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 盗聴器から、複数の声が聞こえてくる。

「じゃあ始めようか」

「ちょっといい?」

「なんだよ」

「一つだけお願いなんだけど……わたしね、今日お気に入りの服で来ちゃって……」

「あん?」

「だから、ホントに汚されたくないの。先に全部脱いじゃってもいい……?」

「どうする?」

「脱がす楽しみもあるんだよな~~」

「なにか、コスプレ衣装とかあるなら、それ借りるからさ。お願い。まず裸から始めさせて」

 ……これ、実はあなたの指示である。

 脱がされる課程で、すでに彼女の身体はいろいろなものを飲み込まなければならない状況に陥るのだろう。

 ならば先に脱いでもらった方が、彼女に余計な手が入らなくていい。そして、ちょっと先輩には悪いけれど、裸という、その既成事実が"説得力"となる。

 あなたは情報を集める課程で、自分の勝利を確信した。そのため、逆に先輩にさえ協力を仰ぎ、奴らを叩きのめすことにしたのだ。

 先輩に二度と寄ってもこれないように。

(時間旅行者をナメんなよ……?)

 盗聴器は、そんなあなたの思惑も知らず、悠長に鳴り続けている。

「じゃあアレだ。わかったから、ストリップみたいに色っぽく脱げよ。後で動画見たやつにも、お前からヤリたがってるように見えたほうが、こっちも都合がいいしな」

「わかった。うまくできるかはわかんないけど……」

「よし、じゃあカメラ回せよ」

 そして場に、品のない宴会のようなガヤが広がってゆく。

 三人にはすでに酒が入っている。その馬鹿騒ぎが盗聴器を通して徐々に大きく漏れ出して、少しだけ離れているあなた"以外"の人たちの耳にまで伝播すれば、個々、さまざまな反応を示し出した。


 不意に、先輩が悲鳴のような拒絶の声を発した。

 これもお願いしたことだ。だってあなた"以外"の暴れ馬の神経を逆撫でさせるのに、これほどの特効薬はないだろうから。

 嫌なのはガヤのほうがますます興奮した声を上げていること。どこかを触れられたのだろう。先輩の声は痛々しいけど、落ち着いて、しかし迅速に作戦行動に移らなければならない。

 あなたはレイプ現場を彷彿とさせる騒ぎを拾っている盗聴器を一人に渡すと、物陰から進み出てその部屋の呼び鈴を鳴らした。

 一つ、二つ……では反応がないが、三つ目に反応する。まぁ動画を撮っているのだ。ピンポンピンポンとうるさくされたら邪魔だろう。

「ちょっと今忙しいんだよ。なに?」

 乱暴な言葉が返ってきたが、あなたは構わない。

「宅配便ですーー」

 あなたは現在、宅配業者の制服を着て、ドアの前に立っている。

 コスプレでもなんでもない。このために、あなたは数ヶ月前までタイムリープして宅配業者でバイトしたのだ。

「宅配便? ……頼んでないぞ」

「え、でも時間指定で、ママゾンアダルト様から届いております」

「アダルト?」

「あー僕はよく分からないんですけど、品名は『玩具おもちゃ』となっておりますね。だれか頼まれていませんか?」

 この時、二十三歳男は奥に聞きにいくことなく、八秒後に扉を開けることになる。大方、「昨日の話が盛り上がった時に、誰かが勢いでバイブでも購入して、届出先をここにしたのだろう」とでも思ったのだろう。ママゾンの配達速度の高さが、この際の信用となった。

 その"八秒後"を知っていたあなたは、後ろの数名に合図する。

 そのタイミングで、チェーンを外す音がしてドアが開く。あなたは二度と閉められないように玄関に押し入って背中でドアを開けると「どぞ」と、後続の"暴れ馬"たちに、奥を指差した。


 そんな合図なんて、実際はだれも見てなかったんだろうと思う。どやどやと踏み込んだ方々は、二十三歳男を一瞬で飲み込むと、ワンルームの短い廊下の向こうで、怒号の鬼となって吼え始めた。

「なにこれ!!!! どういうこと!!?」

「ちょっとアンタ!! なんなのこれ!!!!!」

 悲鳴というか金切り声。もっと言えば超音波。あなたの用意した『お嫁様ミサイル』のお二方が、それぞれの旦那に向けて噴射した。

 裸の女を押し倒し、まさに乱交を始めようとしているその現場で、オッサン二人はパンツ一丁。勃起全開。

 愚連隊と化した嫁二人は恐怖を知らない化け物のように彼らを追いまわす。

 オッサン二人は、まるで地面が割れてマグマでも噴出したかのように慌てながら先輩を放棄して、逃げ場のない密閉空間で逃げ惑った。片方なんか、今さらなにかに隠れようとしている始末だ。

 まぁ、コイツラは奥さん達と勝手に騒いでいてくれればいい。メインはあくまで、先輩をひどい目に会わせようとした目の前の男だ。

 部屋に踏み込んだあなたの隣に、ひとりの女性がいる。その隣には、見も毛もよだつほどいかついタンクトップの男。

 何がいかついって、露出している肌すべてに般若の刺青が入っていたりする。

 宅配業者のあなたは、口角を上げて彼に二人を紹介、

「あなたのオヨメ様と、その弟様でござ……」

 ……しようとしたが、弟さんにはそんなのどうでもいいらしい。

「オメーなにやってんだコラァァァ!!!」

 まず、殴った。あなたの放ったへなちょこパンチなんかじゃない。床でバウンドして天井まで届きそうな威力だ。

「オメー姉貴幸せにするって言ったろがコラァ!!」

「ひぇ……!! 待ってくれよ! 俺はただ……無理やりコイツらにビデオ撮らされてただけなんだ!! こんな女知らない!! 落ち着いてくれよ!!!」

 俄然、仲間を売り出す彼氏。そういう予防線を張ろうとでも思っていたのか、はたまたリヴェンジポルノに自分の姿が映り込むのはまずいと思ったか、確かに彼だけは服装も乱れていない。おのずと主犯格な感じもしない。

 が……残念ながら、話は全部あなたが通した後だ。彼らを納得させるための裏付け捜査じみた作業も、あなたは繰り返す時間旅行の中で行った。

 あなたの隣にいる女性が、あなたを顎で指し示しながら、冷たく男を見下ろす。

「全部この人から聞いたよ。アンタ、いい度胸だよね……」

 この奥さんは本当にキレイなんだ。派手でもなんでもなく、普通に少女マンガでヒロイン張れそうなほどの美人。二十二歳。

 ……だけど、高校の時まで、とてもやんちゃされていた方らしい。仲良くなっちゃって昔の写真とか見せてもらった時、あなたは少々ビビっていた。

 まじめに生きようとするとこうも変わるものかと思える象徴のようなヒトだ。まぁ、弟さんを見れば隠し切れないなにかが見えてしまう気もするけど。

「オゥ、選べや」

 男の髪をむんずと掴んだ弟さん。

「な、なにを……?」

「オメーの行き先だよ。海の底か、火葬場か、……それとも姉貴にジャリの養育費を一生払いながら島流しか……」

「ひっ……!!」

 背景には相変わらず、オッサン達を追いかけ罵詈雑言を浴びせては、夫を土下座させて踏みつけんばかりの鬼達、という地獄絵図が広がっている。その騒ぎがあまりに壮絶なため、「これひょっとしたら、床が抜けるんじゃないか」と、あなたは一人心配にもなった。が、まぁいい。後は好きにやってくれ。

 ……あなたは、裸のお姫様に目をやった。

「先輩。お待たせしました」

 先輩は、この天変地異の中で、一人呆けている。ベッドから上半身だけ起こし胸だけ隠して、ベッドの脇にまで移動したあなたを見上げた。

「ううん、すぐ来てくれたよ」

 先輩には、今回の作戦を伝えてある。結局彼女の内壁を濡らすものは何もなかったわけだから、確かに地獄の時間を覚悟した彼女にとっては"すぐ"だったのかもしれない。

 だけど……それでもこの作戦のために、あなたは彼女に裸を要求してしまった。この男達を叩きのめす目的とはいえ、一瞬でも裸を見させてしまった。ここでまず、あなたの心は「おまたせしました」だった。

 そしてもう一つ……。

「この"すぐ"を手に入れるために、実は俺、全部で三年と半年分のタイムリープを行いました」

「えっ!?」

 未来には戻れないタイムリープ。さっきも言ったけど、無駄な時間も含め、同じような時を何度も何度も送って、あなたはようやくここにたどり着いた。

 時間軸が一つしかないから、未来に過去の形跡が残せない。つまり、この条件を作り出すための手段として、最後の総仕上げは、すべての事象の筋道が通るよう、一つの間違いも起こせない数ヶ月を組み立てて、ここまで戻ってこなければならなかった。

 まさに薄氷を踏む思い。そんなあなたにとって……

「……俺にとっては……お待たせしました、なんです」

「……」

 同じ時間旅行者だった彼女はそのこと……想像を絶する困難な時間だったことを、比較的すぐに飲み込んだらしい。感慨無量の表情を浮かべながら、裸のまま、静かにあなたに身を寄せてくる。

 しかし、あなたは、その達成感や喜びよりも、まず彼女の肌を隠せるものを探すのに必死になっていた。

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