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竜王姫

安ホテルの一室に太郎と姫香は移動した。


質素だがダブルベッドの置かれた部屋に女性とふたりきりというのは、太郎には初めての経験である。

それも相手はかねてより思いを寄せていた辰宮姫香だ。

太郎と姫香はベッドに肩を並べて腰を下ろしている。


本来ならかなりドギマギしそうなシチュエーションなのに、太郎は落ち着いていた。

やはり、かなり太郎の性格は変化しているようだ。


姫香が口を開いた。


「あのね藤太君。これからおかしな話をするけど、変な子だと思わないでくれる?」


「それは内容によるけどたぶん大丈夫。俺もどうやらそうとう変になってるみたいだし」


姫香はそれから少しづつ、考え考え話を始めた。


「私の家、辰宮家は特に堅苦しい旧家といいうわけじゃないの。普通の家よ。でもひとつだけ先祖代々伝わる奇妙な風習があるの」


太郎はだまって相槌を打つ。


「女の子は七歳になったとき、お父さんから使命を授けられるの。使命といってもただお話を聞くだけよ。単なる風習だから誰も深くは考えていないと思う。それで辰宮という姓の意味は竜宮なの。全国の辰宮さんがそうかどうかは知らないけど、私の実家はそうなんだって。そして辰宮家に生まれる女の子は竜王姫の生まれ変わりなんだって。おかしいわよね、女の子が何人いてもそれが全部竜王姫の生まれ変わりなんて」


「竜王姫?瀬田の竜王の娘か?さっきその竜宮に行ってきたよ」


「そうなの?じゃあ平安時代の藤原秀郷公のムカデ退治の話は知ってるわよね?」


「うん、さっき竜宮の由緒書きで見ただけだけど」


「藤原秀郷公に三上山のムカデ退治を依頼したのが竜王姫。瀬田の唐橋に大蛇の姿で寝そべって、それを物ともせず踏みつけて橋を渡った秀郷公を勇者と見込んでお願いしたわけ」


「なるほど」


「私もそんなおとぎ話を信じてたわけじゃない。お父さんも誰も信じてはいないと思うよ。単なる七五三の家伝の風習くらいにしか思ってないもん」


「まあ普通そうだよね。でも話をつづけて」


「言い伝えでは秀郷公のおかげで近江の国、今の滋賀県ね。そして京都や関東までの鬼や妖怪、魔物の類がことごとく退治されて、日本は妖魔の脅威から救われたの。あの平将門(たいらのまさかど)を討伐したのも秀郷公よ」


「平将門は伝奇小説とかでも有名だけど、秀郷公ってのは知らなかったな」


「それで辰宮家の女の子が授かる使命なんだけど、いつかもし魔界とこの世の境界線が破れてこの世に妖魔の脅威が訪れたとき、秀郷公の生まれ変わりを探し出して彼に妖魔退治を依頼することなの」


姫香の話を聞きながら、太郎は自身のぼんやりとしていた思いが、少しづつ形を作り始めている気がした。


「バイトで藤太君と初めて会ったとき、佐藤太郎という名前を聞いて、ひょっとしてこの人は秀郷公の生まれ変わりじゃないかと思ったのよ。本気でそう思ったわけじゃないけど、そうだったら面白いなくらいの感じで」


「佐藤太郎なんて平凡な名前で?なんでそんなこと思ったの?」


姫子はクスッと笑ってから言った。


「藤太君、佐藤太郎が平凡な名前だと思う?私、いままで佐藤太郎なんて名前の人に出会ったの初めてよ。珍しい名前だわ」


なるほど太郎は今まで平凡な名前と思っていたが、言われてみれば佐藤というありふれた姓にわざわざ太郎などという無個性な名前を付けるのはかえって珍しいかもしれない。


「佐藤家は日本でいちばん栄えた家系で、その祖に秀郷公をいただいているの。太郎は長男という意味よ」


「へえ・・・知らなかった」


「私が藤太君なんてニックネームを付けたのはちょっとした遊び心だったんだけど、藤太というのは秀郷公の名乗りなの。田原の郷の藤原家の長男、つまり俵藤太(たわらのとうた)よ」


俵藤太・・・その名に太郎は奇妙な親近感を持った。


「だから藤太君が突然、瀬田の唐橋に行くって言ったときは本当にビックリしたの。そしてまさかと思ったんだけどここに来てみたわけ」


「ああ、そういえばなんでここが分かったの?」


「このホテルはね、もちろん昔の物とは関係ないんだけど、秀郷公が泊った宿のあった場所なの。竜王姫がムカデ退治を依頼したのがここなの。ここに藤太君が居るのなら、私もここに来るのが運命だったのじゃないかしら」


話がかなり繋がってきた。

太郎は頭の片隅にくすぶっている記憶が少しづつ頭をもたげはじめているのを感じていたが、同時にもどかしさも感じている。

あと一歩、何かのきっかけが欲しい。


「面白い話だ。つまり俺はその秀郷公の生まれ変わりで、姫香ちゃんは竜王姫の生まれ変わりってことだね。君が来たということは今の日本に妖魔の危機が訪れているってことか」


「うん、たぶんそうなんじゃないかしら」


太郎はすこし考えてから口を開いた。


「もし君の言う通りなら・・・」


そう言うと太郎は突然、姫香を抱きしめた。

驚いた姫香は少し体を強張らせている。しかし特に抵抗する様子はない。


「こうすればすべてが分かりそうな気がする」


そのまま太郎は姫香をベッドに押し倒した。

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