのだ。彼女はあなたが自分の中で果てるたびにそう思っている。

 もっとも、何度も感謝されて、あなたは苦笑いを浮かべるしかない。

「先輩とヤレるかもって思ってきただけだから……そんな感謝されると、なんか悪いな……」

「おかげで繫がれたんだもん。わたしと可能性があると思ってくれたことがうれしいよ」

 ちなみにあの男の復讐がやや気になるところだが、あの男の元嫁さんの弟さんが、「もう二度とこの街の土は踏ませねえ」と豪語しているようだから、とりあえず安心してもいいんじゃないだろうか。……まぁ、あなたはボクシングジムにも通い始めたんだけど。

「先輩」

 あなたは、あなたの隣で蝶々のように止まっている先輩に、枕の裏から小さな箱を取り出して自分の胸の上に置いた。

 顔を上げて、「え……?」と小さい声を上げる彼女。箱はその形から、開けるまでもなく入っているものが分かる。

「俺、まだ全然学生だし、いつ、ちゃんとしたの渡せるかわかんないけど……」

 婚約指輪……悪いけど、やっすい指輪だ。そんなのはあなたとずっと同じ部活にいた彼女は分かっている。でも……。

 彼女は裸のまま、寝そべっているあなたの隣に座りなおし、いとおしそうに箱をすくい上げた。

「……」

 そして黙っている。あなたは、天井を見上げたまま口を開いた。

「三年半のタイムリープを繰り返して、俺、実は何度も何度も先輩に告白したんです」

 未来が歪むといけないから、先輩に対しては、同じタイミングで、同じように生きた。本を読み返してもらえればわかるけど、つまりあなたは、何度も何度もフラれ続け、彼女を泣かせながら、ここまできた。

「やっと……やっと、これを渡せるんです。先輩とうまく行くまで時間を戻すなんて、ホントはすごいずるい気もするんですけど、そんな奴の指輪で良ければ……受け取ってもらえませんか……?」

 ……あなたはまた、あきれることを言った。

 別の人生を歩めたかもしれないのに……的なことを言ったら先輩だって迷っちゃうだろう?ここでもし受け取らなかったらタイムリープするぞ。もっと気の効いた言葉を考えておけよ?

 ……しかし先輩は……意外なことを口走った。

「わたしね。君といろいろあってから、実は一度だけ……時間を戻したの」

「え!?」

「君の言葉がヒントになってさ……どうしても、試したくなったから」

「試す……?」

「彼氏とうまく行く方法」

「え……?」

「……でもね、やめちゃった。結局わたし、同じ行動を取ったの」

「なんで!? そしたら帰れるかもしれなかったのに……」

「答え、必要?」

「……」

「……わたし、君が好きなんだよ。君といられるなら、迷子でいい」

 その上で、先輩は「だけど……」とつぶやいた。

「……君が現実に帰りたいなら、わたしはこの指輪を受け取れない」

「……」

 彼女は今、あなたが現実に帰りたいなら、わたしも現実に帰れる道が開けている……と言ったのだ。

 あなたは目を細める。……その答えこそ、必要ないじゃないか。

 現実ではもう、互いに連絡は取り合えていない。現実に戻っても、今の記憶がどこまであるかわからない。

 再び逢える保障は、ない。

 ……あなたは、もう何も答えなかった。彼女を見上げ、腕を伸ばして彼女の頬に触れる。

 安らかな笑みをその身に受け、感極まって下を向く先輩。……そのまま……乱暴にしたら飛び立ってしまう小さな鳥を扱うかのように、そっと両手に包みながらリングケースを開ける。

 細い指、六号の指輪……。

 彼女はそれを、静かに……でも迷うことなく、左の薬指にはめて、手を大きく開きながら中空にかざした。

「ありがとう……」

 そして、指輪についている小さな宝石よりも、はるかに大きな雫を、目からこぼしている。


 時間旅行で失踪した二人は、今、そこに、永遠を手に入れた気がしていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 先輩について、ちょっとした地雷女なのかなぁと思っていたのですが、途中から、地雷女なんてスラングで表せるどころじゃないな……! という怒涛の展開に度肝を抜かれました。 [気になる点] 彼氏の…
[良い点] 非常に面白かったです♪ お話の質とバランスがとても良かった。 うまく表現できませんが、これ書籍レベルのお話ですよね。 自分もいつか、このレベルの作品を書いてみたいものです( ̄▽ ̄;) …
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